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Side翔太
静かな雨の音が、窓を濡らしていた。
目を閉じていても、耳の奥に滲むように入り込んでくるその音は、どこか懐かしい。
──こんな雨の日は、彼はよく傘を忘れて濡れて帰ってきた。
「翔太ー、タオルちょうだいー」
玄関で声がして、いつも最高の笑顔で『ただいま』ってさ。
ロイヤルに整えられた髪は見る影もない程ぐしゃぐしゃになり髪をかき上げていた。
けれど今…その声はない。代わりに部屋の中にあるのは、規則的に刻まれる時計の音と、自分の鼓動だけ。
夜中の三時、インターホンが鳴った。
こんな時間に来客などあるはずもない。
だが、なぜか体が勝手に動いていた。ドアの前に立ち、モニターに映った顔を見た瞬間、心臓が凍りついた。
「……涼太?」
そこに立っていたのは、過去に自分が愛して、そして失ったはずの人物だった。
失った…?なぜ?
「翔太?」
思考を遮るように涼太は俺に問いかける。
黒い髪、切れ長の目、そして優しいけれどどこか寂しげな微笑み。
「うん。俺だよ、翔太」
変わらない声だった。
最高の笑顔で『ただいま』と言った後、彼は続けた。
「アンドロイドの、宮舘涼太なんだ」
その一言で、世界の重力が変わったように思えた。
それからというもの、涼太──いや、アンドロイドの涼太は、まるで自然にそこにいるかのように俺の生活に溶け込んでいった。
最初は疑っていた。 彼の仕草、話し方、癖。
それらがあまりに“本物”すぎた。
けれど時間が経つほどに、俺の中の「違和感」は薄れ、代わりに「納得」が積み重なっていった。
朝起きれば、涼太がコーヒーを淹れてくれる。食事の好みも、過去に話した小さな記憶も、宮舘涼太は完璧に覚えていた。
「ねえ翔太、幼稚園の頃のこと、覚えてる?」
ある日、夕食のあとに涼太が唐突に言った。
「……どのこと?」
「園庭の裏に小さい坂があって、そこの草むらでカエル探してたの。で、翔太がカエル捕まえて俺に差し出して──」
「え?何それ?」
「翔太、“プレゼントだよ”って本気で俺に言ってたんだよ」
「え?俺そんな事言ったの?最低じゃん!きっと涼太が喜ぶと思ったんだよ」
二人で笑った。
でも、その笑いの奥で俺はぞっとしていた。
そんな小さな記憶──家族も、俺自身もすっかり忘れていたような記憶を、なぜ、彼は覚えている?
たまたま?それとも…
「なんでそれ、今思い出したの?」
「今日買い物行った時にカエル見かけてさ。あの日の翔太の泣きそうな顔が頭に浮かんだんだ」
涼太の目は、どこか遠くを見ていた。 あの頃から、もう“君”は、俺を見てくれていたの?
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グループの現場で、ふとした瞬間に視線を感じることがある。
ある日、MV撮影の合間。照が俺の肩に手を置いて言った。
「最近、少し変わったな、翔太」
「……え?」
「悪い意味じゃない。柔らかくなったっていうか……ちょっと、前みたいなとげとげしさが消えた気がする」
「それ、いいこと?」
「うーん。……でも、なんか不思議なんだよな。翔太はいい雰囲気になったのに舘さんの方が、妙に正確すぎるっていうか、逆に“完璧すぎて浮いてる”」
照はそう言って、すっと視線を外した。
「ま、気のせいか」
その言い方は、明らかに“気のせいじゃないけど深入りしない”という意思表示のように思えた。
【宮舘涼太は二人いる】
あの日アンドロイドだと名乗り俺の家に転がり込んできた涼太と今SnowManとして一緒に活動している涼太。
朝、あのとびきりの笑顔で俺を見送ってくれた涼太は今頃俺の家でエプロン姿で待っている。
当初こそ混乱で頭がイカれてしまいそうだったけど時間が経てば、なんてことない。
ただの事実として宮舘涼太が二人いる事を受け入れてしまっていた。
しかも片方はアンドロイド。
柔軟なのか思考力が足りないのか分からないけど今は落ち着けてる自分の脳みそに少しだけ感謝している。
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自宅にいる涼太は事あるごとに昔の話をする。
アンドロイドなのにまるで自分は本物だと主張していると言わんばかりだ。
「覚えてる?あの夏、地方のライブで泊まった旅館」
家にいる“涼太”にそう言われた。
「……旅館?」
「うん。照が手違いで和室じゃなくて洋室を取っちゃってさ。全員分ベッドが足りなくて、翔太、阿部と三人で一緒に寝た夜」
俺は思い出そうと眉をひそめた。そんなこと……あったような、なかったような。
「翔太、寝ぼけてさ。いきなり『照、冷たい!』って抱きついてきたんだよ。俺、びっくりして突き飛ばしちゃってさ。阿部が大爆笑してた」
涼太は肩をすくめて笑った。その笑顔が、俺の中にある“懐かしさ”とぴたりと重なった。
「……それ、言ってなかったよね。今まで」
「うん。でも、俺は覚えてた。翔太の寝言のクセも、朝に牛乳飲むとしゃっくり出るのも」
「そんなことまで……」
「だって、好きだったから。全部、覚えてるよ」
「好き」その一言の発音だけ涼太の声が震えた。 その声音に、俺の胸がじわりと痛む。
記憶の中の“涼太”とどこか違うような気がする。 涼太の目は、今目の前にいる俺を、ただ“今”として見ていた。過去に縛られるような懐かしさではなく、今の俺を肯定するような視線。
その優しさが、なぜかかえって痛かった。
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暗闇の中に、音がする。
ピタ…ピタ…と、床に落ちる水の音みたいな、不規則なリズム。
でもそれは水滴じゃなくて、何かが泣いている音に聞こえた。
薄暗い部屋の中央。誰かがうずくまっていた。
細い肩を震わせ、声もなく、ただひたすら泣いている。
「……涼太?」
俺が近づくと、それは顔を上げた。
――でも、それは涼太じゃない。
いや、見た目は涼太?いや…違う。
目が、感情のないガラスみたいに濁ってて、まるで空っぽの機械みたい。
グルグルとその顔が歪んで誰か分からなくなる。
「返して…」
しゃがれた声が呟いた。
「え?」
「返してよ、俺の涼太を」
泣いていたはずのそれが、ぐしゃっと笑った。
口角だけが不自然に吊り上がったその顔に、俺の心臓がひゅっと縮こまる。
これは…俺?
「お前が“代わり”なんでしょ?」
ガシャン、と背後で何かが砕ける音。
振り返ると、鏡の中に俺がいた。
鏡の中の俺が笑った。機械みたいに、冷たい声で。
「偽物は夢を見るのか、実験中です」
ゾクリと全身に鳥肌が立った。
「やだ……やだやだやだやだ!!俺は俺だろ!?俺は――」
叫ぼうとした瞬間、胸に何かが突き刺さった。
それは、涼太の手だった。
無表情で、優しい顔のまま。
「おやすみ、翔太」
真っ暗な闇に吸い込まれながら、俺は――目を覚ました。
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アンドロイドの涼太が来てから夢見が悪い。
なぜか毎回毎回同じ夢。
楽屋で、阿部が俺の隣にそっと座って、ボトルの水を差し出してきた。
「さんきゅ」
「最近、夢とか見ない?」
「……夢」
「うん。なんか、時間がずれてるような。自分が自分でなくなっちゃうような、そんな夢」
その言葉に、心臓が跳ねた。
阿部は、何かを知っている?
それともただ、感覚的に“察している”…だけ?
「……見た。そういう夢、俺がまるで存在しないみたいな感覚」
「そっか…もしかしたら誰かの記憶が、どこかでこぼれてるのかもね」
そのまま、何も言わずに彼は立ち上がった。 阿部は、何かに触れそうで触れない、その距離感を守っている。
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帰宅後。
美味しそうな匂いと共に出される豪華な食事。健康にも気を使ってくれている色とりどりの和食だ。
国王の料理を毎日独り占めしてるなんて贅沢の極みだろう。
でも今日はなぜかどこか気乗りしない。
きっとあの夢のせいだと自分に言い聞かす。
「涼太、あのときさ──」
「ん?」
「中学生のとき、俺が初めてライブ出た日。帰り道で泣いたの、覚えてる?」
「……うん。覚えてるよ。みんなから“なんで泣くの?”って言われて、翔太、泣きながら“楽しかったのに終わっちゃって寂しい”って言ってた」
「俺、そんなこと言ったんだ」
「言ったよ。俺、あの時、正直こいつ絶対続けられないタイプだなって思った。でも……今も一緒にいる。あの時からずっと」
静かに、涼太が手を伸ばして、俺の髪を撫でた。
「ずっと、翔太のそばにいたいって今はそう願ってる」
その指先が、暖かかった。
アンドロイドであるはずの彼の手が、心より先に体に触れてくる。
それが──怖かった。
「なんで、そんなに……俺を、覚えてるの?」
「翔太の全部を、愛してたから」
声にならなかった。 涙が、知らぬ間に頬をつたっていた。
涼太は俺の頬に伝う涙をそっと指で拭った。
柔らかな笑顔で俺の方を向きそっと唇を撫でた。
その一つ一つの所作があまりに美しく俺はただ見惚れるしかなかった。
ゆっくりと涼太のそのそれが俺の唇に触れる。
…暖かい。
その日俺は涼太のものとなったのだった。
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どちらが本物なのか、どちらがアンドロイドなのか。
「もうわからないんだよ」 と呟いた声は、誰にも届かなかった。
ある日、収録の合間に楽屋で涼太を見た。
あのアンドロイドの涼太がアンドロイドだと名乗るならこちらは間違いなく本物の涼太…なんだよね?
「ねぇ、昨日の映画、面白かったね」 と俺が言うと、涼太は小さく首を傾げて、 「映画?ああ……うん、そうだね」 と曖昧に笑った。
──その涼太は、昨日一緒に映画を観ていない。
「ほら、主人公が橋の上で傘を差し出すところ。あれ、泣きそうになった」
俺が続けると、涼太は頷きながらも、視線がどこか遠くを見ていた。
「……そうだね、印象的だった」
けれどその“共感”には、体温がなかった。
──その涼太は、昨日一緒に映画を観ていない。
なぜなら、昨日の夜は向井と出かけるのを後ろから見ていたからだ。
違う、何かがおかしい。
…なんで『SnowManとして本物の宮舘涼太』は俺の嘘に付き合うの?
思い出を共有しているはずの彼と、交わらない記憶。
記憶のずれが、彼と自分の距離を静かに突きつけてくる。次の日、家にいる涼太に同じ話をした。
すると彼は、昨日どんなシーンで翔太が笑っていたか、どんな会話をしたかまで、細かく覚えていた。
そこには「感情の温度」があった。 記憶の正確さだけではない。目の動き、笑うタイミング、息をのむ声色。そういう、人間らしさが滲んでいた。
その時、『俺』は確信した。
家にいる涼太こそが【本物】だ。
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次の日のリハーサル。
涼太(グループの方)がいつものように振りを確認している。 その動きは完璧で、機械的とも言えるほど正確だった。
一拍、テンポがずれた。
その瞬間、照と阿部がちらりと視線を交わした。 何かを感じ取った様子。
でも何も言わない。 あえて黙って、俺たちに任せているような、そんな気配。
俺はその沈黙に、少しだけ、救われた気がした。
誰もが、何かを知っていて、でも“信じたい姿”を守ってくれている。 それはたぶん、優しさであり、覚悟だ。
「……しょっぴー、最近、顔色悪くね?」
リハの合間、ふいに目黒が近寄ってきて、俺の肩に手を置いた。
「寝てる?ちゃんと飯、食ってる?」
その声は、いつもの低いトーンのままなのに、やけに胸に刺さる。
「……大丈夫だよ」
「嘘。そういうとき、しょっぴーいつも右眉ちょっと上がる。一緒にいて見つけた癖だよ」
目黒はそう言って、手を離さなかった。 優しいのに、不器用で、でも誰よりもよく見ている──そんなやつだ。
「……ありがと」
「何も言ってくれなくてもいいけど、無理はしないでね。絶対に」
その言葉だけを残して、彼はまた立ち位置へ戻っていった。
場が少し重くなった空気を察してか、康二が明るい声でリハ室に入ってきた。
「はーい!今日もみんなイケメンやな〜!俺が世界一好きなグループやわ〜!」
軽口を叩きながら、機材の間をぴょんぴょん跳ねて歩いていく。
「しょっぴ〜、そのフード貸して!俺も小顔に見せたい〜!オッケーカフ!?」
「やめろって、お前被ると伸びんだよこれ」
笑いが起こった。
康二はいつも、空気を読んで、あえて明るくふるまってくれる。 その無邪気さの裏に、どれだけの気遣いがあるか──全員、知っている。
めめ、康二。
ありがとう。
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そうだ、きっとこのままでいい。
そう思うようになった。
だってきっと本物は俺の家にいる涼太だ。
この事実だけでいい、俺は報われてる。幸せなんだと言い聞かせた。
家にいる涼太がくれる、小さな記憶たち。
それはすべて、あの時確かに二人で共有した時間だ。
“君がいたから、今の僕がいる。”
だから、きっと俺も、同じように思ってる。
“たとえ君が何者であっても──俺の涼太だ。”
その気持ちだけは、嘘じゃない。
…けれど、それはただの自身のうぬぼれであったと思い知らされる事となった。
ガラガラと何かが壊れる音。
もう…一体いつから俺の背後まで迫ってきていたんだろうか。
ある日、涼太に言われた。
「翔太、君は…アンドロイドなんだよ」
――――――――――――
side涼太
優しく優しく抱いたつもりだった。
俺はベッドに横たわりながら、翔太の寝顔を見つめていた。翔太は深い眠りに落ちている。心の中で形にしようとして何度もこねくりまわした言葉が、ようやく形になった瞬間が訪れた。
「翔太、君に言わなきゃならないことがある」
これまでも、何度も言おうと思った。何度も、口にしようとしたけれど、言葉にしようするたびに胸が締め付けられた。どうしても、翔太が傷つくのが怖かった。
「舘様、翔太の事任せていい?」
今日家に来た阿部にそう言われた。
その眼差しは俺を捉えて離さない。信頼の証。
きっとこのままが一番だと…そう感じていた。翔太だってそう思ってる。
でもタイムリミットがもうすぐみたい。
…違うよね?
タイムリミットなんて関係なく翔太は翔太だもん。
いつだって素直で、実直で、真面目で、不器用で。
…俺の大切な大切な渡辺翔太。
翔太が俺の事をアンドロイドではないとうすうす感づいている。
翔太はいつだってわかりやすい。
何を考えているか分からない俺とは本当に正反対。この性格が今は少しだけ疎ましい。
でも気づかれたからこそ…もうそれは隠しておけない。真実を伝える時が刻一刻と迫っているんだ。
もしも伝えるのであればそれは絶対に自分でなければならないと思っている。
阿部に言われなくとも責任と同時にこれは俺のわがままだ。
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side翔太
信じられなかった。けれど、涼太は証拠を出した。 事故記録、医療データ、そして記憶の断片。
本物の俺は、数年前に事故に遭い、植物状態になっている。
ズキっと頭の奥がひどく痛んだ。
──嘘だ、そんなはずない。
けれど、確かにどこかで感じていた違和感が、全て繋がっていく。
自分の記憶がどこか“浅い”こと、阿部の言う夢の中で見た景色が“潜在的な意識の葛藤”だったこと。
「君は、俺が阿部に頼んで作ってもらったんだ。翔太が生きたかった時間を、続けさせるために。だけど君は生まれた時にすべてを理解しオリジナルに勝てないと思って……自らの記憶を消してSnowManとして生き続けることを選んだ」
「俺が……自分で?」
涼太は頷いた。
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Side涼太
「無事、アンドロイドの翔太さんの制作は完了しました。ただ……少し、問題がありまして」
研究室の静寂を破ったのは、製作責任者の落ち着いた声だった。
俺と阿部が顔を見合わせ、真剣な表情で彼に視線を向ける。
「彼は……起動直後にすべてを“悟って”しまったようです。自分がアンドロイドであること、本物の渡辺翔太さんが今も昏睡状態にあること、そして……自分が“代わり”だということを」
「そんな…」涼太の唇が震える。
「混乱した彼は、SnowManとしての記憶を――阿部さんが彼にインプットした情報のすべてを、自ら削除してしまいました。『俺は誰なんだ』と繰り返しながら」
俺は愕然としてしまった。
これは俺が抱える【罪】となってしまった瞬間だった。
白い部屋の隅で、翔太は膝を抱えて座っていた。
目は虚ろで、ただ自分の手をじっと見つめている。
「…翔太」
そっと近づき、そばにしゃがみ込む。翔太は反応しない。けれど、微かに指先が震えていた。
「何も、怖がらなくていいよ。君は君だから。どんな翔太でも、俺は……君を、手放したりしない」
その言葉に、翔太の目がゆっくりと俺を見つめる。まるでその瞳の奥に、自分の存在の意味を探すように。
「…俺、…生きてる…?」
その問いに俺はコクリと頷いた。
俺は小さく首を振って、その肩にそっと手を置いた。
「生きてるよ。ここにいる。俺の目の前で、息をしてる。…それだけで、十分…じゅう…ぶん…なんだ」
________________________________________
その夜、俺は阿部に頼み込んだ。
「もう一体、俺のアンドロイドを作ってほしい」
阿部は驚き、眉をひそめた。
「どういう意味?」
「翔太のそばにいたい。でも、それじゃSnowManとしての活動ができない。だから――もう一体、俺を作ってくれ。そいつに、SnowManの“宮舘涼太”を任せたい」
「……それって、涼太自身がこの世界から“引退”するってことだよ?」
涼太は微笑んだ。
「それでもいい。俺は、翔太をひとりにはしたくないから」
―――――――――――
「君を作ったのは俺の悲しみからのエゴだった、だからこそ俺は君の側にいて支える事を選んだ」
「だから自らをアンドロイドだと名乗り俺の家に来た…」
「…うん」
そう言って、優しく笑う彼の顔が、ぼやけて見えた。
頭が痛くなる。
…ズキズキズキズキ
耐えられない。
「ちが…俺は、俺はちゃんと人間だ。だって、俺には…涼太に触れられた心がある」
いらない、知らない!認めたくない…認めたくない!
トクントクンと鼓動が早くなるのを感じる。
ほら生きてる。
俺生きてるんだよ?
涼太も俺に触れたじゃん。この俺に‥‥
…俺?
ふと両手を擦り合わせる。
涼太の手の体温は感じれたのに俺の両手はまったく暖かくない。
まるで体温がないようだ。俺の体は体温が感じれるだけで自身で体温は発していない。
ちがう…今気づいたんじゃない。俺は…
見てないフリをしていた。
「あ…あぁ…あーーーーー!!!」
俺は無我夢中で走り出した。
雨の中、俺は歩いていた。 ふらふらと、夜明け前の街を、誰にも気づかれずに。
あっそっか…俺家飛び出したんだ。
『機械なのに濡れて平気なのかな?』
『あ、違うな。毎日ちゃんとお風呂入ってたもんな。防水なんだな、なんて…』
くだらない事が頭の中をグルグルと駆け巡る。
「はは…」
記憶を頼りに事故現場へと辿り着いた。
目の前が一瞬、眩しく光った。
──ここで終わらせよう。
このまま終われば、本物に戻れる気がした。嘘みたいに、何もかも夢だったみたいに。
だが、その瞬間、誰かが俺の腕を掴んだ。
「翔太!……やめろ」
涼太だった。
ーーーー家にいた、涼太が、追いかけてきた。
「君がどんな形でも、生きててほしいんだ。たとえ本物じゃなくても、俺にとっての“翔太”は、ここにいる君だから」
「俺が?偽物でも?」
「本物かどうかなんて関係ない。俺が愛した翔太は、今、目の前にいる君なんだ」
「なら何で!!…なんで俺がアンドロイドだなんて本当の事言ったんだよ!!知らなかった方が…俺、まだ…幸せでいられたのに…」
もう何もかも言ってる事も無茶苦茶で、でも止められなくて、ただただ俺は涼太に当たるしかない。
「…その通りだよ翔太。でも…もうすぐ…もしかしたら本物の渡辺翔太の意識が戻るかもしれないって言われたんだ」
胸の奥がビクリと震えた。
「え…?」
「もしも何も知らないまま翔太同士が出会ってしまったらきっと混乱してしまう。もしかしたら最悪の事態にだってなるかもしれないだから…「だから先にアンドロイドの俺に真実を告げていなくなってほしいって?」
「違う!!!!」
ビクっと肩が震えた。
普段から怒ったり怒鳴ったりすることのない涼太が俺に向かって声を張り上げた。
「…違うんだよ、翔太。俺は……俺は君を消そうなんて、そんなこと、少しも思ってない」
涼太の声が、かすれた。
まるでさっきの怒鳴り声が嘘みたいに、今にも泣きそうな声で。
「でも……もしも本物の翔太が戻ってきたら、君が傷つくって、そう思ったんだ」
涼太が俯いたまま、ぎゅっと拳を握った。
「俺は、誰よりも君を愛してる。でも、君のその笑顔も、記憶も、全てプログラムの中のものでも……いつかそれが“偽物”って誰かに言われて、君が壊れてしまうくらいなら、俺が……俺だけが、全部背負えばいいって思った」
「じゃあ、どうして……?他に方法はなかったの?」
声が震える。自分でも感情の制御ができなくて、喉の奥が焼けつくみたいだった。
涼太が、ゆっくりと顔を上げた。瞳には、涙がにじんでいた。
それでも、真っ直ぐに俺を見つめながら言った。
「……君だけは、守りたかったんだ」
その言葉に、心臓がぎゅっと締めつけられる。
「俺にとって、君はただの人工知能なんかじゃない。アンドロイドなんかじゃない。嬉しい時に笑って、悲しい時に泣いて、俺の言葉で照れて、拗ねて……そんな君と過ごした時間の全部が、嘘なんかじゃない。俺は本当に、君に……恋をしたんだ」
「……涼太……」
「それに、君には“選ぶ”権利がある。もしも、本物の翔太が戻ってきたとしても、それでも俺のそばにいたいって……君が、そう言ってくれたら、俺は……何度でも君を選ぶ。何があっても、誰が何を言っても、俺は君を愛してる」
俺の中で、なにかが音を立てて崩れていった。
“偽物”だっていう言葉に縛られていた鎖が、ゆっくりとほどけていく。
涙が溢れて止まらなかった。
アンドロイドなのに、こんなにも心が痛くて、こんなにも涙が出るなんて。
「……俺、どうしたらいいかわからないよ……」
声にならない声でつぶやいたその時、涼太の腕がそっと俺を抱きしめた。
「わからなくていいよ。俺がずっとそばにいるから。一緒に答えを見つけていこう、翔太」
涼太の温もりは、確かにそこにあった。
人間かどうかなんて関係ない。
“渡辺翔太”として生きてきた日々が、たしかに誰かに愛された時間だった。
それが、今の俺の“真実”だった。
ありがとうーーーー涼太。
涼太は俺を必要としてくれている。
でもきっとだからこそ俺も涼太を守りたいんだよ。
ね?だから俺のやるべき事をするんだ。
――――――――
数日後。
病室で、眠り続ける“本物の翔太”の隣を見つめる。
俺は静かに手を伸ばす。
隣には、涼太──俺と同じ、アンドロイドの彼がいる。
この世界で、本物と呼べるものがどれだけ残っているのかはわからない。 けれど、確かに今、ここにいる。
「一緒に、生きよう。今の俺たちなりの形で」
そう言って、アンドロイドの涼太は笑った。
静かに頷きながら、俺も笑った。
たとえ偽物でも、命あるモノ。今を選び続ける限り、それはきっと“生きる”ってことなんだ。
眠り続ける“本物の俺”を見つめながら、俺たちは静かに部屋を出た。
世界はまだ、俺たちを必要としている。 たとえ記憶が誰かの作り物でも、この心の痛みだけは──紛れもなく、本物だった。
…さようなら涼太。
【SnowManとして活躍していたアンドロイドの宮舘涼太とアンドロイドの渡辺翔太は二人でどこかへ消えてしまった】
この事は極秘事項と扱われ情報が外に漏れる事はなかった。
―――――――――
Side涼太
彼らの存在は、偶然ではなく、ある科学者たちの意図によって創り出された。
──研究名『ヒトノカケラ計画』。
事故や病気などで意識を失った人間の“記憶”を基に、人工的に人格を再現するプロジェクト。
倫理的問題から長く闇に葬られていたが、ある芸術分野と医療の交差点で秘密裏に復活を遂げていた。らしい。阿部からそう聞いたが俺はよく分かっていない。
ただ翔太のケースは特殊だったという事だけは理解できた。 翔太が事故に巻き込まれ、長い昏睡状態にあったこと。 そして、翔太の記憶や音声データ、脳波記録などが詳細に保存されていたこと。
それは「代わりに生きてほしい」と願った家族と、「彼をステージに戻したい」と願ったファンやスタッフ、そして── 「そばにいてほしい」と願った“誰か”の想いの集合だった。
AIはただの命令で動くわけではなかった。 その根幹には、人間が込めた“祈り”に近いものがあった。
渡辺翔太の場合もまた、同様だった。 彼は交通事故で意識を失ったあと、数年間意識を取り戻すことなく眠り続けている。
「翔太がいないと、SnowManじゃないから」
それは、俺が創ってしまった奇跡であり同時に罪だった。
人工的な命。 記憶だけで組み上げられた存在。
けれど彼らは、笑っていた。
泣いていた。
好きな人を、守りたがっていた。
それはもう、機械じゃない。 魂と呼ぶには、きっと十分だった。
病院のベッドに眠る“本物”の翔太。
静かに、微笑んでいるように見えてしまう。
馬鹿な事をしてしまった俺を笑ってるのかもね。
でも…
「やっぱり、翔太は翔太だったよ」
それが、答えだった。 翔太は、自分が“つくられた存在”であっても、それでも愛された記憶が本物だったと、きっと伝わっていると信じている。
彼はもう、逃げないだろう。 自身の運命とその記憶をその身体で、受け止めていくと決めたのだろう。
『アンドロイドの俺と共に、生きていく』
俺に最後の一言もなかった。
「そんなとこも翔太らしいよ」
機械でも、偽物でも構わない。 この心が、誰かを想っている限り──
それはもう、“命”なんだと。
―――――――――
Side阿部
翔太の事故を知っているのは、自分と舘さんだけだった。
あのとき、あの冬の夜──
信号のない交差点、凍った路面、視界を遮る雪。 車のブレーキ音と、鈍い衝撃音。
最初に電話を受けたのは自分だった。 収録後、家に帰ろうとしていた時に鳴ったスマホ、マネージャーからの連絡。
「渡辺が……事故にあった」
信じたくなかった。 でも、病院に駆けつけたとき、翔太はすでに意識を失っていた。 酸素マスクをつけ、静かに呼吸を続ける姿。
──これは夢だ。そう思った。
そして、その日から…
SnowManは、バラバラになりかけた。 みんな、泣いていた。 収録も、ライブも、何もかも手につかなくなった。
「どうすればいい?」 「翔太は、戻ってくるの?」
誰もが、答えを持っていなかった。 でも、泣き崩れる彼らを見て、俺は決めた。
──このままじゃ、全員壊れてしまう。
関係者の一人が、そっと耳打ちしてきた。
「記憶を、部分的に消去できる技術があります」
「渡辺が事故に遭ったことを……一時的に、忘れさせることも可能です」
最初は拒絶した。 そんなこと、人間にしていいはずがない。
でも、あのときの目黒の顔、メンバー全員の顔が焼きついている。
「無理だよ……もう、笑えない」
深澤は何も話さなくなった。 佐久間は、夜にひとりで号泣していた。
照は、自分を責め続けた。「俺が送っていれば……」
康二も、明るく振る舞おうとして、逆に心をすり減らしていた。
舘さんだけが何事もなかったかのようだった。 いつものようにただ涼しい顔をしてただ、ずっと病室の前に座り続けていた。
だから──
だから──俺はサインした。
記憶改変の同意書に、自分の名前を書いた。
「翔太の事故を、俺と舘さん以外、忘れさせてください」
それが、最も穏やかな方法だった。
そして数日後、何もなかったように日々が戻った。 翔太の名前が出ても、誰も顔色を変えない。 「最近、体調悪いんだっけ?」と、笑う彼らを見て、俺は泣きそうになった。
その現実を背負うこと。 記憶の重みが、こんなにも苦しいものだとは思わなかった。
だから、今。
翔太がステージに戻ってきたとき── たとえそれがアンドロイドだったとしても、俺はそれを止めなかった。
涼太が創り出したその存在が、あまりにも“翔太”だったから。
誰よりも、仲間を思う目をしていたから。
俺は、それでいいと思った。
だけど、時々、怖くなる。 また、彼らが同じ痛みを抱える日が来たら──と。
だから、俺は黙っている。 彼らの笑顔を、守るために。
雪のように静かに、ひとつだけ、重い記憶を抱えながら。
『ヒトノカケラ計画』──この名前を再び目にしたのは、翔太の意識回復の可能性が医師により否定された直後だった。
「彼の意識が戻る可能性は、極めて低い。今後の医学的進展を待つしかない」
その言葉が、俺の胸に突き刺さった。 それでも、諦めきれなかった。
俺は動いた。
かつて大学で学んだ知識と、人脈を頼りに、倫理ギリギリのラインをなぞるようにして『ヒトノカケラ計画』の関係者を探し始めた。
秘密裏に残された論文、国際的なシンポジウムに潜む仮名の研究者、削除されたネット記事のキャッシュデータ── 全てを掘り返し、やがてたどり着いたのは、旧財団の医療開発部に属していた一人の科学者だった。
「記憶の複製は、技術的には可能です。ただ、それが“人”になるかは、別の問題です」
その科学者の声は、静かで冷たいものだった。 だが、俺は怯まなかった。
「お願いです。彼の記憶を再構築して、もう一度──“生かす”ことはできませんか」
その時点で、もう俺は覚悟を決めていた。
『記憶と魂の境界線』を、越えてでも、守りたい仲間がいた。
そして生まれた、アンドロイドの翔太。
人工知能によって構築された存在ではあるが、俺の目には、確かに“人間”として映っていた。 笑って、悩んで、傷ついて、それでも誰かを想うその心は、確かに生きていた。
──もし、また誰かが傷ついたとき、その記憶を消す選択を、俺はできるだろうか
違う…俺はもうそんな事が出来なくなってしまったんだ。
一人で抱え込むにはもう…限界がきてしまっていたんだ。
…俺はアンドロイドの二人がいなくなった病室で静かに立っている。 過去を抱え、未来を守るために。
渡辺翔太のアンドロイドを作ったと同時に俺は宮舘涼太のアンドロイドも構築した。
舘様に頼まれたから…だけじゃない。
まぎれもなく俺が可能性を残した道だった。
ずるいかもしれないけど、いつかきっとこんな日がくるかもしれないと考えていたから。
そして再び、仲間たちとともに、パートナーと歩くこの時間が、少しでも長く、幸せであるようにと願いながら──
──病室の静寂──
長い眠りの果てに、翔太のまぶたが微かに揺れた。
心拍が一瞬だけ跳ね、モニターが反応する。
舘さんが息をのんで、そばへ駆け寄る。
「翔太……?」
微かに動いた唇が、かすれた音を紡いだ。
「……涼太……」
その瞬間、俺の頬に涙がつたう。 意識が完全に戻ったわけではなかったが、間違いなく、そこに“翔太”がいた。
その後、翔太の目覚めに合わせるように時間をかけて、SnowManのメンバーたちは徐々に翔太の事故の記憶を取り戻していった。
最初に兆しを見せたのは照だった。 ステージの上、ふとした瞬間に涙をこぼし、「あれ……なんでだろ」と呟いた。
続いて、佐久間が夢の中で翔太と話したことを覚えていた。 「SnowManの事頼むなって…言っててさ、おかしいよね、こんなリアルな夢……でも、あれ、夢じゃなかった?」
康二は、突然昔のLINEの履歴を見て泣き出した。
「しょっぴー?あれ?……なんで俺、忘れてたんやろ」
目黒は収録中にふとした瞬間、「あの日、俺……病院に行ったよね?」と小さく呟き、俺を見た。
ラウールは楽屋の隅で、古いノートを手にしていた。 そこに翔太と書かれた未完成の手紙を見つけたとき──彼の手が止まり、顔がくしゃくしゃに歪んだ。 「……翔太くん……俺、忘れてた……なんで……」
「……思い出したんだね」
彼らの中で封印されていた記憶が、少しずつ解けていった。
やがて全員が翔太の事故、悲しみ、そして再生の物語を思い出し、静かに涙を流した。
―――――
病室のドアの前。
──アンドロイドの渡辺翔太は、ふわりと笑った。
「ありがとう、阿部、──本物に、会えてよかった」
俺は一歩、前に出た 「……渡辺翔太、そうお前は間違いなく渡辺翔太だったよ。お前がいてくれて、本当に、よかった」
静かに一礼、頭をあげる事は…出来なかった。
足音は、雪のように静かで、誰にも気づかれないまま、病院の廊下に消えていった。
俺はその背中を、最後まで見送った。 その瞳に、悲しみと、感謝と、祈りを込めて。
──そして物語は、再び始まる。 ほんとうの“渡辺翔太”と、彼の仲間たちの、新しい未来が。
人間じゃなくても、願ってしまうことがある。
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