人工島“第零区域”。
地図に存在しない廃棄施設──それが、“楽園計画”の心臓だった。
かつて軍の極秘研究施設だったその島は、現在は無人の廃墟とされ、外部からのアクセスを遮断していた。
けれど、その実態は、今もなお息づく“人間兵器の工場”だった。
「行くぞ、栞」
「うん。……ここを壊したら、きっと、全部終わるよね」
「終わらせるんだ。俺たちでな」
***
夜中三時。
波音すら聞こえない、無音の海を超えて、ふたりは小型潜航艇で島に上陸した。
外周センサーをかいくぐり、地下通路から施設へ侵入。
そこには、無数のモニター、無人防衛システム、そして──
「……これは……!」
壁一面に投影された“記録映像”。
それは過去に撮られた、無数のバディたちの“訓練”と“失敗”と“死”の記録。
泣き叫ぶ者、
撃ち殺される者、
感情を喪失していく子供たち。
その中には、幼い頃の“栞”の姿もあった。
「……もういい、見るな」
翠がそっと彼女の目を覆った。
だが、栞はその手をそっと外して言った。
「……私は、これを“目に焼き付けて”壊したいの」
静かな決意だった。
「じゃあ、好きにしろ。お前がどんなに泣いても、俺は隣で見てるから」
「泣かないよ。……でも、もし泣いたら、ちゃんと“名前”で呼んでね」
「当たり前だ、栞」
***
ふたりは警備ドローンの網を潜り抜け、
メインサーバー室へとたどり着く。
その中央には──
人工知能搭載型の管理中枢“EDEN-00”が鎮座していた。
「認識コード:0415・0812。
目的:反逆。
排除プロトコル起動」
無数の機械兵が動き出す。
無音の地下に、銃声が響く。
「栞、左! くるぞ──!」
「わかってるっ!」
ふたりは背中合わせに戦った。
昔とは違う。
今の彼女は、もう“守られるだけ”の存在じゃない。
「一発で仕留める! カバーお願い!」
「やれ!」
ズドン、と機械の中核を撃ち抜いた瞬間、ドローンが一斉に停止した。
静寂。
緊張が溶ける。
「……やった、の?」
「まだだ」
翠が管理端末に手をかざす。
内部から“EDEN-00”の中枢AIへアクセス。
そして、そこに記録された全データを確認する。
──そこには、栞と翠の記録も。
何年分もの、思考、感情、行動の記録。
「……全部、消す」
「待って」
栞がその手を止める。
「……“消す”だけじゃ、意味がない。
これが何だったか、どんなふうに人を壊してたか、“誰かが知るべき”だと思うの」
「……」
「この“人の感情を支配しようとした証拠”を、暴こう。
私たちがここで見て、知ったすべてを、“名前で生きる誰か”に伝えるんだ」
翠はしばらく黙っていたが──
やがて、深く頷いた。
「……お前って、ほんとバカだな」
「うん。でも、あなたのバカよりは、きっとマシだよ」
ふたりは、サーバーの“データ破棄”ではなく、“外部転送”を選択した。
そのデータは、加賀見が用意していた暗号化通信経路を通して、いくつかの外部メディアへ拡散されていく。
***
転送が完了した瞬間、施設全体に自壊プロトコルが発動。
島は自己崩壊のタイマーを刻み始めた。
「栞、脱出するぞ!」
「うん!」
瓦礫の間を駆け、炎をすり抜け、
ふたりは最終脱出ハッチへと滑り込んだ。
爆音。
吹き上がる火柱。
島が沈むその最後の瞬間、
ふたりはただ、手を取り合っていた。
「終わった……?」
「いや。……これが、始まりだ」
ふたりが選んだ“名前で生きる人生”は、ようやくここから始まる。
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