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最早手伝いなど微塵も望まない結月が皿を洗っている最中、仁志は逸見に運び込ませた荷物を熱心に開梱していた。

数ある部屋の中でわざわざこの場に運ばせるという事は、中身は結月にも関係あるモノなのだろう。

そうであってほしい。いくら居候の身とはいえ、倉庫にされるのは遠慮したい。


水切りカゴに最後の一枚を並べ、手を洗ってエプロンを解いた結月に気付き、振り返った仁志が手招いた。

ちょこちょことキッチンを回った結月は、ほんの数歩で眼前に広がる光景に目を剥いた。


「ちょっ、コレ……!」


ソファーには元の布地が見えない程、柔らかい生地のカラフルなドレスが並び、ローテーブルの上には品の良い小ぶりのパーティーバックに加え、ネックレスやらイヤリングやらが場違いな蛍光灯の光をキラキラと反射している。

足元には細いヒールのパーティーシューズが数種類待ち構え、これまたお高そうなエナメルが静かに主張していた。


「好きなのを選べ」


絶句。なにが好きなのを選べだ。


「ちょっと、まっ、て」


情報の処理が追いつかないと頭を抱える結月にも動揺すること無く、仁志は淡々と言葉を発する。


「俺のパートナーとして出席するんだろ。それ相応の格好をしてもらわないと困る」

「それはそうだろーけど……あーあーご丁寧にウィッグまで……しかもコレ高いやつじゃん?」

「気に入らないなら買い換えるが?」

「十分すぎます。まったく、これだから金持ちは」


一周回って呆れに達した結月は嘆息しながら仁志の側に寄り、ブティック顔負けの品々に目を走らせた。

使っていいというのなら、ありがたく使わせてもらおうじゃないか。案外がめつい性格なのだ。余計な出費がなくていい。

自身の体型、パートナーという立ち位置、ターゲットの心を射止めやすい存在。それらを考慮して、一着ずつ吟味していく。

仕事病というのか、つい没頭してしまった結月に何を言うでもなく、仁志は腕を組んだまま静かに見守っていた。


「……こんなトコかな。あとは実際着てみてからバランス見ないと」

「そうか」

「これ置いてって、って言ったら危ないか? まぁ小物は直前でも……」


顔を上げ、じっと見据える仁志の双眸に多分に含まれた期待を見つけて、結月は思わず閉口した。


(もしかして、もしかしなくてもさぁ)


『つくれ』ってコトか。


「……時間かかるよ」

「今日は特に仕事もない」

「……直前にお披露目ーみたいなワクワク感とか」

「特に望んでいない」


(ダメだこれ)


仁志は絶対に引かないだろう。説得は諦めた方が得策だ。

仕方ないと肩を竦めた結月は選び抜いた戦友を両腕で抱え上げ、寝室へと向かった。

リビングの扉は開けっぱなしだ。寝室の扉も、勿論閉めない。

広々としたベッドの上で丸まっている掛け布団を適当に端に寄せ、抱えてきた品々をベットマットに静かに落とす。

ジーンズとカットソーを脱ぎ捨て下着一枚になってから、自身の家から持ってきていた鞄の中を漁った。


「……あった」


男として潜入するにも薄化粧は必須だ。『変装』用と通常用とを分けるような几帳面さはないので、結月が常備しているメイクポーチは一つである。

無駄な装飾はなく機能性重視でデザインされた鏡台のライトを点け、結月はポーチの中身を乱雑に広げた。

化粧水、乳液、下地を塗ってから、ファンデーション。今回は一人で動くのではなく仁志の隣に並ぶのだから、艷やかな造りよりも上品な方が良いだろう。

ラメが控えめなブラウンのアイシャドウを乗せるが、パーティーなのでアイラインはしっかりと。睫毛は丁寧に、羽のようなフサフサ感をイメージして、流し目が映えるようカールは控えめに抑える。けれどもどこか毒気のある傾国の雰囲気を纏う為に、リップとチークに赤みを効かせた。

ドレスの背を渡るチャックを下ろし、持ち込んでいた補正下着に取替え、落とした生地の間に入ってから持ち上げて肩を通す。

声をかけたのは気紛れだった。


「……ねぇ、なんで恋人つくんないの?」

「……気になるのか」


静かに届いた声は遠い。

結月は慣れた手つきでチャックを上げ、鏡の前でバランスを整えてから、絹のようにサラリと流れる長い黒髪のウィッグを手にした。


「とんだ性格破綻野郎なら笑ってやろうと思って」

「性格が破綻しているかは自身ではわからないが、決まって『つまらない』と言われるな」

「……いたコトはあったんだ」

「そりゃあな。妬いたか?」

「童貞野郎って笑ってやれなくて残念だよ」

「それはすまない事をした」


愉しそうな響きを含んだ声が空気を揺らす。

心地よい柔らかな音が耳を撫でるのを感じながら、結月は胸中を覆った靄から目を逸らすように、最後の仕上げとアクセサリーを身に付け靴へと足を差し入れた。


「ま、軍資品も頂いたコトだし、歴代の恋人様方に見られても激怒されないよう、全力で『いい女』を演じてあげるよ」


ハンドバックを片手に持ち、リビングへの廊下を歩く。


「ね、仁志サマ?」


ニッコリと微笑んで現れた結月の姿を見とめ、仁志は密かに息を呑んだ。

結月の華奢な身体を纏うのは、深海を思わせるダークブルーに染められたハイネックのノースリーブドレス。くびれ部分は細い腰を強調するように生地が詰められていて、滑らかな婉曲を辿り下に滑るように落ちる生地は足先まで揺らめく。

男性特有の骨ばった肩幅が特別目立つ印象はないが、念のためにと肩は銀色のショールで自然と隠されていた。

前髪は左に柔らかく流し、同じく長い黒髪もゆったりと片側に寄せ、繊細なレースのようなバレッタが漆黒の夜空に瞬く星座のように控えめに、それでも確かな艶を持って存在に華を添えている。

イヤリングは揺れる華奢なデザインを。手首にも同様に、細いチェーンに輝く石が雫のように煌めく。


「その反応を見ると、及第点かな」


結月が悪戯っぽく瞳を細める。


「胸もうちょい盛っとく? ホントはドレスもスリットがあったほうが誘いやすいんだけどさぁー」


自身の胸元の大きさを確かめるように手を添えながら身体を捻り、太腿側へと視線を落とした結月。

仁志は静かに目を閉じ、疲れたように目頭を抑えた。

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