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#すのあべ
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「じゃぁ、オレ部活あるから帰るよ」
「ん、頑張れよ! 全中行けたら応援に行ってやるから」
「うん! ……理人もインハイ目指しなよ!」
「おう」
互いに拳をコツンと突き合わせると、叔父さんたちに連れられて透は笑顔で帰っていった。 遠ざかる車の背中を見送りながら、理人は小さく溜息をつく。 良かった。昨夜のことは何とか「夢だった」ということで誤魔化せたみたいだ。風呂上がりに透が起きていたときにはどうしようかと思ったが、寝ぼけていてくれて助かった。
それにしても――。
「チッ……腰が痛てぇ……」
あの野郎、無茶苦茶しやがって。サルかよ畜生。重だるい痛みが走る腰を擦りながら悪態を吐き、部屋へと戻ろうとしたとき、不意にズボンの中で携帯が震えて着信を告げた。
蓮からの連絡だろうか。だとしたら流石に今日はマズい。もしも万が一、透とヤってしまったことがバレたら、どうなってしまうのか想像もつかない。 正直言って画面を見たくない。
いっそ気づかなかったことにしてしまおうか。ふとそんな考えも頭を過ったが、それはそれで後から面倒なことになるのは目に見えている。というか、そもそもなぜ付き合っているわけでもない相手に、これほど気を揉まなければならないのか。葛藤に苛まれていると、再び携帯が震えた。理人は仕方なく、諦めたように画面を開く。
差出人は蓮ではなく、透からだった。不思議に思いながら文面に目を通す。
『昨日言ってた、理人によく似た猫? 多分知ってるかもしれない! オレの家と理人ん家のちょうど真ん中あたりにある3丁目公園の付近に、すっごい目つきが悪いのが一匹居るんだよね』
目つきが悪い猫。なぜだろう。そんなのに似ているだなんて、なんだか癪だ。
『噂の少年が居るかもしれないから、気になるなら行ってみれば?』
こんな暑い中、行くわけないだろう。別に……猫が気になっているわけじゃない。 ああ、でも。そう言われてみれば、秀一と出会ったのもその付近の公園だった。
別に、秀一に会いたいわけじゃない。透の言うように約束なんてあってないようなものだし、そもそも行ったところで会えるとは限らない。あれから何日も経っている。あっちだって約束なんて忘れているかもしれないのに。
それでも。もしかすると……なんて、淡い期待を捨てきれない自分がいる。 理人はしばらく考えた後、衝動に突き動かされるように自転車に跨がると、透に教えられた場所へと向かうことにした。
「はぁ、はぁ……っ、やっぱりこんな所にいるはずないか……」
三つ目の交差点を曲がったところで、急ブレーキをかけて立ち止まる。 理人の家から十五分ほど走っただろうか。抜けるような青空に白くて巨大な入道雲がそびえ立ち、蝉の声が公園内にわんわんと響き渡っている。黄熟した八月の暑熱がじりじりと肌を焦がし、全身から滝のような汗が噴き出した。
「暑ぃ……」
汗を拭いながら周囲を見渡すが、そこにはいつもと変わらない静かな住宅街が広がっているだけで、人の気配はまるでない。 それもそうだろう。気温はゆうに三十九度を超えている。どうせ遊ぶならプールか、クーラーのよく効いた部屋でゲームでもやっていた方がいいに決まっている。
「はぁ、帰るか……」
額からとめどなく滴り落ちてくる汗を拭い、ペダルに足を掛けたその時。例のタコの遊具の陰に、隠れるようにして小さな人影が見えた気がした。
まさか――。
ゴクリと生唾を呑み、ゆっくりと自転車を押してそちらに近づいていく。
「……」
やはり、そこにいたのは紛れもなく秀一だった。膝を抱えて座り込み、俯いているせいで表情はよく見えないが、間違いなく彼だった。
「……こんなところで何やってんだ?」
理人が声を掛けると、ビクッとして顔を上げる。その顔はどこか暗く、潤んだ目元にはうっすらと涙の痕が滲んでいるように見えた。
「お兄さん……。久しぶりだね」
「あぁ、そうだな」
どこかホッとしたような表情ではにかむ姿を見て、理人はストンと隣に腰を下ろした。 タコの遊具の内側は、コンクリートが日光を遮っているせいか、肌に触れる空気がひんやりとしていて心地が良い。
「良かった。もう会えないかと思ってた」
言いながら、秀一が距離を詰めてくる。甘えるようにコツンと肩に頭を乗せられ、一瞬驚いたものの、理人はそのままにさせておいた。
「お前、いつもここにいるのか?」
「違うよ。今日は家に……いたくなかったんだ」
「……」
そういえば、初めて会ったときも家に帰るのが嫌だと言っていた。一体どんな家庭環境なのだろうか。
「お盆休みで父さんが家にずっといるから、母さんずっと機嫌悪くて……。家にいたら、嫌なことばかり起こるから……」
家に帰っても、息が詰まるだけ。その感覚には理人にも覚えがあった。 いまでこそ夫婦関係は冷え切り、家庭内別居のような仮面夫婦を演じている両親だが、理人が小学生の頃は、顔を合わせればしょっちゅう怒鳴り合いの喧嘩をしていた。 そんなに嫌なら離婚すればいいのにと、幼いながらにずっと疑問だった。 プライドが高く見栄っ張りで、何より自分たちが大好きな二人のことだ。自分の経歴に傷が付くのが耐えられないのだろう――そう気づいたのは、随分と後になってからだ。 恐らく、秀一の家庭も似たようなものなのだろう。罪のない無垢な子供からしてみれば、いい迷惑な話である。
「そうか……」
理人は小さく呟くと、それ以上は何も言わずに空を見上げた。 真っ青なキャンバスに白い絵の具をぶちまけたような、見事なまでの快晴。遥か上空では風が強いのだろう、巨大な積乱雲が生き物のようにモクモクと沸き立っている。
「……ニ……ニャォ……」
突然、どこからともなく低い声がした。
「あ! ボス!」
声のした方に視線を向けると、遊具の影から細身の黒猫がゆっくりとこちらに近づいてくる。 これが……ボス……。 確かに目つきは悪い。吊り上がった双眸は、眼光が鋭くこちらを射抜いている。 秀一には懐いているのか、ゴロゴロと喉を鳴らしながらすり寄ってきたが、理人の姿を認めた途端、その動きがぴたりと止まった。
「ニャーオ!」
「あ、こら……ボス、駄目だよ!」
秀一の制止を無視して、その猫は理人の正面に立つと、フンッと鼻息を荒げた。毛を逆立て、威嚇するように鋭い牙を見せて低く鳴く。