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第三章 氷晶と炎音
第十話 眠らぬ月
夜は静かに更けていった。
野営地の中央では大きな焚き火が揺れている。
商人たちは酒を酌み交わし、
旅芸人たちは楽器を奏でる。
誰かが歌い出し、誰かが笑い、
誰かが手を叩く。
旅の夜は賑やかだった。
シュンタは焚き火の傍へ腰を下ろし、リュートを膝へ乗せる。
「お、シュンタや!」
「一曲頼む!」
「今日は静かなやつなー!」
あちこちから声が飛ぶ。
シュンタは笑いながら弦を鳴らした。
優しい旋律。
どこか懐かしい音色。
焚き火の火が揺れる。
旅人たちの表情が少しずつ和らいでいく。
離れた場所。
白馬の手入れを終えたジュウタロウは、静かにその光景を眺めていた。
歌。
笑い声。
温かな火。
昔は自分も、こういう時間が好きだった気がする。
ふと、そんなことを思う。
「珍しいな」
隣から声がした。
アロハだった。
「何がだ」
「お前がそんな顔してるの」
ジュウタロウは眉を寄せる。
「どんな顔だ」
「少しだけ楽しそうな顔」
即座に否定しようとして、言葉が止まる。
アロハは肩を竦めた。
「まぁいいけど」
そう言って焚き火の方を見る。
シュンタが子どもたちに囲まれていた。
笑いながら何か教えている。
その姿は、王都で見た時と何も変わらない。
どこへ行っても、自然と人の輪の中心にいる男だった。
「不思議な奴だよな」
アロハが呟く。
「……ああ」
ジュウタロウも否定しなかった。
その時だった。
風が吹く。
冷たい風。
夜の風ではない。
もっと重い。
もっと冷たい何か。
ジュウタロウの瞳が細められる。
森の奥。
闇の向こう。
何かがいる。
「アロハ」
声が低くなる。
幼馴染はすぐに気付いた。
「どうした」
「騎士たちへ伝えろ」
ジュウタロウは立ち上がる。
腰の剣へ手を添える。
「周囲を警戒しろ」
アロハの表情が変わった。
「来るのか」
「分からん」
銀の瞳が森を見据える。
「だが嫌な気配がする」
アロハはすぐに騎士たちの元へ向かった。
焚き火の周囲にはまだ笑い声が残っている。
誰も異変に気付いていない。
シュンタだけが、ふと演奏を止めた。
「……?」
真紅の瞳が森を見る。
理由は分からない。
けれど、胸の奥がざわつく。
嫌な予感だった。
焚き火の火が揺れる。
風が強くなる。
馬たちが落ち着かなくなり始めた。
鼻を鳴らし、地面を掻く。
商人たちも異変に気付き始める。
周囲へ視線を向ける者。
武器へ手を伸ばす者。
そして、森の奥から
低い唸り声が聞こえた。
誰かが息を呑む。
闇の中。
無数の光が浮かび上がる。
獣の目だった。
赤く、不気味に。
夜の森に並んでいる。
一つではない。
二つでもない。
十。
二十。
いや。
それ以上。
「総員警戒!!」
アロハの声が響く。
騎士たちが剣を抜く。
焚き火の周囲へ集まる商人たち。
子どもたちを庇う旅芸人たち。
空気が一変した。
シュンタは無意識にリュートを握りしめる。
心臓が早鐘を打つ。
けれど、一番前に立つ銀髪の青年だけは違った。
ジュウタロウは静かに剣を抜く。
蒼白い刃が月光を映した。
満月だった。
あの日と同じ。
白い月が夜空に浮かんでいる。
リュカが魔物となった夜。
母を失った夜。
忘れたことなど一度もない。
胸の奥が冷える。
けれど、自分はもう九歳の少年ではない。
ジュウタロウは静かに息を吐いた。
そして、迫り来る闇を見据える。
「来るぞ」
次の瞬間、森の奥から咆哮が轟いた。
コメント
1件
いやあ、第29話もめちゃくちゃ良かった…!野営地の賑やかな温かさから一転、あの冷たい風が吹いた瞬間の緊張感が半端なかったよ。シュンタの演奏やジュウタロウの「少しだけ楽しそうな顔」の描写が好きすぎる。あの満月の回想がまた刺さるな…。次どうなるか気になりすぎるわ!
#見て
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