TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

(確か、時也さんの部屋は

私が居た部屋から右に二つ目⋯⋯)


レイチェルは意識朦朧で

ふらつく時也を支えながら

夫婦の自室の前に立った。


だが、其処には──


『ヘタレはまだ入るな』


ソーレンの文字であろう。


雑に書かれた張り紙が

乱暴に貼りつけられていた。


「⋯⋯⋯⋯」


レイチェルは、思わず唇を噛んだ。


(きっと、アリアさんは⋯⋯

まだ、あの惨たらしい姿のままで

回復を待っているのかもしれない)


そう思うと

自然と喉が詰まるような感覚がした。


時也は

目を閉じたまま

微かに唇を震わせている。


「⋯⋯⋯アリアさん」


うわ言のように

掠れた声が漏れた。


(⋯⋯この人は、こんなに辛いのに

それでもアリアさんの事ばかり⋯⋯)


張り紙の前で

立ち尽くしている時間も惜しかった。


彼には

少しでも早く

休んでもらわなければならない。


だが──


(どの部屋を使えば⋯⋯)


昨日来たばかりのレイチェルには

他の部屋の使用状況など

分からなかった。


どうするべきか逡巡していたが

結局の所

一番確実な方法は

自分の部屋に寝かせることだった。


「行きましょう⋯⋯時也さん」


レイチェルは時也の腕を引き

自室へと連れて行った。


小さなベッドに時也の身体を横たえ

乱れた着物の裾を軽く直す。


「⋯⋯アリア⋯さん⋯⋯」


また、同じ言葉が漏れる。


時也の頬は蒼白で

汗に濡れ、呼吸も浅い。


「⋯⋯早く、アリアさんに

逢いたいですね⋯⋯」


レイチェルはそう小さく呟くと

そっとシーツを時也の肩まで掛けた。


その場を離れ

部屋の扉を静かに閉める。


再び階下に降りると

リビングから妙な音が聞こえてきた。


「おい!ジッとしてろっての!」


聞き覚えのある不機嫌な声。


リビングに足を踏み入れると

ソーレンが青龍の身体を

雑にタオルで拭いている場面に出くわした。


青龍は

まるで濡れた犬のように

頭から爪先まで乱暴に拭かれ

身を捩ってはソーレンに抗っていた。


「い、痛い!止めんか!

私は貴様の手など借りぬとも

身体を吹けるっ!」


「濡れたまんま

時也んとこに行くだろ、お前っ!

床が水滴で汚れんだよ!!」


まるで兄弟喧嘩のようなやり取りに

レイチェルの肩の力が少しだけ抜けた。


──が


その直ぐ近くに目を移した瞬間

また張り詰めた空気に引き戻される。


転生者の男が

ぐったりとした様子で

椅子に縛られていた。


全身が洗い流されたのだろう。


髪は濡れて乱れ

シャツのボタンは掛け違えてチグハグと

雑に着替えさせられた服が

まとわされている。


(⋯⋯私の時は

きっと青龍が身体を拭いてくれたんだ)


少しだけ安堵する。


あの時

自分が目覚めた時には

青龍が自分の側にいてくれた。


そう思うと

この光景を見ていて

妙に青龍へ感謝の念が

湧き上がってきていた。


「ヘタレの世話を任せちまって

すまなかったな」


突然、投げ掛けられたその声に

レイチェルは顔を上げた。


ソーレンが

まだ濡れた青龍の身体を雑に拭きながら

レイチェルに視線を向けていた。


「⋯⋯いえ、そんな」


思わず苦笑いを浮かべた

レイチェルの耳に

慌ただしい青龍の声が飛び込んできた。


「申し訳ありません、レイチェル様!

直ぐに私が

時也様の所へ参りますので……っ!」


青龍は

濡れた髪を跳ねさせながら

立ち上がろうとしたが

その小さな頭を

ソーレンが無造作に押さえつけた。


「おめぇは

先ずは身体を乾かしてからだ!」


「なっ、貴様⋯⋯!」


青龍がキッと睨みつけるが

ソーレンは全く意に介さず

片手で青龍の頭を押さえつけながら

タオルで容赦なく

ガシガシと頭を拭いていく。


「さっきも言ったろうが!

濡れたまんま歩かれちゃ

また俺の仕事が増えんだよ!」


「貴様はつくづく無礼な男だな!

雑に私を拭くな!

皮膚が剥がれるだろう!」


「お前の皮膚は

もう充分剥がれてるだろ」


「なんだとっ!?」


言い合いを続ける二人の様子に

レイチェルは思わず小さく笑った。


(パッと見だけは

まるで世話焼きのお兄ちゃんと

負けん気の強い弟みたいだな⋯⋯)


ふと、そんな思いが浮かんだ。


「私、厨房で仕込みの

続きをしてきますね!」


そう声を掛け

レイチェルがリビングを出ようとした瞬間。


「おい!」


ソーレンが

ぶっきらぼうに呼び止めた。


「アリアの席には行くなよ?

まだ掃除終わってねぇんだ」


レイチェルは立ち止まり、振り返る。


「⋯⋯分かりましたっ」


(根っこは、優しいんだな……)


その言い方は不器用で

やや乱暴ではあったが

それでも確かに〝気遣い〟が感じられた。


「じゃあ

時也さんが汚してしまった方は

私が掃除しておきますね」


「⋯⋯おう。サンキューな! 助かるよ」


ソーレンの声が

背中越しに響いた。


「⋯⋯っ!」


レイチェルの胸が

ぎゅっと締めつけられるように

温かくなった。


ーありがとうー


そのたった一言が

こんなにも胸に沁みるものだとは

思わなかった。


(⋯⋯まるで、家族ができたみたい)


そんな感情が

じわりと胸の奥に広がっていった。

紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

367

コメント

1

ユーザー

喫茶桜で交わされる、静かな休息のひととき。 ぶっきらぼうな優しさに触れながら、 レイチェルは仲間たちの過去に そっと手を伸ばしていく──

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚