テラーノベル
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ショップに着いてからというもの、尚は殆ど店内を見る事なく最新機種のスマホに決めた。
「ねぇ、これ最新機種だよ? 高いと思うけど……」
「平気だよ。俺、金はあるし」
そう言われて気づく。
そうだ、尚は人気ロックバンドのボーカルだという事実に。
一般人の私なんかとは違って稼ぎも沢山あるのだから値段なんて気にしないのだと。
(羨ましい……)
私の名義で契約した最新機種のスマホ。
(私も新しいのに替えたいなぁ~)
などと思いながら契約を進めていった。
それから帰り際にスーパーに寄って夕飯の材料を買った私たちは日が暮れる前にマンションに帰り着く。
スマホなんかいらないと言っていた尚だけど、何だかんだで嬉しそうだ。
「なぁ、夏子の番号教えて」
夕飯の支度をしている私に声を掛けてくる尚。
「080――」
自分の番号を尚に教えると、私のスマホに電話をかけたみたいで着信音が鳴り響いた。
「今かけたから登録しといて」
「うん、分かった」
よくよく考えてみると、私は絶大な人気を誇る久遠のボーカルのナオと一緒に住み、毎日私の作った料理を食べている。
そして、新しいナオの電話番号を私だけが知っている。
これってとんでもなく贅沢な事なのだろうと思った。
(ナオの熱狂的なファンが知ったら、私、刺されそう……)
なんて恐ろしい事を考えつつも、自分が『特別な存在』である事を少しだけ嬉しく思った。
「いただきます」
今日の夕飯は肉じゃがだ。
尚と一緒に住み、毎日尚のリクエストを聞いてご飯を作るのだけど、とにかく彼は好き嫌いをしない。
嫌いな物は殆どないらしい。
好きな物は、少し子供っぽいメニューが多いけれど、とにかく出された物は米粒一つも残さず食べる。
(美味しそうに食べてくれると、作りがいがあるよね)
元からそこそこ料理が好きな私からすると嬉しい事だ。
尚と住み始めて約二週間。
最初は不安が大きかったけど、今は楽しくやれている。
それと同時に思う事――それは、尚がいつまでここに居るつもりなのだろうかという事。
未だバンドを離れた理由が分からないから、いつまでいるつもりなのか、それこそ見当がつかない。
「ん? どーかしたのか?」
「え? な、何が?」
突然声を掛けられ、思わず聞き返す。
「人の顔じっと見てくるから、何かと思って」
「え? あ、そ、そう?」
どうやら無意識のうちに尚を見ていたらしい。
「何でもないよ、ちょっと考え事してただけ」
私が慌てて否定すると、「ふーん?」と言って、尚は再びご飯を口に運んでいった。
この時、私は自分の心境の変化に、まだよく気付いていなかった。
数日後、私はある噂を耳にした。
「ねぇ聞いた? ナオの彼女の話!」
「え、何それ?」
「実は今、ナオはその彼女と同棲してるらしいよ!」
「マジで~?」
ナオとは勿論、久遠のヴォーカルのナオ。
それは私の家に住んでる尚と同一人物な訳で……彼女というのは恐らくデマだろうけど、同棲という言葉に私の耳はピクリと反応する。
「何それ? どういう事?」
今まで、久遠に全く興味のなかった私の食い付きがあまりにも凄かったからか、話を持ってきた萌那は酷く驚いていた。
「夏子、久遠に興味あったんだっけ?」
そう言われ、物凄い勢いで話に食いついていた自分に思わず焦る。
「え? あ、いや、ほら、最近失踪とか色々騒がれてたじゃない? だから、何となく気になって……」
などと慌てて言い訳を並べ立てると、「ふーん?」と納得してくれた萌那。
「うん! それで? その、彼女っていうのは?」
「ああ、うん。HEAVENってガールズバンドあるじゃん?」
「HEAVEN?……ああ、あのゴスロリバンド?」
「そう。そのHEAVENのギターの咲彩がナオの彼女で、同棲してるんだって」
「えぇー!?」
HEAVENというのは、四人組のガールズメタルバンド。
ゴスロリで見た目可愛いのだけど、歌や演奏はとても激しいとか。
久遠と同じ事務所って聞いた事あるけど……まさかそんな話になっているなんて。
とまぁ、この話は真っ赤な嘘だと、私は証明出来る。
(良かった。同棲とか言うから私の家に居る事がマスコミにバレたのかと思ったわ)
自分じゃないとひと安心した私はこの話題にもう興味はないのだけど、ここでいきなり話を聞かなくなったらそれはそれでおかしいだろう。
仕方なしに萌那や周りの女子達と会話に加わり続けた。
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