「あのね理沙、ミカちゃんは、怒ると本気で恐いから気をつけてね?」
カードキーを手に三日月が行きかけると、天馬が私にスッと身体を擦り寄せて、そう耳打ちをしてきた。
「ミカちゃんって、三日月さんのこと? じゃあさっき私がドSなのかを聞いたりしちゃったこと、もしかして怒ったりしてないかな?」
ふと心配になり、声をひそめて聞き返すと、
「ああ、大丈夫。あれぐらいじゃちっとも怒らないから」
天馬が笑って答えた後で、
「ミカちゃんが本当に怒ったら、さすがのリュウちゃんでも、太刀打ちできないものね?」
と、流星の方へふっと顔を向けた。
「まぁ…な。だから、あいつの怒りのツボだけは、あんたもおさえといた方がいいぜ?」
流星が三日月に本気で怒られた時のことでも思い出したのか、一瞬ぶるっと身震いをして、バックヤードに引っ込むその背中を見やった。
しばらく奥に引っ込んでいた三日月がフロアに戻って来ると、「お待たせ致しました」と、声をかけて、銀色の丸いトレイを私の前へ差し出した。
そこにはIDナンバーが記されたカードキーと、キラキラと輝く萌黄色をした飲み物が入ったロングタイプのタンブラーが乗せられていた。
そのグラスが自分に出されたものなのかわからなくて、カードキーだけを手に取ると、「こちらは、当店オリジナルの”スイートタイム”というカクテルです。理沙、どうぞお飲みになられてください」と、三日月がテーブルにスイッと滑らせるようにして、タンブラーを私の手元に置いた。
「でも…私、まだなんにも頼んでないですけど……」
オーダーをしたわけでもないのにどうして飲み物が運ばれてきたんだろうと、テーブルの上と三日月の顔とを不思議に思い交互に見やった。
「理沙、当ホストクラブでいただくのは、お客様お一人分のセット料金のみとなっています。なので食べ物も飲み物もそれ以外の料金は、一切発生致しませんので」
三日月がそう説明をして、「ですから他に飲みたいものや食べたいものなどがあれば、どうぞなんなりとお申し付けください」と、軽く頭を垂れた。
「え、本当に……」
と、一瞬そのリーズナブルさに驚くけれど、もしかしたらそのセット料金というのが、とんでもなく高かったりするんじゃないかと、ふと思い直した。
「なぁ、理沙。もし料金のことを心配してるなら、食事付きのホテルにでも泊まった金額だと思えばいい」
私の考えていたことを察したらしい銀河が、耳元に伝えてきた金額は、決して払えないというほど高額ではなくて、ややホッとしてグラスを手に飲もうとすると、
「あっ、待って。僕たちも飲むから、みんなで一緒に乾杯しようよ?」
と、天馬が口にして、三日月に目くばせをした。
「では、バーボンのボトルを持って参りますので」
三日月がそう応じて席を立つと、程なくしてバーボンの瓶とともにアイスボックスにミネラルウォーターやソーダの他に、ミックスナッツやチーズのアラカルト、カットフルーツの盛り合わせなどのお酒のおつまみが、テーブルの上に次々と並べられた──。
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