出会い以来、優馬は校舎裏の桜の木の下へ行くことが日課になっていた。
莉子がそこにいるとは限らない。
それでも優馬は、ひょっとして、と淡い期待を抱いてしまう。
彼女の言葉が、優馬の心の奥底に眠っていた何かを揺さぶったのだ。
優馬は、スマホで「花言葉」を調べるようになっていた。
莉子が語ったアネモネの花言葉「希望」そして「固い誓い」が、忘れられなかったから。
莉子は毎日違う花束を持ってくる。
優馬は莉子に会えない日でも、彼女が今日どんな花束を持っているだろうか、どんな意味を込めているだろうか、と考えるだけで胸が高鳴るのを感じた。
ある日の昼休み、いつものように校舎裏へ向かうと、莉子がベンチに座っていた。彼女の膝の上には、鮮やかなピンクと紫が混じり合った花束が置かれている。
「莉子さん、こんにちは」
優馬が声をかけると、莉子は優しい笑顔で応えた。
「優馬くん、こんにちは」
優馬は少し緊張しながら、莉子の隣に座る。
「今日の花束は、すごく華やかだね」
「そうなの。このピンクの花はね、デルフィニウム。花言葉は…『気まぐれな恋』」
莉子はそう言って、少し恥ずかしそうに笑う。
「…気まぐれな恋?」
優馬は戸惑いながらも、ドキドキする。
「違うの。これはね、私自身の気持ちじゃなくて、物語なの。この花束の持ち主は、誰かに恋をしていて、でも、なかなか告白できない気まぐれな女の子。その子の気持ちを、この花束に込めてみたの」
莉子は、花束にまつわる物語を優馬に聞かせてくれた。
優馬は、莉子の言葉から紡ぎ出される世界に引き込まれていく。
華やかな花束の奥に隠された、莉子の繊細で豊かな想像力に触れ、優馬は心が洗われるような気持ちになった。
「…ちなみに、この紫の花はね、アスターっていうの。花言葉は『変化』。いつか、この物語の女の子に、変化が訪れるといいなって」
「僕も、そう思う」
優馬は、心の中で呟いた。
それは、莉子が語る物語の女の子だけでなく、自分自身への願いでもあった。
莉子と出会ってから、自分の世界が少しずつ変化していることを、優馬は感じ始めていた。
ふと、莉子が優馬の顔をじっと見つめる。
「優馬くんは、花言葉とか知ってる?」
「え、あ、いや、そんな…」
ごまかそうとする優馬に、莉子はにっこりと微笑んだ。
「優馬くん、この間から、なんだか知ってるみたいで、ちょっとびっくりしたんだ。私の花束、こっそり調べてくれてるのかなって」
優馬は顔が赤くなるのを感じた。
恥ずかしさと同時に、莉子に自分の気持ちが伝わっているような気がして、温かい気持ちになった。
「うん、そうだよ。莉子さんの花束、どんな意味があるのかなって、気になって」
莉子は、優馬の素直な言葉に、とて
も嬉しそうな顔をした。
「ありがとう。優馬くんも、物語の中に、入ってきてくれたんだね」
莉子の言葉は、優馬の心を温かく満たした。何もなかった優馬の日常に、花言葉と物語という、かけがえのない宝物が加わった瞬間だった。
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また、今週中に時間をおいてこの小説は投稿し、完結します。最後までどうぞお楽しみくださいませ…