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■ 第十章:影をまとう男 ― 山間の日本人傭兵
霧と岩が支配する山道を、
ロジン小隊は担架を抱えながら必死に進んでいた。
彼らの呼吸は荒れ、疲労は極限に達している。
そのとき―
「止まれ。」
短い、低い声が背後から響いた。
アザルが即座に銃を向ける。
「誰だ!? 出てこい!」
霧の合間から、ひとりの男が静かに現れた。
背は高く、黒い迷彩柄の戦闘服に身を包み、
無駄のない動きで手を上げる。
顔立ちはアジア人
日本人か中国人。
右頬には古傷、
背負っている銃は高度なカスタムが施された M16A4。
そして何より、その目は
“戦場で長く生きてきた者の目”だった。
■ 名を名乗った男
男は短く言った。
「撃つなら撃て。
ただ、その前にひとつ伝えておこう。」
アザルが指を震わせながら問う。
「何?。」
男は言った。
「お前たちを追ってる“黒狼”――
あいつを俺は殺しに来た。」
シランが驚く。
「黒狼を!?」
ホシュワンは眉をひそめる。
「なぜだ? あいつは仲介人の側近だぞ。
敵の正体を知っているなら、なおさら怪しいな。」
男は静かに名乗る。
「俺は、日向カイ。
日本生まれの傭兵だ。」
■ 不信の目
アザルは銃を下ろさない。
「日本人が、こんな山奥まで来て何のつもりだい?」
カイは肩をすくめる。
「金のためと、言ってもいいがね。」
そう言った後、少しだけ声のトーンを落とし、
「黒狼には、個人的な因縁がある。」
アザルはさらに警戒を強める。
「因縁? どんな?」
「話す気はない。」
その一言で、アザルの不信感はさらに深まった。
■ ロジンの介入
担架の上で朦朧としていたロジンが、
弱々しい声で言った。
「アザル…銃を…下ろして。」
アザルが振り返る。
「でも隊長、この男―」
ロジンは首を振る。
「嘘をついている、目じゃない。
…信じてみる価値はある。」
カイは少しだけ驚いた表情を浮かべた。
「意識があるのか?。
あんたが隊長?」
ロジンはかすかに笑った。
「ええ…一応な。」
■ “彼は敵ではない”という直感
ロジンは静かに言う。
「黒狼を追っている…というのは、
たぶん嘘じゃない。」
ホシュワンが問う。
「どうしてそう思うんです?」
ロジンは弱い声で答えた。
「黒狼の足跡を追いかけたら…
普通の傭兵じゃここまで来れない。
山の呼吸、風の流れ…
全部読んでる。」
シランが驚いて呟く。
「それ、隊長の戦場の勘ですよね。」
アザルはまだ不満げだが、
ロジンの言葉には逆らえなかった。
■ カイの“警告”
カイはロジンの状態をひと目見て、静かに言った。
「このままでは君達の
隊長は数時間で死ぬ。
出血と骨折の両方。
治療できる場所を俺は
知っている。」
ホシュワンが目を見開く。
「どこだ。」
カイは指を山の麓へ向けて指差した。
「山の裏側に“シャハイン村”がある。
医者がひとり。治療はちと荒いが、腕は確かだ。」
アザルは叫ぶ。
「そんな村、地図に載ってない!!」
カイは淡々と答えた。
「載せていない村だから、生き残っている。
黒狼の軍は、村を潰す理由を探しているところだ。」
ロジンの表情が険しくなる。
「村が狙われてるのね。」
「ああ。だから急げ。」
■ それでも消えない疑念
アザルはロジンの方を見て、問う。
「隊長…この男、本当に信じていいのかな?」
ロジンは息を整えながら言う。
「信じるんじゃない…利用する。」
カイはふっと笑う。
「合理的な判断だ。
俺も同じつもりで動いている。」
互いに全く信用していない。
だが、利益は一致している。
それは戦場で最も堅い“仮の同盟”だった。
■ 山底へ続く道
カイの先導で、ロジン小隊は山の奥へと進む。
ロジンは意識を保てなくなり、
担架の上で途切れそうな声で呟いた。
「…カイ。あんた…本当に…黒狼を…?」
カイは短く答えた。
「ああ。
あいつは、俺の“家族”を殺した。」
アザルが息を呑む。
シランも動きを止めた。
ホシュワンが低く呟く。
「それが、お前の因縁か。」
カイはそれ以上語らない。
だがその瞳には
深い憎悪の影が宿っていた。
■ 第十一章:閉ざされた谷の医師 ―
シャハイン村
谷を抜けた先に、霧の切れ間が現れた。
そこには、地図にも載らない小さな集落があった。
古い石造りの家屋が並び、
家々の明かりは弱く、
外からの視線を拒むようにひっそりと暮らしている。
カイが指差す。
「あそこがシャハイン村だ。」
アザルは担架を支えながら息をつく。
「やっと…着いた…。」
ロジンは意識がほとんど途切れ、
担架の布の上で荒い呼吸を繰り返していた。
ホシュワンが叫ぶ。
「急げ! ロジンが…冷たくなってる!」
カイが先頭を走る。
■ 村人の警戒
村の入口に立つ老人が、
小隊とカイを見て杖を構えた。
「止まれ! その怪我人は何者だ!!」
アザルが叫ぶ。
「味方だ!! 医者を呼んでくれ!」
老人は鋭い目でカイを睨む。
「またお前か、日向。
村を危険にさらす気か?」
カイは短く答えた。
「医者のところへ通せ。
死にかけている。」
老人はため息をついた。
「あの医者は機嫌が悪いぞ。
今日は“痛み止めが切れてる日”だからな。」
■ 村の医師「バザル」
薄暗い石造りの家の中。
その奥に、医師バザルがいた。
五十を超えたであろう男で、
粗野な雰囲気だが、目だけは鋭く、
医者としての腕を隠しきれない輝きを放っている。
バザルはロジンを見るなり、苦々しい顔で言った。
「この傷はひどいな。
落下による多発骨折、内出血、感染の兆候もある。」
アザルが叫ぶ。
「助けられるんでしょう!?」
バザルは眉一つ動かさず言った。
「助けるかどうかは俺が決める。」
アザルが怒りで拳を握った瞬間――
カイがアザルの肩を押さえた。
「落ち着け。
こいつは口が悪いだけで、腕は超一流だ。」
バザルは鼻で笑った。
「あの時お前の傷を縫ったのは誰だったか、忘れたか?」
■ 治療の決断
バザルはロジンの顔を見つめた。
目を閉じ、荒い息を繰り返す彼女を。
そして静かに言った。
「こいつ…この女
強い目をしてるな。」
アザルが息を呑む。
バザルは医療器具を取り出しながら宣言した。
「よしいいだろう。
だが、お前ら全員、外に出ていろ。
手術中に邪魔する者は容赦なく殴り倒す。」
ホシュワンが頭を下げる。
「頼む。」
バザルはロジンの袖をめくり、
点滴を打ちながら呟いた。
「生き残れるかどうかは…あとは、本人次第だ。」
■ 手術開始
扉が閉ざされると同時に、
村全体に緊張が走った。
アザルは震える手で壁を殴る。
「なんで…なんでこんなことに…!!」
シランは泣きそうになりながら言う。
「隊長…死んじゃダメ…。」
ホシュワンは妹を抱きしめながら、
黙って空を見つめる。
カイは壁にもたれ、静かに言った。
「バザル、奴なら助けられる。
俺が保証する。」
アザルが怒りに満ちた声で振り返る。
「あんたは…なぜ
そんなにロジンを助けようとする?」
カイは少し沈黙を置いた。
そして、微かに寂しい声で言った。
「俺は…失うという痛みを知りすぎてるんだ。」
■ 手術の終わり
数時間が過ぎた。
外では、村人が焚き火を灯し、
冷える夜風の中で小隊は待ち続けた。
そして―
扉がゆっくりと開いた。
バザルが姿を見せる。
額には汗、袖には血。
アザルが叫ぶように問う。
「ロジンは!? 生きてる!?」
バザルは少しだけ笑った。
「ああ…生きてる。
こいつは…死ぬ気がないらしい。」
アザルは涙を流しながら喜び、
シランは両手で顔を覆った。
ホシュワンが深いため息をつく。
カイだけが静かに目を閉じ、
小さく呟いた。
「良かった。」
■ しかし、安堵は束の間
バザルは次の言葉で、喜びを凍らせた。
「だが問題がある。」
アザルが固まる。
「何?」
バザルは厳しい声で言った。
「村の見張りが報告してきた。
“黒狼の部隊がこの谷を捜索している”とな。」
シランが青ざめる。
ホシュワンは妹を抱き締めて
歯を食いしばる。
アザルは拳を握り、
「ここまで来たのにまだ追ってくるか…。」
カイは背負っていた銃を静かに構えた。
「ロジンが助かった以上…
次は、俺たちが守る番だ。」