コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ヤマヒメはただ黙って、生きてきた中で一番のため息をつく。
「……ああ、なんつうかもう、頭がいてえよ」
「すまない。隠すつもりはなかったんだが」
そもそもクレイについてヒルデガルドもよく知らない部分が多かった。なにしろ師との魔法の研究に没頭するばかりだった彼女は世間のことに元から疎かったし、興味もなかった。あるとき現れたクレイ・アルニムという青年に惹かれたわけでもなく、必要だと言われたから手伝ったと言えば、端的になら、本当にそれだけなのだ。
「嫌な思いをさせてしまったと思う。だが、私はクレイとの対話が足りていなかったせいで彼と決別せざるを得なかった。だから、せめて君たちには真剣に向き合うべきだと、正直に言わせてもらった。……恨むなら恨んでも構わない」
殺したのは何も変わらない。イルネスもそれは違うと思いながら、彼女が決めたことならと口を挟まずに見守った。だが、想定は違って、ヤマヒメもリュウシンも困った様子を見せるだけで、腹立たしさを感じていなかった。
「俺は兄貴みてえに強くなりたかった。あいつを超えたかった。なあ、あんたから見りゃあ、兄貴と俺はどっちが強かったんだ」
いつかはヤマヒメを倒し、ホウジョウの支配者となった後は、自らを捨てた兄クレイに挑むつもりでいた。それが先に死なれていたとなれば、もう叶わない願いだ。実際に両者と戦ったヒルデガルドの比較に頼るしかなかった。
「……どうだろう。私には比べられないくらい、どちらも強かったから。ただ、よく似ていたよ。君たち兄弟はどちらも雷を操るんだな」
それを聞いて、リュウシンはフッと呆れた笑いをこぼす。
「なんだよ、マジで腹が立つな、それ。俺はどこまで行っても、あいつの後を追いかけてたってわけだ。悔しいったらねえよ」
歩く道は違っても辿り着く場所が同じなのが最低だと思った。血の繋がりが強いせいで、違えたはずの道は、否が応でも交わってしまうのか、と。
「まあなんでえ、ようはてめえらでクレイを倒しちまったってこったろ。それでも世界は平和で、このホウジョウは微塵も荒らされちゃいねえんだ。ってこたあ少なくとも、事情があったってのは伝わってくる」
ヤマヒメは立ち上がって大きく伸びをし、清々しい笑みで言った。
「だったら堂々と胸を張りやがれ。あのクソがつくほどまっすぐなガキが、負けた相手にそんな湿っぽい顔されたんじゃあ、わちきはそっちのほうが許せねえよ。……話はこれで終わりだ。納得した以上、わちきはてめえらのために神の涙を集める」
大きな手がリュウシンの頭をがちっと掴む。
「もちろんてめえもだ。兄貴が殺られて、まだ想うところも考えることもあるだろうが、好き勝手暴れた挙句に、無様を晒した負け犬なんぞに選択肢はねえ」
「……わかってる。神の涙だよな?」
ふらふらとリュウシンは立ち上がった。しばらく話し込んでいるうちに、歩く程度の傷は癒えていた。彼の身体をフヅキが支える。
「すみません、主君様。元はといえば、あちきも悪いんです。護衛連れてるとはいえ不注意だったのもあるし、なにより情に負けて、リュウシンを庇った責任も取らなきゃあなりません。だから彼を手伝っても構いやせんか?」
ヤマヒメはひらひらと手を振って背を向けた。
「好きなようにしやがれよ。わちきは都に戻るぜ、ノキマルたちに安全を伝えてこなきゃならねえからよ。……それからヒルデガルド、てめえも夜までには都に戻れ。そこの馬鹿をぶっ潰してくれた礼だ、宴の準備をさせておく」
まるで風のように瞬時に姿を消したヤマヒメに、ヒルデガルドは「分かったよ」と、聞こえていないだろうがと思いながらも返事をした。それから、リュウシンたちも山を降りた。彼もまた島の各地を転々としてきたのもあって、神の涙の在り処に心当たりがあり、「集めたら此処に持ってくる」と告げた。
大きな仕事にひと段落がつき、残った二人は腰を下ろす。
「まったく疲れたのう……」
「ああ。君がいなければ死んでたかな?」
「ハ、逆も然りじゃ」
けらけら笑って、空を見上げながらイルネスは寂し気に。
「しかし、ぬしは本当に驚くべき潜在能力を持っておるのう。力を求めてきた身としては、その小さき体に秘められた強さが実に羨ましいものよ」
「そんなことないさ。全部、私一人ではできないばかりだ」
謙遜ではなく、心からそう思っていた。幾たびもの危機を乗り越えるとき、必ず彼女の傍には誰かがいた。師匠から始まり、クレイという相棒が出来て──。
「私はアーネストに命を救われ、自分の弟子や可愛い家族たちに支えられ、そして君と共に命を懸けて戦った。それぞれがもし、小さい過程だったとしても、私にとっては何より大きく、大切な過程だった。だから今があるんだよ」
イルネスが目を見開いて驚く。
「待て。ぬし、よもや記憶が……?」
「戻ったみたいだ。なんとなく理由も分かってる」
イルネスと一時的に融合したとき、繋がった記憶が共鳴を起こして、封印から解放された。その結果、今まで積み上げてきた経験の全てが瞬時に蘇り、融合が解けた今でも魔力の繊細な扱いが完璧なものになった感覚がある。
彼女はひと休みしたら、すっと立ち上がり、杖を手にして。
「力を取り戻すのもあと少しだ。アバドン・カースミュール……奴に打ち勝つために、まずは神の涙を集めないとな。協力頼むよ、イルネス」