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その夜、豪華客船『セレブリティ・ハピネス号』のメインホールは、阿鼻叫喚の地獄へと変貌していた。
シャンデリアの輝きの下、着飾った貴族たちが床に伏している。その中心で、色鮮やかな外套(マント)を翻し、軽やかにステップを踏む男がいた。
「ハイ、注目! 皆さん、静かに! 拍手はいりませんよ、まだ何も成し遂げていないんですから!」
男――アグリは、鴉の仮面の奥の瞳を爛々と輝かせ、手品師のように一歩前に出た。 彼の足元には、この船のオーナーであり、稀代の悪徳商人として知られるゼノスが転がっている。
「さてさて、今夜のメインイベント! 題して『究極のはっぴーあんはっぴー・クイズ』! ジャカジャカジャン!」
アグリが外套をひらりと振る。すると、何もない空間から巨大な「天秤」が突き出してきた。彼のマジック、外套の裏側を別の空間と繋ぐマジックだ。この手品はこの世で一人しかタネを知らない。そう、アグリだけだ。
「ゼノス君、君は今まで、他人の不幸(アンハッピー)を金に換えて、自分だけの幸せ(ハッピー)を築いてきた。素晴らしい! 実に人間らしい強欲だ! だけどね、それじゃあ世界が傾いちゃうだろう?」
アグリはゼノスの胸ぐらを掴み、天秤の左側の皿に放り投げた。
「クイズです! 今、この船の底には特大の爆弾が仕掛けられています。あと五分でドカン! 船の全員が海の藻屑! これぞアンハッピーの極致!」
悲鳴が上がる中、アグリは楽しげに指を鳴らした。
「でも安心して! 天秤の右側の皿に、君が今まで貯め込んできた『全財産の目録』と『全犯罪の証拠』を載せれば……あら不思議! 爆弾のスイッチは止まり、乗客は全員助かる! 君だけが全財産を失い、監獄へ行く。これぞ他人のハッピー!」
アグリはゼノスの耳元で、甘く、毒を含んだ声で囁いた。
「さあ、選んで? 『自分だけが助かって全員死ぬアンハッピー』か、『自分だけが破滅して全員助かるハッピー』か! どちらを選んでも、君の心は『良心』か『罪悪感』という名の鎖に縛られることになる。ねえ、ゾクゾクするだろう!?」
ゼノスは震える手で、懐から隠し持っていた「財産の鍵」を取り出そうとした。だが、強欲な彼はどうしてもそれを手放せない。
四分が経過した。船底から不気味なカウントダウンの音が響く。
「三、二、一……タイムアップ! 残念、君は何も選べなかった! というわけで、正解は『全部まとめてドカン』でしたぁ!」
轟音。衝撃。
……しかし、爆発したのは火薬ではなく、大量の「金貨」と「色とりどりの紙吹雪」だった。
船が沈むことはなかった。呆然とするゼノスの前に、アグリはガッカリしたように肩を落として見せた。
「あーあ、つまらない。爆弾なんて最初から嘘だよ。でもね、君が今手に持っているその『財産の鍵』を見てごらん?」
ゼノスが目を見開く。鍵は、アグリの外套を通り抜けた瞬間、「本物の爆弾の起爆スイッチ」にすり替わっていた。
「私はね、君に『自由』をあげたかったんだ。金や地位という鎖から解き放たれる自由をね。……だから、君がそのスイッチを握りしめて『助かりたい』と願った瞬間、君の隠れ家にある金庫室が、物理的に木っ端微塵になるように繋いでおいたよ!」
アグリは腹を抱えて笑い出した。
「おめでとう! 君は命が助かった! 最高のハッピーだね! だけど、君が守りたかった財産は今、このスイッチを押した君自身の手で灰になった。これぞ最高のアンハッピー! はっぴーあんはっぴー!」
絶叫するゼノスを置き去りにし、アグリはシャンデリアに飛び移った。
「救いと絶望は表裏一体! どちらか一方なんて選べない。だから私は、両方を混ぜ合わせて特製のカクテルにしてあげるのさ。それが、この退屈な世界への私なりの復讐なんだ!」
彼はシルクハットを脱ぎ、深々とお辞儀をした。
「さて、次は誰の天秤を狂わせにいこうかな? 自由になりたい人は、いつでも呼んでおくれ。……ただし、正解しても死ぬし、間違えても死ぬけどね! あーはははは!」
月光に照らされた白い外套が、夜風に溶けるように消えていった。