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にゃみ3
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「記憶喪失……?」
「はい。そう、お医者様から診断を受けました」
席に着くや否や、「それで本題は」と淡々と切り出してきたノアに対し、私はまずこの話を告げることにした。
離婚の話を持ち出す前に、伝えておくべきだと思ったから。
ソフィアとノアだけが知っている出来事を持ち出されたら、私には何も応えられない。それならば、怪しまれる前に先に白状してしまった方がいいと思った。
「なるほど。それは不便なことが多いだろう」
あれ? 意外と素直に受け取るのね。
「私が記憶喪失だと信じてくださるのですか?」
ソフィアはノアの気を引くために仮病をよく使っていたから、素直にこの言葉を信じてもらえるとは意外だった。
「信じない方がいいというなら、そうしよう」
その返答は、どこまでも冷淡で――どこまでも無関心だった。
……ああ、なるほど。
ノアにとって、ソフィアが記憶喪失になろうがならまいが、どうだっていいってことね。
先ほど身支度を手伝ってくれたアンリエットが、ソフィアとノアが二人そろって食事をするのは初めてのことだと言っていた。
きっと、本物のソフィアならこの光景を心から喜んだのだろう。
しかし私はというと、胸の奥がきゅっと締めつけられるような気持ちで胃がもたれるような緊張に襲われていた。
ナイフとフォークを握る手が、少しだけ震える。
「……その様子だと、本題は記憶喪失の話ではなさそうだが」
今度ははっきりと確かな口調で。
まるで嘘を見抜こうとする尋問官のように、ノアの視線が私の心の奥を見透かしてくるようだった。
前世で私に夫が居たことはないけれど、それでもこの男の目が妻を見つめる目ではないことくらいは分かる。
ああもう、そんなに嫌わなくったっていいじゃない。
ノアから嫌われていることくらい分かっていたはずじゃない。大丈夫。落ち着くのよ、私……。
「それは……あの、あなたは少し席を外してくれる? ごめんなさいね」
視線を料理を運んできたメイドに声をかける。
メイドは小さく頷くと、部屋から退出した。
「あのメイドがお気に入りなのか」
「えっ?」
突然の言葉に、驚きのあまり思わず間抜けな声を出してしまう。
「君にしてはずいぶんと優しく声をかけるものだから」
……ソフィアったら、どれだけ性格が悪かったのよ……。
「そうですか? えへへ、ごめんなさい。やっぱり思い出せなくて……」
「はっ、まだそのおかしなキャラクターを演じるつもりか。記憶が無いとは、それはまた都合がいいことで」
「あ、あはは……」
乾いた笑いしか出ない。一体この豹変ぶりはなんなのか。
原作小説では、ソフィアとノアが二人きりで会話する場面なんて数えるほどしかなかった。
だから、まさかここまで露骨にソフィアを嫌悪していたなんて想像もしていなかった。
……いや、でもこれは喜ぶべきよね?
こんなにもソフィアのことが嫌いなら、私が離婚を切り出した瞬間、喜んで飛びついてくるに違いない。
「それで? 早く本題に入ってくれ。俺も暇じゃないんだ」
「ご、ごめんなさい」
私は上辺だけで謝り、内心ほくそ笑む。
今こそ絶好のタイミングなはず。
「実は、折り入ってあなたにお願いがありまして」
「願い?」
怪しむようにこちらをチラリと見たノアに、にっこりと笑みを浮かべて「はい」と頷く。
「公爵様、私と離婚していただけませんか?」
「……は?」
「あっ、もちろん何か悪だくみをしているとか、あなたに迷惑をかけるとか、そういうことでは無くてですね。あなたのためにも、私たちは離婚した方がいいと思って……」
しどろもどろに繰り出される言葉は、自分でもよく意味が分からなくなっていた。
何を言えばいいのか、何が正解なのか。
必死に取り繕おうとすればするほど空回りしていってしまう。
「そうではない。なぜ突然離婚などと言ったのかと聞いているんだ」
「それは……」
焦りで喉が渇く。目の前のノアは微動だにせず、ただその瞳だけがじっとこちらを見据えていた。
「どこか様子がおかしいと思っていたが、まさか君の口から離婚という言葉が出てくるとは思ってもいなかった。俺のことを散々嫌っていたくせに、俺のために離婚を申し出た? それをどう信じろと?」
そんなことを言われても、ソフィアの細かい部分の心情なんてこっちは知らないのよ! 私はヒロイン視点しか知らないんだから!
詰んだ。これは確実に詰んだ。
まさかノアが婚約破棄の申し出に突っかかってくるなんて、微塵も考えていなかった。彼はソフィアを嫌っているんだから二つ返事で頷くと思ってたのに……。
それより、『俺を散々嫌っていたくせに』とはどういう意味なのだろうか。
ソフィアはノアに狂気的なまでの好意を向けていた。
それなのに、どうしてノアはそんなことを?
どれほど頭を回して考えてみても、さっぱりわからない。
確かなのは、彼の中のソフィア像が私の知っているそれとは違っているということだけ。
どうしよう、どうしよう、どうすればいいの……。
その時。脳が判断するよりも先に口が勝手に動いた。
「……あ、あなたを好きになってしまったから?」