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従魔登録試験は中止。ギルドの応接室に場所を移し、今後についての話し合いが始まった。
片方のソファには俺とミアとネストが座り、テーブルを挟んで反対側にはロバート。
八十匹にも及ぶ獣たちに睨まれているロバートは居心地が悪そうだ。
あの後、ネストは瞬時に状況を把握し人払いをした。倒れていたマルコは別の職員が本部の医務室へと運び、俺がネストに事の発端を話したのだ。
「申し訳ございません。九条様。マルコが悪いのか、それとも飼料を扱う業者が悪いのか……。今はまだ判別出来ませんが、ギルドにも責任の一端はございます。深くお詫び申し上げます……」
ロバートから見れば、そうなのかもしれないが、マルコが悪いのは明白であった。
カガリがマルコの嘘を見抜いたのだから、少なくとも毒が混入していることは知っていたのだ。
「ネストさんはどう思います?」
「まあ、十中八九マルコのせいでしょうね」
「いや、まだ決まった訳では……」
「ロバート。あなたが職員を庇いたい気持ちはわかるけど、もうそういう次元の話じゃないわ。この際ハッキリ言うけど首を切った方が良い。九条の従魔試験を見ていた人達は絶対口外するわよ? ここであなたがハッキリしないと損害を出すのはギルドでしょ? わかってるの?」
「……まずは調査をさせていただいて、その結果で判断させてください……」
「ホント甘いわね……」
ロバートは頭を下げたまま小刻みに震えていた。
信じていた部下に裏切られたと思っているのか、それとも保身を考えているのか……。
「マルコの処分方法はギルドに任せます。ソフィアさんの時のように俺が罰を下していいなら言ってください。ウチのウルフ達が喜んで食うでしょうから」
それを聞いてロバートは慌てて顔を上げる。その顔は真っ青、目には涙を溜めていた。
「九条様。お怒りはごもっともですがそれだけは何卒……」
「冗談ですよ。本気にしないでください」
だが、ロバートの顔色が戻ることはない。
「で? 九条の従魔申請はどうするの? 試験してたんでしょ?」
「それは全て合格ということで大丈夫です」
「最後のテストが残っていましたけどいいんですか? カガリは俺の知らない内に登録されていたようなので、今回は真面目にと思ったんですが……」
ネストに視線を向けると、すぐにそれは逸らされる。
「問題ありません。最後の試験は使役している従魔が、主人の危機に自発的に行動できるかが焦点の内容でした。私が九条様を止めようと試みた時、この二匹の従魔は私の前に立ち塞がったのです。それだけで十分でしょう」
ロバートの顔色は相変わらずだが、その場で立ち上がると申請書類とプレートを持ってくると言って一時的に退室した。
待っている間、ミアは隣のカガリを。ネストは幸せそうな表情でウルフたちを撫でていた。
俺はそれに何か違和感を感じたのだ……ジッとネストを見つめ違和感の正体を探していたのだが、ネストはそれに気が付くと恥ずかしいのかほんのりと頬を赤らめる。
「どーしたの九条? 私の顔に何か付いてる?」
「いや……何か違和感が……あっ、髪切りました?」
「切ってないわよ……」
女性から感じる違和感と言えばそれくらいしか思いつかなかったが、違ったようだ。
ネストは貴族だというのに、今日は冒険者スタイル。テーブルに立て掛けてあるのはアストロラーベというアンカース家に古くから伝わる杖。
どこからどう見ても魔女にしか見えない黒いローブに三角帽。ローブの黒が長い赤髪をより一層鮮やかに魅せている。
その髪がふわりと靡くと、ほのかに香る香水がその美貌を際立たせて――いなかった。
「わかった。香水をしてないんだ!」
香水のせいで、カガリからは毛嫌いをされていたネスト。しかし、今はウルフたちを嬉しそうに撫でている。ウルフたちだってカガリに負けず劣らず鼻はいいはずだ。
「よくわかったわね。香水つけるの止めにしたの」
「どうして?」
「カガリに限った話じゃないけど、私ってあまり動物に好かれないのよね。それを考えていたんだけど、もしかしたらと思ってね。でも私の考えは当たってたみたい」
そう言いつつ、目の前にいるウルフを両手でわしゃわしゃと豪快に撫でまわすネスト。
いずれあるかもしれないネストとの交渉の場で、切るつもりだった切り札がなくなってしまったのは、非常に残念である。
「お待たせしました」
ロバートが戻ってきた。左手には書類の束、右手には分厚いアイアンプレート――どちらも八十五枚分あるらしく、その重みに右手はプルプルと震えていた。
「こちらの申請用紙には九条様のサインをお願いします。そのサインを確認しましたらプレートと交換となりますので……」
「え? もしかしてコレ全部に書かないとダメ?」
「もちろんです」
こんなに時間が掛かるとは思わず、先に飯を食っておけばよかったと後悔する。
だが、これが終われば晴れて獣たちは自由の身だ。ラストスパートだと思い気を引き締めつつも、目の前に置かれた紙の束を半分に分け、それをネストに差し出した。
「折角だから手伝ってくれ」
「え? 嘘でしょ?」
俺とネストは申請用紙にサインを綴り、それを書き上げるごとにミアがロバートから手渡されたプレートを獣たちの首に掛けるという流れ作業。
それは、夕刻にまで及んだ。
「「終わった……」」
「お疲れ様、お兄ちゃん。ネストさんも」
最後にワダツミ、コクセイ、白狐の分のプレートを首に掛けると、ようやく従魔の登録作業を終える。
最早右手は腱鞘炎一歩手前。今度はこっちがプルプルと震えている。
「はい、確認しました。これで八十五匹全ての登録作業は完了です」
ロバートはサインされている紙の束を持ち上げ、それをテーブルでトントンと揃えると最後に深く頭を下げた。
「九条様、本日は誠に申し訳ございませんでした。調査の結果が出次第、すぐに報告させていただきますので、今暫くお待ちいただけたら幸いでございます」
俺が頷くのを見て更に一礼すると、ロバートは哀愁漂う背中を向け去って行った。
「あー、腹減ったー」
「私もー」
俺とミアは二人でソファに倒れ込む。その様子を見てネストはクスクスと笑っていた。
「お昼ご飯まだだったの? もう晩御飯になっちゃうけど折角だしウチで食べて行く?」
「行くー!」
ミアはネストに世話になる気マンマンだが、そういうわけにもいかない。
ネストは親切で言ってくれていると思うが、別に金がないわけではない。出来るだけ迷惑は掛けないようにしなければ。
「いや、遠慮しておきます」
「ええー、なんでぇー……」
ミアの気持ちもわかる。ネストんちの飯は死ぬほど美味かった。さすが貴族と言うだけはある。
俺たちだけ飯を食って獣たちを待たせておくのは可哀想だし、その分も用意してくれなんて図々しいことは言えない。
その辺の露店で旨そうなものを買い漁り、馬車の中で皆で食べればいいじゃないか。
ミアは俺をじっと見つめている。ねっとりとした粘りつくような視線。それに気付かないフリをして、丁重にお断りする。
「気持ちだけ受け取っておきます」
「そう? まあ、無理にとは言わないけど……」
「……」
俺の気を引こうと袖をグイグイと引っ張るミアだが、俺の決意は固い。
だが、それも時間の問題だ。このままではミアのおねだりに屈してしまう。ネストに何か別の話題を振り、気を逸らさなければ……。
「そ、そういえばネストさんはなんでギルドに? 何かの依頼ですか?」
その一言でネストは何かを思い出したのか、みるみるうちに顔が青ざめていく。
「やば! 忘れてた!!」
その勢いで急に立ち上がると、ゴッ! っと大きな音がして目の前のテーブルが大きくズレる。
「――ッ……!」
テーブルに膝を強打し悶絶するネスト。
しかし、その痛みに耐えたネストは再び立ち上がると、俺の手を取り走り出した。
「九条! 一緒に来て!」
「え? ちょ、なんですか!?」
ネストに手を引かれギルドの外へ出ると、待機していた馬車へと乗り込む。
「この馬車九条のでしょ? ちょっと借りるわね」
ネストは御者から手綱を奪うと、ミアと従魔たちが乗り込んだのを確認したうえで、馬車を急発進させたのだ。