テラーノベル
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天使狩りが終わって世界には平和が訪れた。執事達は悪魔との契約を破棄して普通の人間に戻ったし、私の主様としての仕事も終わり。もうこの世界に私の存在は必要ない。それなのに指輪を外す気になれなかった。だって、指輪を外したらきっともう二度とこの世界に来ることができないと悟っていたから。だって、この世界に来られなくなるということは大好きな執事達とお別れすることになるということだから。
でも、今まで天使狩りや貴族からの依頼でしか役に立っていない私がこの世界に留まってもいいのかな?私がこっちの世界でできる仕事とかあるのかな?
私がひとりベッドの中で悶々と考えていると微かにノックの音が聞こえてそっと誰かが部屋に入ってきた。白黒の特徴的な魔道服に黒髪だからベレンだ。ベレンは足音を殺しながらそっと近寄ってくる。ベッドの近くまで来て目が合うと、なんだかホッとしたような笑顔になって、安眠サポート用の椅子に座った。
「まだ寝てなかったんだね?まだ迷ってるんでしょ?悩んでるならベレン兄さんに話してみない?今すぐ決めなきゃいけないことでもないんだから、じっくり悩もう。一緒に考えて良さげな考えが出てきたらそれでいいし、悩みを吐き出してすっきりするだけでもいいよ。そうだ、ホットミルクでも飲まない?」
『ありがとう、じゃあベレン兄さんに相談してみようかな』
「分かった、じゃあちょっと待っててね。すぐミルクを温めてくるから」
ベレンはそう言って立ち上がり、部屋から速足で出て行った。私は一旦ベッドから降りてテーブルセットに座ってベレンを待った。
「お待たせ、主様。その格好で寒くない?俺の上着だけど羽織ってて」
ホットミルクの入ったマグカップをテーブルに置くと上着を脱いで羽織らせてくれる。さっきまで着ていて体温が残っている上着はすっぽりと私を包んで温めてくれる。マグカップを手に取ると指先がキンキンに冷えていたのが分かった。眠れなかったのは体が冷えすぎていたのもあったのだろう。お腹の内側から温めてくれるホットミルクを半分ほど一気飲みしたらお腹がポカポカして体中に熱い血液が流れて温まるような感覚になった。
一息ついたところでベレンが話を切り出す。
「…それで、主様はどれで悩んでるのかな?どっちの世界で暮らすのか、これからどうしたいか、誰と一緒に居たいのか…色々考えちゃうよね。全部吐き出していいよ。ちゃんと聞くからね」
それを聞いて私は今まで悶々と考えていたことを口に出していく。
『指輪を外したらもう二度とこの世界には来られないって感じてるの。でも、二重生活に慣れちゃったから自分の世界でちゃんと生きていける自信がないの。ご飯は三食ロノが作ってくれてるし、お風呂だってフェネスにヘアケアとかスキンケア全部任せてるし、お茶もお菓子もお勧めの物を持ってきてもらってるし、私がしてる家事といったら部屋の掃除くらいなの。お買い物も料理も洗濯もお風呂も全部頼り切っちゃって、一人で暮らしていくのは無理なんじゃないかなって…。それに私の世界に帰ったところで友達とかあまりいないし、仕事はきついのに給料は安いし、物価も高いし、正直帰りたくないの』
「そっか、主様は執事達に甘やかされすぎて一人暮らしが不安なんだね。それにこっちの世界に留まりたいって思ってくれてるの、嬉しいな。」
『…でも、でもさ、私が屋敷に留まりたいって言ったらせっかく自由になった皆を屋敷に留めさせちゃうかもしれないでしょ?皆の人生をちゃんと楽しんでほしいの。私のせいで縛りたくないの。だからやっぱり私、元の世界に帰ったほうが良いよね…?』
そう言うとベレンは真剣な表情でマグカップを置いて腕組みする。
「なるほど。確かに主様が今までの生活を続けたいって言うのであればここに留まって主様のサポートをしたいって執事が大半だと思う。でも、主様が別の生活を始めれば問題ないんじゃないかな?」
『別の生活…?』
「そう、俺は養蜂と孤児院の手伝いをして収入を安定させようと考えていたんだ。ベリアンが孤児院を開くのを応援したいし、補助金も出してもらえるって言ってたから、俺とベリアンが交代で夜間の子供の世話をしたら無理なく睡眠時間も確保できるでしょ?それに主様も加わってくれないかな?昼間は離乳食とか食事を食べさせたり、お風呂に入れたり、遊ばせたりとかいろいろしなきゃいけないでしょ?二人で経営するの、結構大変だと思うんだよね。だから昼間だけでも主様に孤児院を手伝ってもらえないかなって。もちろんその間は働いてるカウントになるからお給料も貰えるよ。それに別邸の皆はそれぞれやりたい事のために出て行くって言ってるし、別邸で寝起きしたら家賃も払わなくていいよ。どうかな?俺の仕事の手伝いをしてくれない?」
「そんなことでいいの…?でも私子供と関わるのあんまり得意じゃないかも…」
『じゃあ食事を作るだけとか、掃除をするだけとか、そういう仕事をしてくれないかな?掃除はラムリ君に残ってもらえないか交渉中なんだけど、主様が居るならきっと残るって言ってくれるだろうから、主様はキッチン担当になるかな?それならどう?』
私は大量の食事を毎日作っているロノとバスティンの仕事を引き継げるかちょっと不安はあったが、子供たちと触れ合うよりは料理をするほうが向いている気がするので心が揺れる。こっちの世界で、大好きなパレスで、ベリアンとベレンとラムリが居る孤児院で働けるのは嬉しいと思った。それに別邸を使うのであれば引っ越しもすぐに済む…というか、もともと執事達が使っていた寝室などをそのまま利用すれば引っ越しすら必要ない。これは魅力的かもしれない。
私はベレンと一緒に暮らしたい、孤児院の手伝いをしたい、と結論を出した。
ベレンはにこやかに笑って立ち上がり、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
あぁ、そうか、もう執事と主様の関係じゃないからこんな風に抱きしめてくれるんだ。それに抱き返してもいい。だってもう私は主様じゃないただの人間だから。だから、ずっと心に秘めて誰にも言わないと決めていた恋心を殺さなくていいんだ、と思うと涙が溢れてきた。
私はずっとベレンに惹かれていた。ベリアンが命を懸けて守り抜いた兄のような存在で、運動するときは髪を一つに括っているから見える項も、ノースリーブのシャツから見える普段は見えない肩も、カッチリ締まったネクタイの下で動く喉仏も、全部私が触れてもいいんだと思うと胸が高鳴る。
「ん?どうしたのかな?すごくドキドキしてくれてるね」
耳元で囁く声と、くつくつと鳴る笑い声。それだけでもドキドキしてしまうのに、今はベレンの上着を着せられてベレンに抱きしめられている。そっと腕をベレンの背中に回すとより一層強く抱きしめられた。
「もう主様は悪魔執事の主をしなくていいんだよね?それなら俺も悪魔執事を辞めてただの男になるよ。ねぇ、俺に主様の全部を頂戴?これからは忙しくなるからゆっくりできる時間も限られてくるから…ね?」
それはどういう意味だろうか、とベレンを見上げると、瞳孔が開いて獲物を前にした猫のように私を見つめて噛みつくように唇を奪われた。
抱きしめてくれていた腕は私の腰と肩に回って椅子から抱き上げられる。そのままベッドに運ばれると、ベレンはネクタイを緩めながら微笑む。
「ずっと、本邸の執事達が羨ましかったんだ。俺の知らない主様を知っていて、俺の知らないところへ行って、俺の前では見せてくれなかった新鮮な反応を見られたりしたこと。だけどもう誰にも主様の笑顔は見せないよ。主様を笑顔にできるのは俺だけだよね?そうなってほしいから、今のうちから躾けておかないとね。夜に寝室に男を入れるとどうなるか…ちゃんと分ってほしいんだ」
ベレンは私のネグリジェの裾から手を入れて私の身体をまさぐる。これって逃げられないよね?服を脱がされながら舌を絡め合うキスをしている間、私をこんなに好きでいてくれたんだな、と嬉しくなった。ベレンは私のもの。私はベレンのもの。その事実だけで私は幸せだった。熱く重なる熱を受け止めながら、明日の朝起きれなかったら何と言い訳しようかなと考えるのだった。
それから私は料理と栄養について必死で勉強した。ロノに大量調理のコツを教えてもらったり、バスティンに効率のいい野菜の下処理の方法を教えてもらったり、フェネスやルカスに子供の発育に必要な栄養を教えてもらったり…とこれから孤児院となるパレスの食を支えるべく頑張った。
「ロノは街で安くて美味い店を開きたいらしいが、俺は主様のサポートがしたい。だから俺はここに残る。…ジェシカの墓もあるし、馬が必要になることもあるだろうからな」
「主様が残ってくれるなら、毎日掃除頑張っちゃいますよ!子供達がどんなに汚してもピカピカにしてみせます!」
「主様、本当にここに残って私の孤児院を手伝ってくださるのですか?ベレンと好き合っているのなら街で仕事を見つけて暮らしてもいいのですよ?」
主が必死で料理や栄養のことを学ぶ姿を見て、バスティンとラムリはパレスに残ると決めた。少しでも皆の役に立てたら嬉しいという二人と私に、ベリアンは何度も本当にここで暮らすのか確認してきた。でもラムリはルカスの診療所の清掃も掛け持ちして頑張りたいけど一人暮らしするのは寂しいから、とバスティンは緊急で子供を街の診療所まで運ばないといけないこともあるだろうし私一人に食事の支度をさせるのは負担が重すぎるだろうから、と残る意思を示した。ベリアンは全部一人でやるつもりだったのにベレンをはじめとしたメンバーが残ってくれることが嬉しくて笑い泣きしていた。
別邸から全員が引っ越し先を見つけて出て行くと、残るメンバーの荷物を別邸に運び込み、一階はバスティン、ラムリ、ベリアンが使い、二階はベレンと私が使うことになった。
本邸は中身を空っぽにして、子供たちが寝られるように沢山のベッドを並べてベッド下に服や教科書を入れられるようにした。
ミヤジが開校したという学校に通わせるため、勉強道具も一式揃えて受け入れ体制は整った。
最初に入ってきたのは赤ちゃんで、ラムリが森を散歩しているときに捨てられているのを見つけたのだという。最初に入ってきたのは赤ちゃんで、ラムリが森を散歩しているときに捨てられているのを見つけたのだという。瘦せ細って今にも死んでしまいそうなほど衰弱した赤ちゃんはバスティンが抱えてルカスの診療所に早馬で向かって適切な処置をしてもらったため、命に別状はないらしかった。皆その報告にホッとしてとにかく栄養を与えなくてはいけないので粉ミルクをお湯で溶いて赤ちゃんに飲ませた。慣れた手つきで赤ちゃんにミルクを与えるベレンを見て、私は自分たちの子供が出来たらこうやってお世話してくれるのかな?なんてことを考えていた。
それから数ヶ月で孤児たちを集めて、子供の数は20人を超えた。
私とバスティンは執事達とそこそこ大きくなってきた子のための食事と離乳食を作ってベリアンとベレンに渡し、赤ちゃんにはミルクを飲ませる。
ほんの数ヶ月で赤ちゃんの扱いにも慣れてきた私は最近子供たちに「お母さま」と呼ばれることも増えた。特に女の子から初潮が来て相談されたり、誰が誰の玩具を奪って泣かせたのかなどを把握して軽くお説教をしたりするようにもなっていた。
ちなみにベリアンが「お父さま」、ベレンが「お兄さま」、その他は名前に様をつけて呼ばれることがいつの間にか定着して、ベレンは嬉しいのだけどちょっと不機嫌そうだった。
「確かに「お兄さま」ではあるんだけど、主様がベリアンと結婚しているみたいで面白くないな」
夜間の見守りが終わって疲れたベレンは朝食を摂りながらそうこぼした。
『仕方ないよ。私は「お姉さま」って呼ばせるより距離が近くて嬉しいんだけど』
「へぇ、主様はベリアンと結婚しているみたいに扱われて嬉しいの?俺と結婚するのは嫌なの?」
『そんなことはないよ。私が好きなのはベレンだけだよ。でも結婚はまだ早くない?今の私達に赤ちゃんができたとしてもちゃんと育てられないでしょ?』
「…そうだね。うーんそれじゃ人手が足りないね。主様が育児に専念できる環境がないと…街でスタッフ募集してみようか。俺達の新婚生活の為に。結婚式だってしたいしね。子供達に祝ってもらって贅沢な結婚式にしようよ。ケーキはまたロノ君とバスティン君に作ってもらってさ、ドレスはフルーレ君に頼もう。絶対に素敵で思い出に残る結婚式にしようよ。俺の我儘、叶えてくれない?」
ベレンは私との子供を望んでくれていて、二人でも幸せになりたいと思ってくれているんだと分かった。確かにまとまった休みは取れないし、大体毎日朝早くから朝食を作って夕飯後の片づけを終えたら疲れ果ててベレンと少しだけ話してすぐに寝てしまうだけの生活をしている気がする。これは労基案件では?
ということで日中だけでも働いてくれる人を募集して執事達と私の休暇を増やした。夜勤もするベリアンとベレンは日勤の日が減って厨房を手伝ってくれることも増えて会話も増えた。ベレンが夜勤の日は私は夕飯の支度が終わったら上がらせてもらって早めの睡眠をとってベレンが上がるころに起きて、夜の営みもできることが増えた。ベレンは仕事終わりで疲れているので何度もできないし、ピロートークも無しに寝てしまうのは仕方がない。
そんな甘いけれど少しほろ苦い毎日を送っていたある日、私はベレンが持ってきてくれたカクテルを一緒に飲んでからベッドに入った。いつもならそこで甘い時間が始まるのにベレンは私を抱きしめてキスをするだけ。物足りなくてお腹の奥が疼くのに急激な眠気に襲われて私は意識を失った。
「主様!お久しぶりです!早速お着替えをしましょう!」
ベレンじゃない…フルーレの声で目覚めた私は隣にベレンが居ないこととなぜフルーレがここに居るのかと混乱する。
『どうしたの、フルーレ…お着替えって何?』
「あれ?ベレンさんは伝えてなかったんですね。でもその方がきっと主様が喜ぶと思ったんでしょうね。サプライズみたいでロマンチックだと思いませんか?二人が幸せに生きていくと皆に伝えるパーティーをするなんて」
『パーティーって…そんなの聞いてないよ?皆は知ってるの?』
「はい、ベレンさんから招待状が届いたので皆駆けつけてくれていますよ。久しぶりに執事達が全員集合しましたから、きっと積もる話もあるでしょう。でも、パーティーの主役は主様で、主様が幸せになるところを皆に見せるためのパーティーですからね。今はパーティーに集中して、夜の座談会で沢山話しましょうね。さぁさぁお顔を洗って着替えてください!メイクとヘアアレンジはユーハンさんとハナマルさんにお願いしていますから、待たせるのは可哀想ですよ」
フルーレに言われるがまま、真っ白で美しく輝くドレスに着替える。背中のコルセットをぎゅっと絞られて、スカートがより一層美しいAラインを描く。
部屋を出て階段を降りると元別邸一階の執事達がにこやかに笑いながら待ってくれていた。
「お久しゅうございます、主様。さぁお掛けになってください。この日のために練習していたのですよ」
「元気そうで何よりだな。ヴァージンロードを一緒に歩けないのは残念だったけど、主様の髪に触れられるのは役得だな。今日はいつも以上に綺麗にしてやるからな~」
二人で美容院をやっているというユーハンとハナマルに丁寧で無駄のない動きでメイクとヘアセットをしてもらう。
「えへへ、俺ができることといえば主様にラッキーをお届けすることくらいですけど、こうやって三人で集まれるの、懐かしくてとっても楽しかったです。今日のパーティーが最高なものになりますように…ほら、一緒に笑いましょう!」
メイクとヘアセットが済んだらテディがニコニコと笑いながらヴェールのついたティアラを頭に乗せてくれた。テディの笑顔につられて笑うと、テディは玄関のドアを開けて誰かを呼んだ。
「ベレンに主様の将来を託すのは、最初に出会って、ずっと側で見守っていた私でありたいと思いまして何度も会議をしてもぎ取った権利ですから、より一層嬉しいものですね」
ベリアンがタキシード姿で私の隣に立って、手を差し出してくる。
「さぁ、ベレンのところに行きましょう。主様の生涯のパートナーであり、同僚であり、兄でもあるような方の所です。幸せになってくださいね」
ベリアンに手を引かれて別邸から出ると、レッドカーペットが庭に敷かれていて、祭壇のようなところにベレンとミヤジが居た。
カーペットの上を歩き、ベレンのもとまで来ると、ベリアンは名残惜しそうに手を放す。
「ベレン、あとはよろしくお願いしますね」
「ありがとう、ベリアン」
「…それでは主様とベレン君の結婚式を執り行うよ。
新郎ベレン、貴方はここに居る主様を病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も妻として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦主様、貴女はここに居るベレンを病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も夫として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」
『はい、誓います』
「それでは誓いのキスを」
ベレンが私の顔にかかったヴェールを上げて唇を重ねた。
会場はわっと盛り上がり、花弁が雨のように降り注ぐ。
「おめでとうございます、主様」
「幸せになってくださいね」
「これからも私達の「お母さま」で居てください!」
可愛い子供達と17人と1匹の元執事達に祝福されながら大きなケーキにベレンと二人でナイフを入れる。
こんなサプライズを用意していたなんて知らなかった。私は幸せで胸がいっぱいになって涙が落ちてくる。
その涙をそっと拭ってくれるベレンの手の優しさに、この人を選んでよかったなと思うのだった。
コメント
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ああ、もう、泣きました……。ベレンが「俺の上着を羽織って」って言ってくれたところから、もう胸がいっぱいでした。主人公の「もう主様じゃない、ただの人間だから抱き返していいんだ」っていう気づき、すごくじんわりきました。ずっと秘めてた恋心を♡♡♡なくていいんだって思えた瞬間、一緒に涙が出そうになりました。結婚式のサプライズも、ベリアンが手を引いてくれるところも、全部が優しくて温かくて、読後感が本当に幸せです。お二人のこれからをずっと見守っていたい気持ちになりました🌷