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「もっと火力をあげろ――― 」
「こっ、これ以上は制御が出来なくなります、危険です」
張り巡らされた配管が、時折、高熱の熱蒸気を吐き出す巨大な装置の前で、二人の人影が激しく言い争って居た。
現場の指揮を取る人物が、技師と思われる1人の男の襟首を掴む。
「危険を犯さなければ成功など有り得ん、貴様も研究者ならば分かるだろう? 構わん続けるのだ」
不気味な機械音に声が掻き消されぬ様に、血走った眼《まなこ》で技師の耳元に大声を吐いた。
「然し――― 」
2人のやり取りは、場の熱風に陽炎となり揺れる。
「貴様、臆《おく》したか? 命《めい》に背く事になるぞ? 我等には時間がないのだヤレ」
「こ、これ以上は本当に取り返しのつかない事に…… 」
「黙れ!! 」
計器類が並ぶ制御板に顔面を叩きつけられると、雪崩《なだれ》崩れる技師は更に足蹴にされ、夜明け前の空が虚しくも瞳を横切った。
「ぐあっ――― 」
「この約立たずめ、代われ」
技師を押し退け、現場の指揮を執る人物が幾つもの重い鉄のハンドルを回すと、直後、真鍮製の計器が振り切れ、硝子部にピシリと罅《ひび》が走る。数字を指し示すべきの針は、本体の激震に揺れ惑い、その役割に耐え切れずに吹き飛んだ。配管は、急激な圧力に膨張を露わにすると、継ぎ目を繋ぐ鋲螺《びょうら》を弾丸の如く周囲に飛ばす―――
急激な出力変化に耐え切れず、剛鉄製の動力炉に深い亀裂が走った。
「だっ、ダメです、隔壁に掛かる圧力が保てません。耐圧壁に亀裂、及び破損、もうもちません――― 嗚呼ダメだ…… 破裂しま――― 」
制御盤から突如、熱蒸気が吹き出し、もつれ合う二人の影を一瞬にして飲み込む。配管部が熱により真っ赤に色を変えると、ぐにゃりと形を変え大きく赤く膨れ上がった。
同時に他の技術者と思しき面々が、巨大な骨組みの建屋で絶叫にも似た怒声を上げる。
「うわぁぁ退避しろ、もぅもたないぞ、退避だ退避、総員退避だ――― 」
ドガンと主動力部と思われる物体が小さく破裂すると、それを切っ掛けに次々と爆発が連鎖し、激しさを増す。轟音と共に金属片を撒き散らし、地響きが逃げ惑う作業員達を階段上部から吐き出した。火炎を高く吹き上げ乍ら空を焼き、動力炉がとうとう傾くと、土台に固定する為の強固な鎖が、その重さに耐え切れずに順を追って弾け飛ぶ。
「たっ倒れるぞ――― 逃げろ」
誰かが叫んだ刹那―――
ゆっくりと動力炉が横倒しとなり、激しい焔を辺り一面に吐き出すと、閃光と共に一気に大爆発した。巨大な衝撃波は一瞬で怒号と悲鳴と伴に全てを薙ぎ払い、熱波は渓谷を下る風に煽られ天に恐ろしい程の火の粉と狼煙を揚げた。
「また失敗か…… 」
少し離れた場所で、事の行く末を見守っていた人物が、頬に熱風を受け言葉を漏らす。
「見えるか? 今、這い出てきて、あそこで必死に消火活動をしているのが我が国の科学者のレドラン博士だ。科学者同士、名前位は聞いた事があるだろう? 彼の試算により鉱魔動力を用いた飛空挺の航続可能な距離を導き出し、その鉱魔火石が採掘出来るこの渓谷に開発拠点を築いた。だがどうだ? 残念ながら我々は、今だ推進装置すらその完成にも至っていないのが現状だ。エブラヒム博士、我々には時間が無い。近日中にアレをどうにかせねばならん。分かっているとは思うが、この計画が頓挫した場合には、貴方の家族もどうなるか、保証は致しかねる事となる」
拉致してきた敵側の1人の科学者に、男は鋭い視線を送る―――。
髪の焼け焦げた匂いが、恐ろしさと共に鼻腔に届いた。
「然し―――…… 」
開発の成功を願う敵国の意思に反し、エブラヒムは複雑な感情を抱かない訳にはいかなかった。出かかった言葉を押し殺し、燃え盛る焔を見つめ、敢えて科学者としての見解と持論を述べた。
「ですが、近日中と言うには些《いささ》か時間が足りません、見た所、やっと動力部の試験を行う迄に至った所のようですし、そっ、抑々《そもそも》この古《いにしえ》の設計図とは、仕様も大きさも全てが違いすぎます」
「そこは何とかレドラン博士と知識を擦り合わせてやってくれ、貴殿が掲げてきた輝かしい数多くの実績は、全て見せて頂いている。貴殿とレドラン博士とならば可能であろう? 我々はいち早くアレを実戦投入出来れば、その設計図通りで無くとも構わん」
狼狽した姿を感付かれぬ様に隠し、こめかみの汗が首筋迄の長い道のりを撫でると、相手の変わらぬ答えに拒絶を示してみせた。
「しっ、然しこの設計図は幾度も念入りに先人の偉人達が試験を重ね、算出した情報に基づき導かれた―――…… 」
「エブラヒム博士…… 」
「―――――⁉ 」
いつの間にか高台へとやって来た、黒く煤《すす》汚れた研究衣を纏った人物が、フードを上げ、酷く嗄《しゃが》れ疲れ切った声を掛けた。
「私も何も無学にてアレを造らせた訳では有りません。だが、未だ成功に至っておらず、開発に行き詰まっているのも事実です。東方には進んだ学術が存在したと言う歴史は知っています。貴方が得た知識を教授願いたい。でなければ、大切な家族の未来は此処で絶たれる事になる。それが囚われた科学者の運命です。エブラヒム博士」
「レ、レドラン博士…… きっ、貴殿は、怖《お》め怖《お》めと、この私に――― こっ、故郷を危険に晒す物を造れと言うのですか? 」
「それしか…… 家族を守る方法はありません…… 」
「馬鹿な――― 貴方だって分かっている筈だ、この研究を進めてはイケない事を、我々の技術が軍事利用されるのですよ? それでも黙って従えとおっしゃるのですか? 」
「覚悟を決めて下さい。でなければ私の様に――― 」
レドランの瞳は、虚ろなまま悲しい真実を物語っていた。
「ばっ馬鹿な――― 貴方達は…… 何て事を…… くっ、狂っている…… 」
エブラヒムは自分の置かれた立場と、恐ろしい程の状況に後退《あとずさ》ると、只々《ただただ》、震える手で頭を抱え、足元を蹌踉《よろ》めさせた。
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辺りが間もなく朝を迎えようとする最中、僅かな地響きに目を覚ました。拭えぬ違和感を確かめる前に、ハキムの身を安じる。涎を垂らす幸せそうな寝顔を確認すると、慌てたザイードが洞《うろ》の中に飛び込んで来た。
「おいっ班長殿、起きてくれ、問題が起きた。奴らが動きだす、急げ―――」
一向に起きる気配の無いハキムに対し、ザイードが軽く足蹴にすると、ムニャリと寝返りをする姿に呆れた様相で呟いた。
「コイツ、只の臆病者だと思ったが、存外、大物なのかもしれねぇな。仕方ない、班長殿、コイツは置いて先を急ごう」
「いや、俺が連れて行く」
「―――は⁉ 」
ハキムを背に立ち上がる素振りを見せると、またしても呆れたザイードが大きな溜息をついた。
「おいおい班長殿、本気かよ? 急がなきゃ見失うぞ? 」
「大丈夫、これくらい問題ない。脚には自信がある。」
「ったく、正気じゃねぇぜアンタ、連れてくのはいいが、役に立たねぇソイツ庇って死んだりしねぇーでくれよ? 任務に支障を来《きた》すのは勘弁だ、失敗でもしてみろ、出世なんて望めなくなっちまう」
ブツブツと言い合いをし乍《なが》ら洞《うろ》を出ると、漸く事の詳細をザイードが語り出した。
「突然、地鳴りがして、山二つ向こう側の空が赤く染まった。それを見た奴らが慌てて寝床を飛び出したんだ、十中八九、奴等の慌てようからすると、目的地はあそこだ」
「成程な…… 」
走り出したザイードが思わず呟く……
「さて、鬼が出るか蛇が出るか――― 一体あの山の向こうには何があるんだろうな? 」
「さぁな、然《しか》し、赤く染まった空の広さから察するに、只の宿営地ではなさそうだな」
「てことは―――…… 」
「あぁ、考えられる事は、軍事的な設備の可能性って事だ」
「そんな所に俺達三人だけで乗り込む気か? 悪い冗談だぜ全く」
曙光の翳り、幽遠の天路に誘われ、宿縁の階を辿る。赫き奔流は命すらも呑みて、無常の理に操られし者どもを苦しむ。絡繰られし縁の絲は、冥府の業火を孕み、燼滅の兆し、いと幽かに揺籃せり。