あれは、キスの一歩手前だった。
「はぁ…」
まだどきどきしてる。胸が苦しくて何度目かわからないため息を吐いた---お風呂の中で。
足が痺れてしばらく動けなくて、シヴァさんに支えられて何とか立つとこまでできたけど。
「んっくしゅ!」
フローリングに長いこと座ってたからか、体が冷えた。
「体冷た!熱は!?ねえか…」
ぺたん
大きな手が私のおでこを覆った。
頬を触られた時よりも、手のひらは熱くて
目を閉じてじんわりする体温を感じていたら
「風呂入って体温めておいでよ」
「え?」
「その間に部屋をあっためておくから」
風邪ひく手前かもしれないし、なら今のうちに温まっておけば大丈夫だから、とちょっと強引にお風呂場へ連れて行かれた。
お風呂の説明を一通り受けた後、ペットボトルとタオルを渡される。
「風邪引きませんよ」
「俺の家に来て風邪引かれたら、なんて考えたら申し訳なさすぎてヤだし。とりあえずゆっくりしてきな」
と言われてしまって
「…あったかぁい」
今に至るのだ。
…別にお風呂入るまでの寒さではなかったのに。シヴァさんちょっと焦ってたなぁ。
(続きが…あるのかと思っちゃたよ…)
ぶくぶく。口のあたりまで体を沈めた。
まぁ続きというか、るなの足が痺れたという一件で甘い空気なくなっちゃったけど。
さっきのは夢だった?
目を閉じてまた情景が浮かぶ。
近いな、と思ったら目の前にある顔がみるみる赤くなって。
だからるなも、これってもしかして、って思った瞬間真っ赤になってしまって。
ゆっくり近づいてくるから…
「宅急便やさんがきてなかったら…どうなったんだろう…」
あのまま進んでいたら、どんなことになってたのかな。どんな気持ちになったのかな。
また、胸がきゅうって締め付けられた。
お風呂から出て借りたタオルで体を拭く。
キャミソールを着て厚手のもこもこパーカーを羽織った。下も同じ素材のもこもこショートパンツ。髪の毛はくるんと一つにクリップで留めた。
「変なとこないか、ヨシっ」
うち冷えるんだよ西向きだから、なんてシヴァさんは言っていた。
確かに日が暮れるにつれて、部屋の中はちょっとひんやりした。
「なんかきるもんある?パーカーみたいな…あったらそれ着ておいで」
お風呂入る前に言われて、出してきたのはあったかいお洋服。
このジェラピケのしかなかったけどゆるい格好すぎるかなぁ。リラックスしすぎ、とか思われないよね?
脱衣所を出るとキッチンに立つシヴァさんを見つけた。
「お風呂ありがとうございました…」
リビングに戻っても、夢中になっててるなに気付いてない。
仕方がないので後ろから、くいくい、とシヴァさんのお洋服の裾を引っ張って呼んだ。
「しばさーん?」
「あ、出てきた?ごめん集中して、て…!?」
おっきな背中の向きがくるりと変わると、シヴァさんが石みたいな顔になっている。
え、まじか、その格好
なにやらぶつぶつと独り言を言っていた。
私の格好が変だったのかな。
急に不安になる。
「あったかいのこれしかなくて」
「あ、うん、それは全然いいの…」
「ごめんなさい、変でした??」
大きなシヴァさんを見上げ、恐る恐る首を傾げた。
可愛いと思っていたけれど、るなには似合わなかったかな。シヴァさんこーゆーの好きじゃ---
「変じゃない可愛いすごくものすごく!!!」
肩を鷲掴みにされて真剣な目で訴えられた。
顔が真顔で必死だけど…ええと…褒めてくれたんだよね?
「本当ですか?よかった…」
その言葉に安心して胸を撫で下ろした。
好きな人から可愛いって言われるの、やっぱりトクベツだよね。
嬉しくてにやにやしてると、シヴァさんがあのさぁ、とおずおず尋ねてきた。
「るなさんもしかして…それで寝るの?」
「?そのつもりですけど…」
「マジかぁ」
「もこもこ見てて暑そうですか?脱ぎます??」
ほらほら、ちゃんとキャミなんで大丈夫ですよー。パーカーをめくり中に一枚着てることを伝えると
ヒッ、ってシヴァさんが喉を鳴らした。耳が徐々に赤くなっていく。
「だめっ!だめ!絶対脱がないで!!」
「え?」
「もこもこきてて!!な、約束!!」
「約束?わかりました…シヴァさん耳赤いの何でですか?」
「うんよし、るなさん夕飯つくろう!そうしよう!」
私の前に置かれたサラダスピナーと洗い立てのグリーンリーフ。
あれ、なんか質問遮られたような…まぁいいか。
「勘弁して…」
一生懸命スピナーを回していたせいで、シヴァさんの声は一言も聞こえなかった。
ハンバーグも美味しかった。
シヴァさんの手で作ったから大きいの、お店みたいな味がしたの。
美味しい、美味しいって感動して食べてたら褒めすぎだよ、なんて笑っていたけど。
シヴァさんて本当に嬉しいときゅっ、て皺が寄った目尻がふにゃって下がるの。
そんなことないよ、なんて言ってるけどとっても嬉しいんだなよね。
そんな姿こっちも嬉しくなっちゃった。
ご馳走様です、手を合わせて幸せに浸る。
お皿を片付けようと立ち上がったら
「るなさん、ちょっと」
シヴァさんから手招きされ
「…ずっと言おうかどうか迷ったけどさ」
シヴァさんの目つきがだんだんと鋭さを帯びてきて、ずい、とおっきな手がるなに向かってのびてきた。
え、まってまって、もしかして
似たようなシチュエーションに思わず胸は高鳴る。
決意してぎゅ、と目をつぶった。
「口元。すっげえソースついてる」
シヴァさんは私の唇の横を、親指で拭った。
え?ソース…??
…るなの勘違い?
盛大な勘違いに一気に体温が高くなった。
「えーやだやだ!何でもっと早く言ってくれなかったの?いつから!?」
「一口目くらいから」
「それって、ずっとついてたってことじゃないですかぁ!」
恥ずかしすぎて大騒ぎしてると、シヴァさんが豪快に笑った。そんな、笑ってる場合じゃないですよ!!だってその…その…
さっきの続きかと思ったんだもん。
当たり前だけどそんなこと言えなくて、
笑いすぎですから!と怒ることしか出来なかった。
「シヴァさんに負けたぁ」
「はっはー、ざっとこんなもんですよ」
あの後動画見たり、ゲームしたり。のんびりした時間を過ごしていたらいつのまにか日付を跨いでいた。
「あー…もうこんな時間か…」
「シヴァさんお風呂は?」
「入ってこようかな。るなさん、眠かったら寝てていいよ?」
あそこで寝てて、と親指を立ててベッドのある方向を指し示した。
…一人分の布団と枕しかのってない。
やっぱりるなだけベッドで寝てということなのかな。広めのワンルームだけれど、ベッド以外に寝具はなさそう。
「シヴァさんおふとんは」
「んーまぁ適当にね」
濁された。絶対ベッド使わないつもりだ。
るな最近シヴァさんのことわかってきたんだから。都合が悪いとはっきり言わないところがある。
どうしたらベッド使ってくれるかな?むむむ…と考えること数秒。
るな天才なのでいいこと思いついちゃった。
「シヴァさん、さっきのもう一つのお願い今言ってもいいですか?」
「い、いま!?」
るなの言葉に何故か身構えて、ザッ!と腕でガードするようにまた一歩引いた。
「寝るまで一緒におしゃべりしたいです」
ここ、ここで。
ベッドの上を手でポンポンと叩いた。
「だからシヴァさん、寝る時はるなの隣にいてくださいね」
きっとしゃべっていたら、話し疲れて眠ってしまうに違いないもの。
そしたらシヴァさんもベッドを使ってくれるはず。
それに
いつもシヴァさんの声を聴きながら眠りたいなって思っていた。
二つ目のお願い、きっとるなにもシヴァさんにもとてもいい案だ。
「…わかった」
じゃあお風呂入ってくるから、と適当に過ごしてて。シヴァさんがリビングを離れて一人残される。
失礼してベッドの上にごろん、おふとんからお日様の匂いとシヴァさんの匂いがした。
とろん、と急に瞼が重くなってくる。
だめだめるな、眠っちゃダメ。
今もしここで眠ってしまったら、シヴァさん絶対ベッドで寝てくれないもん。
そんなのだめ。それに寂しい。
恥ずかしいけどできることなら、隣でくっついて眠りたいな。
わがままをいうならぎゅって、抱きしめてもらって眠りたいな。
きっとあったかくて気持ちが良くて、幸せいっぱいになりながら眠れるんだろうな。
うつらうつら、と閉じそうになる瞼と格闘しているとお風呂から上がったシヴァさんの手がるなの頭の上に置かれた。
「…寝た?」
「…起きてますよ」
眠いんだろ、静かに優しく声をかけられる。
声がいつもより何倍も優しく感じた。
部屋の明かりが落ちる。淡いオレンジ色の光だけがどこかで灯った。
眠気なのか何なのか、もうこれで一日が終わりだと思うと切なくなった。
まだまだやりたいこともいっぱいあるのに。24時間じゃ足りないよ。
明日(正確には今日だけど)もうお別れなんて寂しすぎる。幸せが全部思い出に変わる。
やだ。
るなはもっと一緒にいたいのに。
「シヴァさん…」
ちょうどシヴァさんがベッドに膝をついた時、私も起き上がった。
「あの。こう手を広げてくれませんか?」
「こうやって?」
私の前で手を広げてくれる。
「おいでって言って…」
「おいで?」
「そうです、あの…ぎゅってしたくて、ダメですか?」
「…」
シヴァさんが言葉を詰まらせた。恥ずかしいこと言っちゃったかな。でも、この寂しい気持ちを埋めるには、ここしかないと思ってしまった。
「してもいい、けれど」
シヴァさんが重々しく口を開いた。
「…さっきの続きしちゃうかもよ」
さっきって、キスのことかな。
言葉にされてまた、胸がキュウっと締め付けられた。
小さくこくりと頷く。
その様子を見てシヴァさんは一息吐くと、両手を広げた。
「おいで、るなさん」
「…っ」
おいで、と言われた瞬間
その胸に飛び込んでしまった。増えていく寂しさをどうにかしてほしくて温もりをもとめる。
ゆっくり背中に手が周り優しく抱きしめられた。
“幸せ”
この言葉がまるで血流みたいに、全身を駆け巡った。
るなもお返しに大きな背中に手を回した。
あったかい。
あったかくて気持ちがいい。
シェアハウスで抱きしめられた時とは違う。
夏の夜道で抱きしめられた時とも違う。
好きな気持ちが高まって幸せで満たされていく。
「るなさん」
声をかけられ顔を上げた。今までに見たことない優しい目で見つめられる。
背中に回っていた片方の手が、るなの頬を触った。
「あんまかわいーことしないで」
「??るな何もしてない…」
そうだよなぁ、るなさんはそうだろうな。
シヴァさんは一人で納得してさらに続けた。
頬に添えられた親指が、ゆっくり唇に降りてきた。
「抑えるのに必死だわ…」
親指のはらで唇をなぞられる。
そのままあごを持ち上げられた。
空気が、甘くて。
さっきのキスしそうになった時とは比べものにならないくらい、甘くて。
酔いしれいたら唇が重なった。
「…ん」
甘い空気のなか呼吸をしようと酸素を発すると、甘い声が口から漏れた。
「…苦しかった?」
「苦しくない…」
少しだけ顔を離して会話をした。でも磁石みたいにまたくっつける。
今度は後頭部に手が回って、さっきよりも強く押し当てられた。
「んっ、は」
息をするのも大変なのに、やめられないのはなんでだろう。
合間にちゅ、って唇を食べられてしまうようなキスが降ってくる。
シヴァさんの重みでベッドの上に転がってしまった。それでもまだ、唇は重なり合ってる。
普通のキスと、食べられちゃうようなキスを繰り返した。
でも
だんだんと溺れていきそうな感覚に怖くなって、シヴァさんの胸をぎゅうっと掴む。
「…んんっ」
それが合図だったのか、顔を離した途端に、胸にしまい込むようにギュッと強く抱きしめられた。
「あ、ぶねぇ…」
っはー…
耳元でため息をつかれてくすぐったい。
シヴァさんお耳くすぐったい、そう訴えて身をよじった。
「何が危ないんですか…?」
「こっちの話。にしても、るなさんほんとクラッシャーだなぁ」
ははは、と諦めたような笑いがるなの頭の上から聞こえた。何のことなのかさっぱりわからないけれど…
背中に手が回って、ころんと向きを変えられた。シヴァさんのお顔が横に来た。
幸せと甘さで体があっつい。
けど心地のいい温かさだった。
コメント
11件
待って待って待って。私が見れてない間にとんでもないことになってますが!?!?!?一気読みしてしにました😇
口角ぶっとんでいきますねぇ…🎶 すごーーーーく尊かったですっ💕💕あまあまですねぇ🎶 ❄ちゃんの服だーいぶ無防備で可愛かったんだろうなぁ… 🐸さんサイド楽しみにしてます🎶
やばいです。途中から口角が宇宙旅行に行っちゃいましたw