次の日、私はセシリアちゃんの家を訪れた。
ランドンさんとの商談がまとまったので、具体的な打ち合わせをするために来たのだ。
最初はよく分からない感じで聞いていたセシリアちゃんも、例の『ゆるキャラ』を大量生産して良いと聞くと、とても喜んでいた。
「この子、わたしはとても可愛いと思っていたんですけど、誰にも分かってもらえなくて……。
でも、アイナ様が気に入ってくれてとっても嬉しいです!」
「こんなに可愛いのにねー! 何でみんな理解してくれないんだろうね?」
「そうですよね!
えっと……それで、これを100個も作ってどうするんですか?」
「この子は世界を獲れる!
……と思うから、私の行く先々でブームを起こしてくる!」
「!!」
これこそが私の作戦、『ゆるキャラでガルーナ村を救うぞ計画』である。
ガルーナ村の復興策のひとつとして、ゆるキャラ発祥の地を目指してもらう。
もちろん100%上手くいくとは限らないから、本業の農業にも力を入れてもらいつつ……だけど。
「農業は大人に任せて、セシリアちゃんたちは木彫りで活躍してもらいたいの」
「私……たち?」
「うん。さすがに100個なんて、ひとりじゃ厳しいでしょ?
手先の器用な人にセシリアちゃんが教えてあげて、一緒に作って欲しいなって」
「……なるほどです。
上手くできるか分かりませんが、頑張ります!」
もちろん周りの大人には話は付けておくし、そもそも『野菜用の栄養剤』の対価での依頼になるんだからね。
これは立派な仕事なのだから、誰にも文句は言わせない。
高水準の農業を行うために、木彫りも頑張ってもらう。
……うん、結構いい感じなんじゃないかな?
「具体的な期日は特に無いんだけど、私はもうすぐミラエルツに行く予定だから、納品はそっちにお願いしたいの。
それに関してはランドンさんに聞いてね」
「分かりました!」
「それじゃ――
……難しいことは置いておいて、どんなのを作るか決めよっか!」
「はい!」
どんなものが人気が出るのか――
……私とセシリアちゃんは、白熱した議論を交わしていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼すぎに話を始めて、気が付けばいつの間にか空は真っ暗。
セリシアちゃんのキャラ愛が伝わってきて、私もつい熱中してしまった。
いやぁ、良い打ち合わせをした……。
相手は子供だけど、元の世界の仕事でもこんなに充実した時間は無かったよ……。
色々と話をした結果、最終的に作る量は100体で変わらず。
しかし単純に同じものを作るのではなく、付加価値を付けたものも作ることになった。
例えば、ポーズが特殊だったり、無駄に躍動感があったり、少し良い上塗り剤を使ってみたり……。
全てが趣味の塊だから、どれもこれも出来上がるのが実に楽しみだ。
正直をいえば、全部自分のものにしたいくらいなんだけど――
……それくらい、私はこのキャラがツボにハマっているんだよね。
うん、絶対に流行らせるぞ……!!
ちなみに名前は『ガルルン』にあっさりと決定した。
ガルーナ村の名前を一部もらっているし、語調がとても良いのがその理由だ。
セシリアちゃんのお母さんからお茶を頂いていると、話し疲れたのか、セシリアちゃんは座りながら眠ってしまった。
「……すいません。小さい子に、こんなことをお願いしてしまって」
私はセシリアちゃんのお母さんに謝った。
村の復興策のひとつとはいえ、子供に労力や負担を掛けてしまうのだ。
「いえ、気にしないでください。
この村はこれから、今までとは違うことをやらなければいけないんです。
この子の……ガルルン? を選んで頂けたのは、とても誇らしいことですよ」
「本当に可愛いと思うんですけどね……」
「私には……親の贔屓目もあるでしょうし、どうも客観的には分からなくて」
セシリアちゃんのお母さんは、苦笑しながらそう言った。
うーん、そういうものなのか……。
「何かありましたら、ランドンさんに相談してください。
私も出来るだけ、すぐに返事をするようにしますので」
「承知しました。
アイナ様への恩に報いるためにも、この子と頑張っていこうと思います」
セシリアちゃんのお母さんは、眠っているセシリアちゃんの頭を優しく撫でた。
こういう光景は、とても微笑ましくて、とても癒されてしまうなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿屋に戻ると、エミリアさんがお茶を持ってきてくれた。
「夜遅くまで、お疲れ様でした」
「ありがとうございます。
私は楽しかったんですけど、ルークには暇をさせちゃったかな?」
私の言葉に、ルークは慌て始める。
「いえいえ、お気になさらず!
アイナ様の違う一面を見れて、とても楽しかったです」
「え? いつもと何か違った?」
「モノを作り出すときの厳しさと楽しさ……みたいなものが、ひしひしと伝わってきました」
……なるほど?
モノを作るのは錬金術でいつもやっているけど、どんなアイテムでも一瞬で完成させちゃってるからね。
そういう意味では、私は錬金術を楽しんでいる……なんて言えないんだよなぁ。
でもそういう観点で言うと、『神器を作る』というのは『楽しめる』ものになるかもしれない。
素材のアイテムが全然知らないものばかりだから、集める楽しさというのもありそうだし――
……でも、どんな神器を作れるかは分かっていないんだよね。
クレントスで見た『神剣デルトフィング』であれば素材は分かるけど、それ以外の神器のことはまったく分からないし……。
何かしらの神器を作るにしても、そもそも決められた神器しか作れないのか、私独自の神器を作ることが出来るのか。
ユニークスキルの『創造才覚<錬金術>』が凄いとは言っても、未知のアイテムを作るのには苦手な部分もあるからなぁ……。
それに、ユニークスキルの中でも『英知接続』と『理想補正<錬金術>』の使い方が全然分かっていないし……
……でも、私の旅はまだ始まったばかりだ。
分からないことがあっても、ひとつひとつ順番に解決していけば良いのだから――
「……アイナさん?
何だか楽しそうですけど、どうしました?」
エミリアさんは不思議そうに、私に話し掛けてきた。
もしかして、ニヤニヤしちゃったりしてたかな?
「あ、いえ。これからのことをつい考えてしまって」
「ところで、アイナ様。
具体的には伺っていませんが、そろそろガルーナ村を離れるおつもりですか?」
ルークが突然、話を変えてきた。
そういえば、セリシアちゃんの家でもそんな話をしていたからね。
「うん。疫病の件もひと段落したし、村の復興策も種を撒いたし……。
これ以上いても出来ることは少ないし、明後日くらいにミラエルツに向かおうかな……って」
「そうですね。
王都から行き先をミラエルツに変更した……矢先の、ガルーナ村でしたからね」
本当に、行き先がころころと変わってしまう旅だ。
さすがにそろそろ本筋に戻したい。
本筋に戻って、世界にガルルンをブレイクさせるのだ――じゃなくて、神器を作るのだ!!
ちなみに復習になるけど、ミラエルツに寄るのは金策が目的で、王都を目指すのは神器とその素材の情報収集が目的だ。
神器作成の件はルークにもまだ言っていないから、どのタイミングで言うべきか……というのも考えていかないと。
「アイナさん、わたしも王都までご一緒してもよろしいですか?」
私が軽く悩んでいると、エミリアさんが尋ねてきた。
「もちろんです。エミリアさんは私の看病のために、引き留めてしまったわけですから。
……あ。しばらくミラエルツに滞在する予定なんですが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。大司祭様からはお許しを頂いておりますので」
大司祭様……というのは、エミリアさんの聖堂での上司らしい。
そもそもエミリアさんの職業は、司祭……いわゆるプリースト、とのことだった。
「それじゃ、明日は出発の準備と挨拶をしてまわることにして……。
出発は明後日の早朝、ということで決定しましょうか。
ルークもそれで良いかな? いつの間にか、セシリアちゃんとも仲良くなっていたみたいたし」
「アイナ様が疫病を治している間、色々な方とお話をさせて頂きましたからね。
私からも皆さんに、ご挨拶をするとしましょう」
「うん、そうだね。
私がいるとみんな恐縮するだろうし、明日は別行動にしよっか」
「いえ、私はアイナ様をお護りする使命があるので――」
「大丈夫、大丈夫!
明日はエミリアさんと一緒にまわってくるから!」
「いや、しかし――」
「あれー?
ルークって、女の子同士の買い物に強引に付いてきちゃう感じー?」
「くっ……、分かりました。
それではエミリアさん、明日はアイナ様のことをよろしくお願いします……」
「あはは……。
分かりました、お任せください」
そんな流れで、明日はエミリアさんと二人で行動することになった。
知り合ってから間もないし、どんな人なのかも気になるからね。
……とはいえ、特別なことをやる予定は何も無い。
一番やりたいことは、錬金術の素材を出来るだけ集めることかな?
『野菜用の栄養剤』を作るために、素材をかなり使ってしまったから――
……買うのはミラエルツに行ってからでも良いんだけど、できればガルーナ村に、お金を落としていきたいからね。