テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#この作品は完全にフィクションです。
わあ〜!
54
#オリジナルストーリー
海月🪼🩵‐Mizuki
228
九尾(ぬし)
156
ユナ @ショタ化関係者再募集中
141
第九十六話 見えてきた違い
五月の終わり。
湊は、写真集の制作に
関わっている担当者から届いたメールを、
何度も読み返していた。
先日、地域の写真作品集に
掲載されたことをきっかけに、
湊は次の企画についても相談を受けていた。
今度は、地域で活動する人々を紹介する
小さな展示企画だった。
まだ正式に決まったわけではない。
けれど、もし実現すれば、
これまで以上に
多くの人と関わりながら写真を撮ることになる。
メールには、撮影したい人物や場所について、
自分なりの案を考えてほしいと書かれていた。
「地域で活動する人、か……」
湊は机の上にノートを広げた。
商店街で働く人。
子どもたちに勉強を教えている人。
地域のイベントを支えている人。
思いつくままに書き出してみるものの、
どこかしっくりこなかった。
もちろん、どの人も写真に残す意味がある。
ただ、紹介するためにその人を撮るだけでは、
自分が本当に伝えたいものとは少し違う気がした。
その人が何を大切にしているのか。
どんな思いで、その場所に立ち続けているのか。
そういう部分まで知ったうえで、写真に残したい。
けれど、それを写真だけで
どこまで伝えられるのだろう。
湊はペンを止め、窓の外を眺めた。
以前は、目の前にある一瞬を
逃さず撮ることばかり考えていた。
今は、その一瞬の前後にある時間や、
写真に写っていないものについても
考えるようになっていた。
写真を続けるほど、撮りたいものが増えていく。
それと同時に、
自分がまだ知らないことも増えていくのだった。
一方、紬もまた、
自分の企画について新しい課題に直面していた。
大学の国際交流活動に
関わる学生たちと話し合いを重ね、
写真を使った交流企画の内容は
少しずつ具体的になっていた。
しかし、企画を実施するには、
担当の先生や関係する学生たちの協力が必要だった。
「写真を使うのは面白いと思う。でも、交流したあとにどんな変化が生まれるのか、もう少し明確にしたいね」
打ち合わせで先生にそう言われ、紬はうなずいた。
企画の目的は、
写真を見せ合うことそのものではない。
異なる文化や考え方に触れ、
相手について
もっと知りたいと思えるようになること。
それは、自分でも何度も考えてきたことだった。
けれど、それを具体的な目標として
説明するのは難しかった。
「参加した人に、最後に感想を書いてもらうのはどうかな?」
一緒に企画を考えていた学生が提案した。
「どんな写真が印象に残ったかとか、相手について新しく知ったこととか?」
「そう。それなら、交流の前と後で、自分の考えがどう変わったかも振り返れるかもしれない」
「確かに……!」
紬はノートに書き留めた。
自分一人で考えていたときには、
思いつかなかった方法だった。
誰かと意見を交わすことで、
自分の考えが広がっていく。
それは、紬が実現したいと思っている
交流そのものでもあった。
打ち合わせが終わる頃には、
企画書に新しい項目がいくつも増えていた。
まだ課題は残っている。
それでも、ただ頭の中で思い描いていたものが、
少しずつ誰かと共有できる形になってきていた。
その日の夜、紬は湊に電話をかけた。
「もしもし。今、大丈夫?」
「大丈夫だよ。どうした?」
「企画のことで、ちょっと相談したくて」
紬は、今日の打ち合わせで出た意見や、
新しく考えた内容について話した。
湊は途中で口を挟まず、最後まで聞いていた。
「なるほど。参加した人が、交流のあとに何を感じたかも大事にするんだな」
「うん。最初は写真を見せ合うことばっかり考えてたんだけど、それだけだと、私が本当にやりたいこととは違う気がして」
「でも、そこまで考えられるようになったんだろ?」
「まあ、そうだけど……まだまだだよ」
「最初から全部決められるわけじゃないし。実際にやってみないと分からないこともあるんじゃない?」
湊の言葉に、紬は小さく笑った。
「湊って、そういうところは意外と現実的だよね」
「意外とは余計だろ」
「だって、もっと感覚で動くタイプだと思ってた」
「写真は感覚だけじゃ撮れないんだよ。最近、いろいろ考えることが増えたから」
そう言った湊は、
机の上に置いてある資料に目を向けた。
紬に話すつもりだったことを思い出す。
「俺も、次の撮影企画の話が来てるんだ」
「えっ、本当に? どんな企画?」
湊が内容を説明すると、紬は驚いた声を上げた。
「すごいじゃん! 地域で活動してる人を撮るんだね」
「まだ決まったわけじゃないけどな」
「でも、今まで撮ってきた写真を見てもらえたから、次につながったんでしょ?」
「……そうだな」
そう考えると、これまで積み重ねてきたことが、
少しずつ、次の機会に
つながっているのだと感じられた。
紬は自分のことのように喜んでくれた。
その声を聞いていると、
湊の胸にも自然と喜びが広がった。
けれど、
紬が次に口にした言葉に、
湊は少し考え込んだ。
「ねえ。いつか海外でも写真を撮ったりするの?」
「海外?」
「うん。いろんな国の人や文化に触れながら写真を撮るのも、湊に合ってる気がする」
湊はすぐには答えられなかった。
海外で撮影することを、
まったく考えたことがないわけではない。
知らない場所で暮らす人々の姿や、
自分が今まで見たことのない景色を
写真に残すことには興味があった。
ただ、今の自分がまずやりたいのは、
身近な人たちのことを知り、
目の前にある時間を丁寧に撮ることだった。
「興味はあるよ。でも、今はまず、こっちで経験を積みたいかな」
「そっか」
紬の返事は、いつもと変わらなかった。
けれど、その短い言葉のあとに、
ほんの少しだけ間が空いた。
湊は、その理由を聞こうか迷った。
「紬は? 将来、海外で働きたいとか考えてる?」
「うーん……まだはっきりとは決めてない。でも、海外と関わる仕事には興味があるよ。日本にいる人と海外にいる人をつないだり、文化の違いで困ってる人を支えたり。そういうことができたらいいなって」
「そっか。紬らしいな」
「そうかな?」
「うん。昔から、人が困ってると放っておけないところがあるし」
紬は少し照れたように笑った。
「でも、そういう仕事をするなら、今のうちにもっと勉強しなきゃいけないこともあると思う。語学だけじゃなくて、国際関係とか、社会の仕組みとか……知れば知るほど、自分が何も知らなかったんだなって思うよ」
「俺も同じだよ。写真を仕事にするって考え始めてから、撮る技術以外にも必要なことがたくさんあるって分かった」
「そっか……」
二人の間に、穏やかな沈黙が流れた。
夢について話すことは、楽しかった。
相手が何を考えているのかを知ることができるし、
自分では思いつかなかった可能性に
気づくこともある。
それなのに、今日の会話では、
今まで気づかなかったことも見えてきた。
湊は、身近な人や場所に目を向けながら、
自分の写真を深めていきたいと思っている。
紬は、まだ知らない文化や考え方に触れながら、
人と人をつなぐ方法を探している。
二人とも、誰かに何かを届けたいと思っている。
けれど、そのために歩いていこうとしている道は、
少しずつ違っていた。
「……なんか、私たち、これからもっと違う生活になっていくのかもね」
紬がぽつりと言った。
湊は、すぐには返事をしなかった。
その可能性を、考えたことがなかったわけではない。
大学で出会う人も、これから経験することも違う。
今はこうして電話で話せていても、
いつか忙しくなれば、
今までのように
連絡を取り合えなくなる日が来るかもしれない。
それでも、違う生活になることが、
二人の関係まで変えてしまうとは限らない。
「……そうかもしれないな」
湊は、正直に答えた。
「でも、違う生活になるからって、話せなくなるわけじゃないだろ?」
電話の向こうで、紬が小さく息を吐いた。
「うん。そうだね」
「俺は、紬がこれから何をするのか、普通に知りたいし」
「私も。湊がどんな写真を撮るのか、ずっと気になると思う」
二人は笑った。
その笑い声は、いつもと同じだった。
けれど、今日の会話を通して、
二人は一つのことに気づき始めていた。
相手を大切に思うことと、
相手の未来を自分の未来と重ねることは、
同じではない。
好きだからこそ、相手の夢を応援したい。
そして、応援するためには、
自分とは違う選択をする可能性も
受け止めなければならない。
まだ、二人がそのことについて
十分に話し合ったわけではなかった。
ただ、それぞれの胸の中に、小さな気づきが残った。
電話を切ったあと、湊は机の上のノートを開いた。
次の撮影企画について書かれたページの端に、
今日の会話を思い出しながら、
短い言葉を書き加えた。
「同じものを見ていても、目指す場所は違う。」
それは、少し寂しい言葉にも思えた。
けれど、湊はその下に、もう一行を書いた。
「だからこそ、見た景色を伝え合いたい。」
窓の外では、夜の街に明かりがともっていた。
これから先、二人が見る景色は、
もっと違っていくのかもしれない。
それでも、その違いを知ることが、
互いをより深く理解する
きっかけになる可能性もある。
今はまだ、その答えを急いで出す必要はなかった。
二人はそれぞれの場所で、
自分の夢に向かって歩き始めたばかりなのだから。
📷 Photo.096「見えてきた違い」
撮影日:5月27日
同じ未来を見ていると思っていた二人。
けれど、夢について語り合うほど、
二人が思い描く未来には、
それぞれ異なる景色が
広がっていることが分かってきた。
違いがあるから、離れてしまうのだろうか。
それとも、違う景色を知ることで、
今までよりも深く相手を理解できるのだろうか。
まだ、その答えは出ていない。
ただ一つ確かなのは、
湊も紬も、相手の夢を自分の都合だけで
決めつけたくはないと思っていることだった。
――次回、第九十七話「伝えきれない言葉」へ続く。
コメント
1件
わあ……第96話、すごく沁みたよ😢💕 湊くんと紬ちゃん、それぞれの夢に向かって歩き始めてるけど、目指す場所が少しずつ違ってきてるのが切ないね…。“同じものを見ていても、目指す場所は違う”って湊くんのノートの言葉、胸にグッときた😭 でも“だからこそ、見た景色を伝え合いたい”って続けるところが、この二人らしくて大好きだよ!🎀✨