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入学式当日。
味も素っ気もなく色気すらもない濃紺のワンピース、長い髪はおさげ三つ編みにして悪くも無いのにメガネをかけた。そして右頬の辺りに少し大きめのホクロをかく。
「よし、これで地味女の出来上がり。前世でドリフのコントを見て育ったから参考になったわ〜。このホクロ、ホクロ毛も書いたらウケるかしら?」
なぜこんな事をしているかと言うと、あのキラキラ兄2人の妹と言うだけで目立ってしまうのは私にとってよろしくない。地味で気づかれず、残念な感じでいれば平和でいられる。出来れば穏やかな学園生活を心掛けたいと願っているのだ。
なので見た目を地味にし、気がつくとみんなの意識から存在が消える事を狙っている。
何事もなく‥‥。静かに、学園生活を。
準備も出来たので寮の入り口から外に出た。
季節は秋。この国の新学期は10月からである。前世では馴染みもなく、なんだか気持ちが悪いけれど、今世では折角の10代。楽しまなくては。
寮から少し歩いて、少し冷たい空気のなか講堂へ向かう。紅葉には少し早い林道を歩いていると、見覚えのある後ろ姿。黒に近い紺色の髪、私の好きなホークスアイの瞳を持つイーラルド・ララドール幼馴染である。
「ラル!」
私の声に歩いていた足を止めると、ゆっくりこちらへ振り向く。ラルの癖は振り向く時面倒くさそうにする。面倒くさそうだけれど、頬は緩んでいる。本当は照れくさいだけなのだ。
「エリナーミアか」
と言ったあと私の方に近寄り、一緒に歩みを止めた。そして、小さく笑って
「なんだそれ」
と頬のホクロを指で擦った。
「ちょっとダメよ。折角の変装なんだから」
「ホクロには見えないよ。でも着飾らないのは正解だな」
「やっぱり、そう思う?これからの学園生活は平和で楽しくのんびりしたいわ」
ニッと私は笑った。
ラルは「俺も」と言うとゆっくり歩き出し、それを追う様に私も歩き出す。
私がラルを知ったのは9歳の頃。その頃は前世の記憶もなく、ワガママで意地悪な娘だった。
そんな時貴族の御令息、御令嬢、を集めて交流パーティーが開かれた。私は人一倍着飾って出かけた。公女としてチヤホヤされたい欲求があったからだ。しかし周囲の令嬢達は親に言われたのか、上流階級上位の令息達目掛けて群がっていた。当てが外れた私は早く帰りたかった。なぜなら、私が主役じゃないから。とりあえず、やけ食いしたのを覚えている。そんな時ふと目についたのが、これまたつまらなそうな顔のイーラルド・ララドール、彼ラルである。
ラルを知ったからと言って、あの時は声もかけずただ見ていただけだったけど、あれから11歳で記憶が蘇って、邪な気持ちで剣術を習い始めて、こんな私に嫌な顔をせず一から教えてくれた。
邪な気持ちとは‥‥
「エリナーミア、早くいくぞ」
「うん」
とは言ったものの、歩くのが早くて小走りになってしまう。
「あなた私よりも歩幅が広いのだから、もう少しゆっくり歩いて」
「悪いな」
とニッと笑い
「俺、足が長いから」
そう言ってラルは左手を差し出した。
「はいはい、長うございますよ」
とラルの左手を握ると、大きな手のひら。指の付け根には剣を握ったまめがゴツゴツと感じる。
左手を出すのは利き手の右を空けておきたいからだ。ラルは必ず剣を腰に下げている。以前聞いた時、持ち歩かないと気持ちが悪いと言っていた。
私はラルに引かれながら目の前に見えてきた講堂へ向うのだ。
講堂に入ると特に決まった席はなく、ラルとそのまま隣同士で座った。
周囲を見て顔見知りは数名。記憶後(記憶を思い出した後の略)にロイド兄様と数回行ったパーティーで見かけた程度だけれど、講堂の舞台に近いところに座る令嬢はうちの家門と同格の公爵家、アリシア・グレイス。グレイス家の長女で最近この国の第2王子と婚約したと聞いた。我が家にもそんな話が来たようだったけど、父がいろいろな理由を付けて断ったと言っていた。
第2王子、アルノールド・サバイ・コンタノール。この国の名を今まで名乗っていなかったが、コンタノール国と言う小さな国である。
第2王子の母上、王妃様は私の母のいとこにあたる。私と第2王子ははとこになるのだ。
記憶前(記憶を思い出す前の略)であれば、喜んで第2王子に絡むところであるが、記憶後は権力とか全く興味がなく、婚約者に選ぶなら、隣に座るラルが丁度いい。家ヨシ、次男ヨシ、顔ヨシ、スタイルヨシ、性格ヨシ。安定の物件である。
ちなみに、第2王子の母上は第2夫人で第1王子の母上が皇后様である。この辺りの王族には近づかないようにと父から言われているが、第1王子はロイド兄様と同い年で学園ではクラスメイトだったと言う。
さて、アリシアは第2王子と婚約し、少し鼻先がお伸びになったとか。取り巻きの令嬢を連れて、パーティー会場に現れる。他の令嬢達にマウントをとって味方に引き入れようとしているそうだ。とある筋からそんな話を聞いた。
アリシアの方を何気に目をむけていたら、あちらも何となくこちらへ目をやって来たので、シラーっと別の方に目を向けた。
「あぶない、あぶない」
「どうした?」
ラルが私の独り言に反応するが、私は何でも無いと答えた。
次は後ろの方に目を向けると、平民代表の女生徒。エミ・サイラは成績優秀で癒しの魔法が使えるとか。
この世界には魔法が存在するけど、私の周りには魔法が使える人は主治医のアルシス先生しか知らない。アルシス先生は遠いエルフの郷からコンタノール国にやって来たそうだ。それ以外は話したくなさそうだったので特に突っ込む事もしなかった。しかし、先生から「エリナーミア様の魂はとても興味深い形をしていますね」と微笑まれた。その微笑みが何か見透かされているようで、怖い反面何を感じたか知りたくなった。
2、3年前にエミ・サイラは聖女候補になり教会に保護され、学園へ通う援助をしてもらっている。これもある筋からの情報。
スッと正面を向くとラルが耳元で囁いた。
「何をキョロキョロしている。そろそろ始まるぞ」
「を?!」
囁かれた耳を抑えて
「ゾクゾクするからやめて」
「はぁ?」
とラルは小馬鹿にするような表情を浮かべてから、瞬時に何を思ったのが目を泳がせて誤魔化すように言った。
「馬鹿言ってないで前を見ろよ」
「はいはい」
ドキドキと自分の鼓動が耳に響き、周囲に聞こえているんじゃ無いかと思うくらい焦るイーラルド・ララドール。
今朝の林道で後ろから意中のエリナーミアの声が掛かってから、穏やかでいられない。入学式にどこの令嬢達は美しく着飾り現れるのだが、エリナーミアの姿を目にした途端安心した。地味なワンピースに三つ編み、メガネと極め付け即先のホクロ。
ホクロはやり過ぎなので、さりげなく擦ってみたが、本来の姿を見せたら、周囲の男達にチャンスを与えてしまいかねない。特にエリナーミア本人が自分の美しさに気が付いていない。自分自身を過小評価しているふしがある。そのせいで、エリナーミアの2番目の兄、ランドリュース・ボンハーデンが手紙を送って来た令息達を、片っ端から抹殺してくれていた。兄の存在は偉大であるが、自分の立場からは攻略するにはかなり手強い兄でもある。周囲をキョロキョロといているエリナーミアを落ち着かせる為、左手肩越しから彼女の耳元へ囁いた。
「何をキョロキョロしている。そろさろ始まるぞ」
「を?!」
エリナーミアはビックリしたのか、今まで聞いた事のない声をあげた。イーラルドは目をパチクリさせているとエリナーミアは
「ゾクゾクするからやめて」
と可愛らしい照れた表情を浮かべる。
「はぁ?」
ゾクゾクするって、若い女の子が恥じらいを見せず言うセリフではない。
「馬鹿言ってないで前を見ろよ」
そう言ったイーラルドであるが、エリナーミアのゾクゾクするポイントを不意打ちで知って、顔がカッと熱くなるのをどうにか誤魔化そうとした。
エリナーミアは時々同じ歳とは思えない反応を見せる。イーラルドが初めて彼女の姿を目にしたのは貴族の子供達を集めた交流パーティーの時だ。エリナーミアは気合いの入ったドレスで着飾っていたが、途中から料理を食べはじめて、周囲と馴染めていないようだった。そんなイーラルドも令嬢達から避けるように誰もいないソファに深く腰を下ろしていた。あの頃のエリナーミアは確かに年相応の反応とわがままさが感じられたが、次に会った時は剣術を習いたいと手紙を貰い、了承すると1週間後にララドールの領地、スザナにある屋敷まで目立った護衛を付けずに愛馬にまたがり1人現れた。その時の彼女は、11歳と思えない雰囲気に話し方が子供らしくない、丁寧な言葉遣いであった。最初の印象は正直可愛げがないと言った方が早い。今思うと、まさかどうして恋に落ちてしまったのか?
イーラルドはハタと我に変えると、壇上には新入生のあいさつで、代表のアルノールド・サバイ・コンタノール第2王子が思いの丈を語っていたところだった。隣のエリナーミアはチッと舌打ちをならすと小声で呟いた。
「忖度かよ、金積んだな」
「?」
「この学園は身分関係なく皆平等なんでしょ?なのに彼が出てくるのってさ、王家が寄付金とか贈って、生徒代表の挨拶を買ったとしか思えない」
「エリナーミアは本当面白いな」
「面白く無いわよ。だって本来は成績優秀で入試トップを取った人が挨拶するのがお約束でしょ。本来だったら、ハスラナ家の長男、クラハム・ハスラナのはずよ」
とプンスカしてしまう。
私は基本王家が嫌いだ。こう言う事を平気でやってしまう。いつかクーデターでも起きて、サバイ家が破綻してしまえばいいと思っている。
あのおバカちゃん(第2王子)も気が利かない挨拶に酔いながら、教科書通りの事しか言ってない。なんだか知らないけど長いし、
「滅びればいいのに」
「あ、それ、不敬だぞ。気持ちは分かるけどな」
と悪口を言っている合間に新入生のあいさつは終わったのだった。