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乙骨くんに、棘くんのどこが好きで推しているのか教えて欲しいと言われ、私は先程より少しだけテンションを高くして話し始める。
「まず、『推そう!』って決めたのが初対面の時なんだよね」
『え、そうなの?もう少し後からだと思ってた』
「うん。見た目が好みどストライクだった」
色素薄めの髪に紫がかった瞳。可愛らしい少し長めの下まつ毛。少し気だるそうな表情。口元を覆い隠すブカブカのネックウォーマー。
五条先生から彼を紹介された時に感じた衝撃を今でも覚えている。
「『これは推すしかない』って思ったよね」
今はそんなことないけど、最初の頃感じていたミステリアスな雰囲気。あぁいう雰囲気を纏ってる人好きなんだよねぇ。某風紀委員長とかさぁ!!!!!(クソデカボイス)
まぁ、それは言わないけど。
「語彙がおにぎりの具しか無いってのも推そうと思った理由の一つかな」
いやぁ、だってさ?あの少し低めのイケボで「しゃけ」とか「おかか」って言ってんのすごい可愛くない?可愛いよね?最っ高に可愛いと思う。たま〜に普段の声よりも少し高い可愛い声で言葉を発する時もあるんだけどそれもまた好きなんだわ。可愛いの権化。
そして語彙をおにぎりの具に限定しているのは不用意に人を呪わないようにするため。それを知った時、推しの優しさに膝から崩れ落ちた。
「それで高専に入学して四日経った頃かな?棘くんと二人で任務に行ったんだけど、そこで更に推す要素が増えてもう叫びそうになったよね…」
そう、アレである。狗巻家特有の呪印である。口元だけじゃなくて舌にも印があるって本当にえっちすぎると思う。これはさすがに言えないから黙ってるけど。
あと呪言を使う時の言葉遣いな。「堕ちろ」とか「潰れろ」って命令形なのが!また!!それ使った後のガッサガサの声も好きなんですわ。そしてネックウォーマーを顎まで下げたことで見える顔立ちな。可愛い系のイケメンだった。面が良すぎてもう、本当に……。耐えた私は偉い。
ちなみにその時の任務、聞いてたより呪霊の数が多くて帰ってきてから五条先生にキレた覚えがある。
「最初の方はこんな感じの理由だったかな。日が経つにつれてどんどん増えてったけど」
例えば棘くんの髪の毛、陽の光に当たるとキラキラしてすごく綺麗なとことか。瞳もアメジストみたいで好きなんだよなぁ。初めて会ったのが室内だったから、これは外で見ないと気付けなかった。
それに加えて外で組手をやった時に気付いたのが、棘くん男子としては小柄な方だけど、結構身体がっしりとしてるんだよなぁ。The男の子って感じ。腕の筋肉とか凄かったもん。あれは制服の上からじゃ分からない。可愛いとのギャップが。これがギャップ萌というやつ。あぁ、筋肉と言えば。
「棘くん結構力あるよね。私そこまで軽くないはずなのに軽々と持ち上げられたことあるし」
『何があったのそれ』
「んーと、六月くらいの時だったかなぁ」
確か棘くんと二人での任務は三回目のことだった。その日の任務先は数年前に廃校となった学校。三級レベルの呪霊がかなりの数住み着いていた。二人で協力しながら次々と倒していく中。残り一体となった時、私がつい油断をしてしまい、呪霊に攻撃されそうになった。そこを棘くんが間一髪助けてくれたのだが。
「大丈夫かどうか聞かれて初めて気付いたんだけどさ、その時お姫様抱っこされてたんだよね」
『わぁ、王子様みたいだ…』
「それちょっと思った」
まさかお姫様抱っこされるとは思ってなくてめちゃくちゃ心臓がうるさかったし、触れられている箇所がやたらと熱かったのを覚えている。しかもビックリしすぎて「ミ゜」って変な声が出た。聞かれてなかったみたいだから良かったけど。女子が出していい声じゃなかったからな…。
「でも、お姫様抱っこよりその後の出来事の方が印象に残ってるかな」
『その後?』
あの時のことを思い出し、私は小さくふふ、と笑った。
呪霊を倒し終わり、学校を出て補助監督の伊地知さんが待つ校門へと向かっていた私と棘くん。ドクドクとうるさい心臓を落ち着かせるように深呼吸をしていると、棘くんが左手を抑えていることに気付いた。僅かに見える赤いもの。血だと気付くのに時間はかからなかった。
「それ見せて!」と言って左手を見ると、そこまで傷は深くないものの割と大きな傷が出来ており出血もしていた。私を助けた時に付いた傷だとすぐに分かった。高専に戻れば家入さんに治療してもらえるが、その前に簡単にでも応急処置をしておいた方がいいだろう。そう考え、スカートのポケットからハンカチを取り出し、それで止血するようにキツく縛った。
その間、私はずっと涙をボロボロと零しながら「ごめんね、私のせいでごめんね」と謝っていた。
そのハンカチは中学の入学祝いに母が買ってくれたもので、レースの刺繍が可愛らしい淡いピンク色のものだった。任務に行く前に、私はパンダに「これお気に入りなの」という話をしていた。きっと棘くんはその会話を聞いていたのだろう。だから、それを何の躊躇いも無く応急処置に使った私を見て、自分の血で汚れてしまったハンカチを見て、ものすごく泣きそうな顔をしていた。
「その三日後だったかなぁ。誕生日でも何でもないのに、棘くんからプレゼント貰ったの」
『プレゼント…?え、もしかして?』
「そう!そのもしかして!わざわざ同じ物を探して買ってきてくれてさ。少しお高めのやつだったから本当に申し訳なくて…。でも、すごい嬉しかったなぁ」
その日の夜は「推しが優しすぎる!でもそんなところも好き!一生推す」って(心の中で)叫んだなぁ。SNSにもめちゃくちゃ投稿した。フォロワー(リア友)に情緒を心配されたけど。大丈夫、いつも通りだったから。
でも、お姫様抱っこされた時より心臓がうるさかった理由は分からないけど。そしてその時貰ったハンカチは、使うのが勿体ないというか、汚すのが嫌で大事にしまってある。
「その後くらいか。棘くんから休日にお出掛けに誘われるようになったの」
『へぇ、なるほど…ふーん。…………痛ッ!?』
「えっ、乙骨くんどうかした?」
『え、あ、いや。テーブルに足ぶつけちゃって!』
「大丈夫?」
『大丈夫大丈夫!続けてもらってもいい?』
「うん」
足、特に脛とかぶつけると痛いよね〜。…でも、足をぶつけたような音は聞こえなかったけど、気のせいかな?
「まぁ他にも色々とエピソードがありましてね!」
『うんうん』
「お出掛けした時の話なんだけど」
『一番聞きたかったやつだ』
これはフォロワー(リア友)にしか言ったことないからね。報告してる途中で興奮しすぎて後半から語彙が「無理」「好き」「尊い」「しんどい」しかなかったけど。
推しの魅力を伝えるためには語彙力が必要なのに、いざって時に語彙力低下するのってやめて欲しいよね。オタクあるある…。
まず、棘くんの可愛さが天元突破してたあの場所に行った話かな。
「棘くんと初めて二人で出掛けたの猫カフェでね」
『狗巻くん猫好きなんだ?』
「たぶん?ちゃんと聞いたことないけど」
猫可愛いと棘くん可愛いが組み合わさると最高に可愛いんだなって思ったよね。初めての隠し撮り現場はコチラです。はい。猫を撮る振りをして棘くんのこと撮ってた。だって猫ちゃんを見る目がさぁ!めちゃくちゃ優しかったんですよぉ!胸がぎゅーってなったよね!!おっ前そんな表情出来んのかよ!って。あの空間はマジで可愛いが天元突破してた。可愛いは正義。これ真理でしょ。
「猫ちゃん可愛いし棘くんも可愛いしで最高だった…」
『猫好きなの?』
「大好き!実家で三匹飼ってる!」
『狗巻くんはそれ知ってるの?』
「知ってるよー。仲良くなってすぐの頃にうちの猫自慢したから」
信長(黒猫)と秀吉(三毛猫)と家康(白猫)の写真見せて「可愛いでしょ!うちの子!」って語ったんだよな。名付け親は日本史大好きな母。三匹ともメスなんだけどな…。
『あー、うん。猫カフェ行った理由分かったかも…』
「え?」
『ううん、こっちの話。他にはどんなとこ行ったの?』
「んー、水族館や動物園、カフェに駅前のショッピングモールとか」
『デートの定番だ……!』
言われてみるとデートの定番じゃん。誘う前にスマホで「デート 定番」とか検索してたら可愛いよね。
私もだけど、棘くんも水族館と動物園行くのなんて小学校以来だったから二人してめちゃくちゃはしゃいでた。そして水族館の帰りに「お寿司食べたくなったね」なんて話して回転寿司行ったりしたっけ。動物園ではパンダ(動物)の写真撮った後、せーので一斉にパンダ(呪骸)に写真を送り付けたりなんてこともした。あとはモルモットの人形買ったな、お揃いの。
『お揃いの……』
「うん、お揃いの。今手元にあるよ。この子枕元に置いてるんだよね」
触り心地がいいんだよ、この子。もふもふなの。猫吸い出来ない代わりにこの子を吸ってる。たまにパンダも吸うけど。
『……あぁ、これか…。じゃなくて、えっと。クレープ食べに行った時の話聞きたいな!』
「うん、いいよ!」
棘くんがまさかの私を隠し撮りしてたやつね。同じく隠し撮りしてた私が言うことじゃないが。だってさ〜?口元にクリーム付いてるのに気付かないでモグモグしてんのよ?可愛くない?可愛いよね?はい、可愛い。棘くんが可愛いのは前から知ってるけど。
「『クリーム付いてるよ』って教えたら顔真っ赤にして照れる棘くんが可愛すぎて心臓痛かった……」
『うん、真っ赤』
「あと、帰る時は時間帯が時間帯だったから人多くてさ。はぐれないようにーって手繋いでくれたんだよね」
『…?手、うん、え?』
「やっぱ男の子だよねー。私より手大きいからドキドキしちゃった!というかはぐれないように手繋いでくれるの本当優しいよね!」
『うん、優しいねぇ…………っ!?』
他にも棘くんが優しいと分かるエピソードたくさんあるんですけどね!どれから話そうかな。と考えていると、乙骨くんが静かに言った。
『もし、もしさ』
「うん?」
『狗巻くんと出掛けたり、お揃いの物を買ったり、手繋いだり、抱き締められたり、頭撫でられたりとか。そういうことをされてるのが自分じゃなくて他の子でも、君は狗巻くんのこと推してた?』
乙骨くんからの突然の問いに、不意に固まってしまう。
「私じゃ、ない、他の子…」
別に同担拒否過激派じゃないから、棘くんと仲良くしてたのが私じゃなかったとしても推すに決まってる。……って本当に言えるのだろうか。
棘くんの隣にいるのが、私でも、真希ちゃんでもない知らない子だと仮定して考えてみる。……あれ。なんで、こんなにもモヤモヤするんだ。違う、イライラ?何これ分かんない。何なの。推しが幸せならそれでいいじゃん。なんで、嫌だ・・なんて思うの。
「乙骨くん、あのね」
『うん』
「今までは棘くんが私や真希ちゃん以外の女の子といるの見たことないから、そんなの考えたこともなかったんだけど」
『うん』
「ちょっと、考えてみて思ったの。『嫌だなぁ』って」
『うん、それはなんで?』
「なんで……」
なんで、なんで?だって、棘くんがお出掛けに誘うのもちょっと怪我したくらいでめちゃくちゃ心配してくれるのも、手繋いでくれるのも抱き締めてくれるのも頭撫でてくれるのも全部私に対してだけでしょ?そういう行動も、私のことを好きだと思ってくれてる気持ちも、全部全部全部全部。私だけ、の……。
「あ」
このイライラが何か分かった。そうか、今までこんな感情抱くことなかったもんな。そりゃあ気付かないや。
「『嫉妬』と、『独占欲』」
私以外の子が、棘くんと仲良くしてるのを想像してそう感じるのは何故か。そんなの、一つしかないじゃんね。
「『推し』だからじゃなくて、『一人の男の子』として棘くんが好きなのか」
そう言葉にした瞬間、ストン、と何かが落ちる感覚がした。モヤモヤもイライラもいつの間にか消えている。
初めて会った時に感じたあの衝撃。まさかあれが一目惚れだったとは。その後、どんどん棘くんのことを知れるのが嬉しかったのも、私しか知らない棘くんの顔を見て優越感を抱いていたのも。全部、好きだったから。
「ははっ!本人が気付いてないのに、周りが気付いてるとか!私自分の気持ちに鈍すぎじゃない?」
『四月からでしょ?好きなの。気付くのにかなり時間かかったね』
「九ヶ月間、無自覚の片想いかぁ」
『いや、今日告白されてたからもう片想いじゃなくて両想いでしょ』
「あはっ、そっか。じゃあ、明日私も『好き』って言いに行かないとだね」
私がそう言った瞬間、スマホの向こうからバンッ!と扉を勢い良く開ける音がした。そして同時に乙骨くんの慌てたような声も聞こえてきた。
『狗巻くん!?どこ行くの!』
「え?棘くん?」
『あー、えっと、あの………ごめん!僕今までずっと狗巻くんの部屋にいて!』
「へっ、」
『さっきまでの会話全部、狗巻くんにも聞かせてました!』
「待て」
『それでついさっき狗巻くんが部屋を飛び出してったんだけど、あの、……』
乙骨くんはそこで一旦言葉を止め、本当に申し訳ないと言うような声音で言った。
『狗巻くん、たぶん君の部屋に行った』
乙骨くんの言葉に理解が追いつかず、「え」と「待って」という言葉を繰り返す。
『本当にごめん…』
そう謝る乙骨くんに、頭を切り替え話を聞く。
彼曰く、棘くんの部屋で「どうやったら(恋愛的な意味で)好きになってもらえるか」を話し合っていたところ、私から「相談したいことがあるんだけど…」と連絡が来た。そのことを棘くんに伝え、話し合いを中止。申し訳ないな、と思いつつ棘くんにも内容が分かるように電話での相談に。そしてまず棘くんが知りたがっていたという「どこが好きなのか」を聞くことに。
『最後の質問は、話を聞いてて僕が思ったことを聞いたんだ。ま、それで気付けたみたいだから良かったけど』
「……乙骨くんそういうとこあるよね」
まとめて二つの相談内容を解決しおったぞこの男。ガチで恋愛のエキスパートじゃん。
『あはは……。でも、僕だけじゃなくて五条先生のおかげでもあるでしょ。先生があぁ言わなかったら、考えようともしなかっただろうし。皆の前で聞くのはどうかと思ったけど』
それな。同級生の前で何聞いてんだって思ったもん。愉快犯か?突っつくだけ突っついて自分は何もしてねぇしな!愉快犯だわ!
『それで、さっき明日好きって言いに行くって言ってたでしょ?狗巻くん、明日まで我慢出来なかったみたいで……』
「部屋を飛び出してこちらに向かってる、と」
男子寮と女子寮は別棟にあるから、時間的に考えるとそろそろ来るか。……待って。待ってくれ。今部屋に来られたら困る。だって言ってないんだよ。私がオタクなこと!だからこのオタク趣味全開な部屋見られたらマジで軽く死ねるから!これ棘くんが来る前に部屋の前で待ってた方がいいやつだろそうだろ!よし、部屋を出よう!
しかしその決意も虚しく、私の部屋の扉が勢い良く開かれた。あー、ノックするの頭から抜け落ちてちゃってたかぁ。そんなところも可愛いね。なんて現実逃避している場合じゃない。見ろ、私のスマホの壁紙見た時と同じ顔してんぞ。
「……ツナ、マヨ?」
「ああああああああぁぁぁああああああああ!!!!棘くんのばかああああ!!!!!」
急募:最推し、基好きな人にオタク趣味全開な部屋を見られた時の正しいリアクションと対処法