コメント
0件
絶対に見られたくなかった部屋を、最推しもとい好きな人である棘くんに見られ、夜22時近くにもかかわらずに私は全力で叫んだ。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!待って棘くんノックしてよばかああああああああ!?」
「こ、こんぶ……」
『え、なになに。どういう状況?』
呪霊に攻撃された時以上に慌てる私を見て戸惑う棘くんに、音声しか聞いていないため状況判断が出来ていない乙骨くん。そして私の叫び声が聞こえたのか、隣の部屋から真希ちゃんが出てきた。
「おい、うるせぇぞ。今何時だと思ってんだよ」
「22時だね!ごめんね真希ちゃん!今日が私の命日です!!」
「何言ってんだお前。あとうるせぇ」
棘くんの手を引っ張って廊下に連れ出し、足で扉を閉める。いやいやいや、マジで今日が私の命日になりそうなんだけど。オタク趣味全開の部屋見られた。無理。軽く死ねる。
『あの〜、大丈夫?』
「乙骨くんごめん、棘くん回収しに来てもらっていいですか」
「回収……」
「高菜!?」
とりあえず今日は部屋に戻ってもらおうと、棘くんの部屋にいる乙骨くんに棘くん回収を依頼して電話を切る。推しになんて言い方してんだって感じだけど、今めちゃくちゃテンパっててそれどころじゃない。部屋を見られたんだぞ。私は棘くんの肩を掴むと、必死の形相で言った。
「あの、棘くん、さっき見たものは綺麗さっぱり忘れてくださいお願いします」
「おかか」
「わ、忘れてください…」
「おかか!」
「忘れてよ!!」
「おかか!!!」
「なんで!?」
えっ、なんで!?絶対に幻滅したでしょ!どう見たって女子の部屋じゃないじゃん!忘れた方が女子に対する理想が壊れなくて済むぞ!?
「部屋に見られたまずいものでもあるのかよ?」
「あるの!それはまだ見られてないけども!でも壁のさぁ…!棘くんガン見してたじゃん無理やだ忘れて…」
「おかか」
「意地悪ゥ!!!」
オタクって知ってるパンダに見られるならまだしも、それを知らない人に見られるのキツいよ!「うわぁ…」って引かれたら私泣いちゃうよ!?というかもう既に泣きそうだよ!だって棘くん私の部屋見た瞬間「えっ」って固まってたもん!!!
「うわーん!助けてパンダァ!!」
『なんだこんな時間に』
「棘くんに部屋見られたぁ…」
『別にいいだろそのくらい』
「趣味全開の部屋なのぉ!見せられるのって全部知ってるパンダくらいなんだよ!」
『察した』
ほぼ半泣きの状態でパンダに電話をかけ、助けてくれと懇願をする。マジで来てくれ。じゃないと私の情緒が死ぬ。「仕方ねぇから行ってやる」と言ってくれる辺りパンダ本当優しいよな。お前の好感度が今めちゃくちゃ上がってるよ…。棘くんには遠く及ばないけどな!
なんてバカげたことを考えながらパンダと電話をしていた私は気付かなかった。棘くんがものすごく不満そうな顔をしていることに。
その後、乙骨くんとパンダが同時に到着。乙骨くんに棘くんを連れて行ってもらおうとしたのだが。
「あの〜、棘くん…」
「……」
「離していただけr「おかか」…はい」
何故か腕を掴まれ、肩にはグリグリと頭を押し付けられていた。うん、なんで???棘くんが何となく不機嫌そうだということしか分からないんだけど。もしかして部屋が女の子っぽくないのがショックだった!?それはマジでごめん。
「…どういうこと?これ」
「さぁ。でもパンダとアイツが電話してる時からちょっと機嫌悪かったぞ」
「なんだ嫉妬か」
「えっ」
「……………………しゃけ」
「しゃけ!?肯定!?ふぁっ」
状況を上手く理解出来ずに頭上にクエスチョンマークを浮かべる乙骨くんに、真希ちゃんが答える。それに対しパンダが「なるほどな」と言うように呟くと、棘くんがそれに同意した。…………同意した!?
「えっ、あの、はっ、待っ、て…え?」
「パンダに、ってよりは『パンダには部屋を見せられるのに自分には見せられないのか』みたいな感じだと思うぞ」
「しゃけ」
「わぁ、真希ちゃんすごい…」
私の部屋にショックを受けたという訳では無いのね。それは良かった。あの部屋見られて引かれてたらガチ泣きしてたところだった。たぶん一週間くらい引き篭る。
「うーん、でも部屋見てドン引きされたくないし…」
「そんなにヤバいのか?」
「まぁ……うん、まぁ」
部屋の壁には推しのポスターが四枚ほど貼ってあり、ベッド横の壁際には大きめの本棚が二つ並んでおり、一番上の段には推しのグッズが所狭しと並べられ、その下には漫画が大量に収納されている。ベッド下には、収納ケース(青)にアニメのDVDやドラマCDが、収納ケース(赤)には同人誌(全年齢対象)。ちなみに収納ケース(青)は五つある。ベッドの上にはモルモットの他にアニメのマスコットキャラのぬいぐるみや推しカラーのクッションがいくつかと大きめの抱き枕が一つ。クローゼット…の中は見られることないし大丈夫か!
そんな私の部屋の中で見られたら一番マズイのが、勉強机の横に置いてあるカラーボックスに収納されているクリアホルダー。黒(全四冊)は漫画やアニメキャラを大量に描いたやつだからまだいいけど、薄紫(全二冊)は見られたら終わると思ってる。だってそれ棘くん描いたやつだし。さすがに勝手に見たりはしないだろうけど、中身は知られたくない。
部屋見せないで済む方法無いかなぁ、と考えていると、私の肩に頭を乗せていた棘くんが顔を上げこちらをじっと見てくる。
「……?」
「こんぶ、明太子」
「えっと…、部屋見せて、と?」
「しゃけ」
「そ、れは…ちょっと無理、かな」
「………………おかか?」
やんわり断ろうとしたら捨てられた子犬のような目で、可愛らしく首をこてん、と傾げて「ダメ?」と聞かれた。かっっっっわよ!!!!!
「いいよ!!!!!」
「いくら〜」
「「「チョロい…」」」
「棘くんの可愛さには勝てない…!」
あぁいうのどこで覚えてくるの!?可愛すぎて死ぬかと思った!もう!自分の顔の良さ理解して!?と半ばキレ気味なる。五条先生か!?あの人が教えたんか!?たまにやるもんな全力ぶりっ子ポーズ!28歳児が!!!
「でも今日はもう遅いので明日でいいですか…」
「しゃけ」
こうして、明日私の部屋を棘くんに見せることとなったのだった。命日は今日じゃなくて明日だった……。
翌日。その日は皆任務が無い日だったので普通に授業。板書をノートに写していると、斜め前の席に座る棘くんの顔がちらりと見える。心做しか機嫌が良さそうなんだけど、何かいいことでもあったのかな?
全ての授業が終わり、椅子に座ったまま両手を上げて伸びをする。ずっと座ってるとお尻痛いな…。この後は部屋で課題やって、昨日配信されたアニメでも観ようかな。そういえば棘くんに部屋見せるって言ったけど、いつ頃とか決めてなかったな。と考えていると、目をキラキラとさせた棘くんが覗き込むようにして私の顔を見てきた。
「しゃけ、いくら!」
「んぇ?」
「棘、今日一日ずっとソワソワしてたよな。もしかしてコイツの部屋に行くの楽しみだったのか?」
「しゃけ!」
「わぁ、プレッシャー」
そんなに楽しみにしてくれてたの〜?ありがとう〜。私はドン引きされたらと思うと怖くて泣きそうです。そんな私に対して棘くんは目がキラッキラしてるんだけどすっごい可愛い…。私の部屋見れるのそんなに嬉しいんか?まぁ確かに棘くんのお部屋にお邪魔したことはあるけど、私の部屋は頑なに見せなかったからな。マジで誰にも見せたことない。なので、棘くん君が一番のりです。おめでとう。
「んーと…今から来る?」
「しゃけ!」
「ん”っ、可愛い…。じゃあ行こうか」
「ツナマヨ〜」
「そんな楽しみにするほどの部屋じゃないからね…」
周りにお花が飛んでるんじゃないかってくらいウキウキじゃん…。は?可愛いすぎない???推しが今日もこんなにも可愛いありがとう世界。
校舎を出て寮へ向かうために教室を出る。いつもなら私が何か話題を振っているため無言になることは無いのだが、この時ばかりは私も無口になってしまっていた。漫画はまだしもポスターで引かれないかな…。中学で出来た友達は皆オタクだったから、そうじゃない人が私の部屋見た時の反応が予想出来ないんだよな。でもフォロワー(リア友)が高校で新しく出来た友だち(非オタ)を部屋に呼んだら引かれたって言ってたな…。私も引かれたらどうしよう。マジで立ち直れない。
と、ぐるぐると考えていたらいつの間にか女子寮に到着。あああああ…ついにこの時が来てしまった。震える手でドアノブを回し扉を開ける。
「ド、ドウゾ…オ入リクダサイ」
「しゃけ」
今すっごい顔引き攣ってる気がする!しんどい!しんどいよぉ!正直今すぐにでも「やっぱり無理ぃぃぃぃい!」って叫びたい!というか叫びそう!
部屋に入った棘くんに続き、私も部屋に入り扉を閉める。うわぁ、推しが私の趣味全開の部屋にいる。すごい光景。この空間だけ(私を除いて)顔面偏差値が高い。目が潰れそう。
キョロキョロと部屋を見回す棘くん。動きが可愛い…。本当に高校一年生?同い年だよね?なんでこんなに可愛いの。あっ、今棘くんが指さしてる漫画はサイコホラーです。主人公サイコパスすぎて読む人選ぶやつ。私は好きだけど。
そういえば棘くんって漫画とか読むのかな?あんまりイメージ無いけど。でも漫画が大量にあるの見てさっきよりも目がキラキラしてるから興味はあるんだな。そんな様子の彼を見て、私はベッドの前に座り込み思っていたことを口にする。
「あのさ、棘くん」
「?」
「この部屋見ても、私がオタクだって知っても引かないの?」
部屋を見て分かる通り、私は漫画が大好きだし、アニメも好きだからいつでも神作品が観られるようにDVDも買ってベッド下に収納している。推し大好きだから普通にポスター買うし部屋の壁に貼って毎日拝むしイラストだって大量に描いてる。アニメを観て顔ぐしょぐしょにして泣くしドラマCD聴いて天を仰ぎながら「耳が幸せ……」とか言って身悶えてる。推しのグッズとかもめちゃくちゃ買うし推しイメージの香水も身に付けてる。なんならコスプレもするタイプのオタクだからクローゼットにはコス衣装が入ってるしたまに部屋で自撮りしてる。
そんな、新作のコスメだったり超人気俳優だったりや話題のドラマとかで盛り上がれるような「普通の女の子」とはかけ離れている。それでも、彼は引かないというのだろうか。まだ、好きだと言ってくれるのだろうか。
そう言うと、今まで黙って私の話を聞いていた棘くんは本棚の前から私の方へと移動してくる。そして私の前にしゃがんで優しく微笑むと、そのまま私を抱き締めた。
突然抱き締められたことにより、驚きのあまり一瞬意識が飛んでいた。
「…………はっ!?えっ、ちょ、とげく…」
「おかか」
「えっ?」
「おーかーか」
彼が言う「おかか」は否定の言葉。それはつまり。
「引かないよ…ってこと?」
「しゃけ!」
「本当に?気持ち悪いって思わない?」
「しゃけ」
私の額と自身の額をコツン、と合わせて私を見つめる彼の目が、とても嘘をついているようには見えなかった。
「ははっ、棘くんは優しいなぁ…」
二次元とは言え他の男に「カッコいい」とか「好き」って言う女なんだよ?それでもいいの?そう問えば、一瞬複雑そうな顔をしたものの、すぐにパッと顔を明るくする。そして右手の人差し指で私を指さし、その次に上……じゃなくて「一」かな?最後に棘くん自身を指さす。
「でしょ?」と言わんばかりにドヤ顔をする棘くん。可愛いなぁ…。
「ふ、ふふっ。うん、そうだよ。私の一番は棘くんだよ」
そう言うと、ものすごく嬉しそうな顔をした後にまたぎゅーっと抱き締められた。棘くんハグ好きなのかな?
それにしても棘くんからすっごい良い匂いするんだけど柔軟剤使ってる?使ってるでしょ。花みたいなフワッとした匂いする。女子の私より良い匂いしてない?イケメンって皆やっぱり良い匂いするもんなの?五条先生はどんな匂いするのか知らないけど。あの人甘いものばっかり食べてるからスイーツ系の匂いしそうだよね。
なんて若干変態みたいなことを考えていたら、昨日の夜みたく肩に頭をグリグリと押し付けられる。なんか犬みたいだなぁ。ワンコ系男子ってやつ?私は断然猫派だけど、犬も好きだよ!一個下の恵くんの玉犬も可愛いんだよねぇ。今度彼が高専に来た時にお願いして触らせてもらおうかな。
思考を遥か彼方に飛ばしつつ、しばらくの間棘くんに抱き着いていると、コンコン、と少し控えめなノック音が響く。あれ、誰か来た?
「おーい、いるかー?」
「あれ、真希ちゃん?」
「俺と憂太もいるぞ」
「どしたの?」
扉を開けて対応しようにも棘くんが離してくれないので、そのまま扉越しに話をする。
「真希がお前の部屋気になるって言うから」
「違う、パンダが言ってた」
「二人とも言ってたよ」
「「憂太ァ!」」
「あはは…入ってどーぞ」
棘くんに見られた後だしもういっか。たぶん真希ちゃん達も引いたりしないだろうし。五条先生にだけは絶対見られたくないけど。
「おう、邪魔すんぞー……って本当に邪魔だったか?」
「お楽しみ中だったか」
「パンダくん言い方…」
「棘くんが離してくれなくて…」
そう言って棘くんの背中を優しく叩くも動く気配無し。マジか。なんでだ。
「それにしても思ってたより綺麗だな。趣味全開とか言うからもっとごちゃごちゃしてるのかと思ってた」
「掃除したからね…。朝までは机の上とかすごい散らかってたよ、ペンとかそのままにしてたから」
いつでも絵が描けるようにシャーペンと消しゴム、あと清書用のボールペンや色鉛筆はそのまま机の上に置いてるんだよね。今日は棘くんが来るということでさすがに片付けたけど。
「あぁ、お前確か絵描くんだっけか」
「昨日見せてもらった絵すごく上手かった!」
「乙骨くんめちゃくちゃ褒めてくれる…嬉しい…」
「棘の絵はともかくキャラの絵も描くんだろ?そっちなら見られても大丈夫じゃないか?」
「要するにパンダはそれが見たいんだな??」
「いぇす」
漫画やアニメキャラの方なら見られても大丈夫か。そう思い、パンダに机の横のカラーボックスに収納されているクリアホルダーに描いたイラストが入っていることを伝える。
しかし、ここで私は一番伝え忘れてはいけないことを忘れていた。そう、「薄紫色のホルダーは見ないでね」と。そしてパンダが手に取ってしまったのは、見られたら一番まずい薄紫色のクリアホルダー。棘くんイラストが大量に入っているやつである。
「パンダちょっと待ってそれはダメ!!!!!」
「ん?これ……」
声をかけるも時すでに遅く。パンダにクソデカ感情が込められた大量の棘くんイラスト(ある意味呪物)を見られた。