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「おい……瀬名……っ」
乱れたシーツを引きずるようにして、理人は身を起こした。裸の腰に腕が巻き付き、気だるげに引き寄せられる。
カーテンの隙間から漏れ出る光が朝方であることを告げていた。
瀬名はまだ寝ぼけているのか、焦点の合わない瞳でぼんやりとした表情を浮かべたまま身を乗り出して理人の膝に頭を乗せて来た。柔らかい髪が膝を擽り理人は眉をしかめる。
「たく、もう朝だぞ」
「ん、あと10分……」
膝に擦り寄り、頭を置くのに丁度いい場所を探す仕草が擽ったくて、瀬名の髪を優しく撫でながら理人は呆れたようにため息を漏らした。今日が仕事でなければいくらでも甘やかしてやれるのだが、そうも言っていられない。
昨晩は結局、あれから何度も瀬名に求められ、互いに理性が飛ぶまで交じり合った。この体力は一体何処から湧いてくるのかと不思議になる程、萎えることを知らない瀬名のソレに付き合わされたのだ。
そして、いつの間にか気を失うように眠りに落ち、目が覚めたのがつい先程の事。瀬名は結局、自分の家にはまだ一度も戻ってはいない。
「全く……復帰早々遅刻する気か?」
理人が頭を軽く小突くと瀬名は渋々といった様子で身を起こし、ベッドの上に座り込む。
まだ眠いのか、しょぼしょぼと瞬きを繰り返し大きな欠伸をする姿はまるで大きな猫のようだ。
「全く、ヤり過ぎだ馬鹿! 腰が壊れるかと思ったんだぞ。仕事に支障が出たらお前のせいだからな!」
「理人さんが可愛すぎるからいけないんですよ。それに、約一月貴方に会えなかったんです。あれっぽちじゃ全然足りません」
瀬名はそう言うと理人を抱き寄せ、頬に手を添えたかと思えば口付けてきた。
「ん……っ、ふ……っ」
そのまま瀬名の手が尻を這い、理人は慌てて瀬名の肩を押し返す。
「ちょ、ちょっと待て。怖い事言うなこの絶倫がっ! 怪我がちゃんと治ってないんだろうが、少しは控えろっ」
「大丈夫ですよ、理人さんの愛で治りましたから」
「あ……愛、は? ふざけんな、んなわけねぇだろうが! 辛そうな顔してたくせに。俺が気付かないとでも思ったのか!?」
ムキになって反論すると瀬名はバツが悪そうに視線を逸らす。
「気付いてたんですか。上手く誤魔化せたと思ってたのに」
「たく、とにかく! 完治するまではもう、ダメだからな!」
「えぇ、また禁欲ですか~? 自分だって我慢できないくせに……」
不満げな瀬名の額にデコピンを食らわせ、小さくため息を吐くと、煙草に火を付けた。
「チッ、うるせぇな。何も禁欲しろなんて言ってねぇだろ。……でも、流石に少し控えろって言ってんだ」
また、女に走られたら堪らねぇからな。と独り言ちて紫煙を吹き出す。
「はは、まぁそうですよね。エッチな理人さんが禁欲なんて出来るわけないか」
「チッ、うるせぇ」
そう言って理人は乱暴に煙草を灰皿に押し潰すとベッドから降りてクローゼットへと向かう。そして新品のワイシャツを取り出すとそれを瀬名に投げて寄越した。
「え。これは?」
「今から自分の家に戻ってたら遅刻するだろうが……。この間、買ったらたまたま俺にはサイズが合わなかったんだ。それに、以前お前が置いていったスーツとジャケットが此処にあるから……」
「……へぇ、たまたま、ねぇ?」
瀬名はニヤリと笑みをこぼすと、手早く服を身に付けてベッドから降りた。
そして、理人の背後から抱きつくと、耳元に唇を寄せて囁いた。
――僕の為に、新しいのを買って来てくれてたんでしょう? その言葉に、理人はカッと顔を赤く染め、何も言わずぷいっとそっぽを向いた。
「いいから、はやく支度しろ。置いていくぞ」
「はいはい、ほんと素直じゃないなぁ。ベッドではあんなに素直なのに」
瀬名は楽しげに笑いながら寝室を出ると洗面所へと向かって行く。
「うるせぇ……」
そう言いながら理人は緩く息を吐き、部屋の隅に置いたままになっていた紙袋を見て小さくため息を吐いた。
あのクリスマスの夜、渡そうと思っていたプレゼントは。瀬名の血液と静かに降り注いでいた雨が沁み込んで、とても渡せる状態では無くなってしまっていた。
けれど、どうしても捨てることが出来ずにそのままの状態でひっそりとそこに眠っている。
渡すことはきっともう、無いのかもしれない。
それでも、瀬名が無事に帰って来て良かったと思う気持ちは本物で。
理人は微かに微笑むと瀬名を追うようにして部屋を出た。
瀬名が復帰してから一週間がすぎ、理人たちのいるAC 企画開発部にもようやく新たな日常が訪れつつあった。
朝倉の突然の辞令に一瞬部署内は騒然となったものの、元々目立つ人物でもなかった為か今では誰も気にする者は居ない。
「それにしても、北海道なんて随分と遠い所に飛ばされましたね、係長。僕、とうとう挨拶出来なかったなぁ」
昼の休憩中、ほぼ貸し切り状態の喫煙室で煙草を吹かしながら瀬名がポツリとそんな事を呟いた。途端、理人の眉が寄り眉間に深い皺が寄る。
「あんな奴に挨拶する必要なんてねぇだろ。お前は殺されかけたんだ」
「え? やだなぁ何言ってるんですか? 僕を轢いたのは真っ黒い車で、朝倉さん関係ないじゃないですか。サスペンスの見過ぎじゃないですか?」
「……」
きょとんとして不思議そうに首を傾げる瀬名を見て理人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると深い溜息を吐き出した。
そう言えば、瀬名には事件の真相を何も話していなかった。恐らく瀬名はあの事故が単なる轢き逃げだったと今でも思っているのだろう。
今更話した所で嫌な気分になるのは目に見えている。わざわざ蒸し返してまで話す必要もないかと思いなおし、理人は黙り込んだ。
「ねぇ、理人さん。今夜BLACK CATに行きません? 最近、顔出してないですし」
「別に、アイツらの顔なんて見ても面白くもなんもねぇだろ」
「でも、お見舞い貰っちゃったので……流石にこのままってわけにはいかないでしょう? それに、久しぶりに酔った理人さんも見てみたいし」
「物好きだな……お前」
呆れたように言うと瀬名はふふっと笑って唐突に唇を塞がれた。避ける暇も無かった。
理人は慌てて顔を引こうとしたもののそのまま瀬名の胸に引き寄せられて自由を奪われる。
瀬名が愛用しているフレグランスの香りが降り注ぐように落ちて来て、心臓がドキドキし始める。
「ばか、職場ではダメだといつも言っているだろうが……っ!」
「大丈夫ですよ、此処には僕たちしか居ませんから」
「……そう言う問題じゃねぇ!」
不意に、以前朝倉に見せ付けられたオフィスでの隠し撮りの存在を思い出した。もう二度と同じ轍は踏みたくないし、あんな風に軽蔑された目で見られたくない。
「っ、いい加減にしろ馬鹿っ!」
渾身の力で押し返し、ぎろりと睨み付けると瀬名は肩をすくめて「冗談ですよ」と笑う。
理人は小さくため息を吐くと吸いかけの煙草を灰皿に押し付け火を消した。
「てめぇの冗談は、冗談に聞こえねぇんだよ!」
「ちょっと、期待してたくせに?」
「……っアホか!」
耳元で甘い声で囁かれ、動揺を誤魔化す為に踵を上げると瀬名の靴先を狙って思い切り踏みしめた。
なのにそこに足は無く、逆に開いた足の間に瀬名の膝が割って入る。股間をグリッと押し上げられ、思わず声を上げそうになるのを堪えて、ギロリと瀬名を睨み付けた。
「……おい、やめろ」
「ふふ、怒ってる顔も結構そそられますね」
「クソが、変態!」
「えぇ、僕は貴方の全てが好きなので」
「……っ」
真っ直ぐに見つめられ、理人は言葉を失った。そんな理人を瀬名は嬉しそうに抱きしめてくる。
「理人さん……」
熱い吐息が首筋を撫で、理人は慌てて身を離すと瀬名の額を掌で叩いた。
「だからっ、ダメだって言ってんだろ! 何サカろうとしてるんだこの、バカ! いい加減人の話を聞けっ!」
「痛っ、理人さんの照れ屋さん」
怒ってはいるものの、理人が本気で嫌がっていないのを瀬名は見抜いているのだろう。口元は楽しげに弧を描いている。
「ふざけんな! ほら、てめぇのせいで休憩時間が終わっちまうじゃねぇか! さっさと行くぞ!」
理人は早口で捲し立てると逃げるようにして喫煙室を後にした。
その日の夜、理人は瀬名と共にいきつけのBARである『BLACK CAT』へと訪れていた。
店の扉を開けるとカランとベルが鳴り、中から店員である湊が爽やかな笑顔で出迎えてくれる。
「あ! 瀬名さんだ。退院してたんですね。良かった」
「うん、ごめんね心配かけて。もう大丈夫だから」
湊と瀬名はお互いに笑顔で握手を交わす。一見するとまるで男同士の友情のようだ。
理人は二人のやり取りをカウンター席に座って眺めながらカクテルを煽った。
「ほんっと良かったわ~生きてて。瀬名君が車に轢かれたって理人が泣きながら電話してくるから、びっくりして心臓止まるかと思ったんだから」
「ブホッ、おい、適当な事言ってんじゃねぇぞ! 泣いてねぇだろうが!」
いきなり横から飛んできた言葉に思わず咽せる。
「へぇ、そうだったんですか?」
瀬名は驚いたように目を丸くすると、ニヤリと笑みを浮かべて理人を見つめてきた。
「違うっつってんだろ、クソが」
悪態を吐きつつ視線を逸らすと、今度は反対側から腕が伸びてきて、頭をわし掴まれる。
「も~、素直じゃないんだからっ!」
ぐしゃぐしゃっと髪を掻きまわされて理人の眉間に深い皺が寄る。
「うるせぇよ。触るな、ウゼェ。あと俺は泣いてねぇからな、勘違いするな馬鹿」
乱暴にナオミの手を振り払うと理人は不機嫌そうな表情でグラスに残っていたアルコールを飲み干した。こうなることがわかっていたから、出来れば瀬名とは来たくなかったのに。
理人は大きく舌打ちを漏らすと乱暴にカウンターに突っ伏した。
「ったく、てめぇらはいつも俺をおちょくりやがって……」
ブツブツ文句を垂れていると、カランと扉が開く音がした。
「あれ? 鬼塚さんだ」
名を呼ばれ視線だけ向けると、そこには東雲の姿があった。相変わらず、チャラい格好をしている。そのすぐ後ろから、間宮がひょっこりと顔を出した。
「……あの人確か前に変な勘違いしてた人じゃ……」
瀬名が戸惑ったような声を出す。そう言えば、瀬名は間宮と会うのはあの日以来か。
「奇遇だな、鬼塚理人。今日は、恋人と一緒なのか?」
「……うっせぇな、なんでいちいち人の名前をフルネームで呼ぶんだ。幼稚園生かお前は!」
苛立ちを隠しもせずに理人は、チッと舌打ちすると起き上がって二人を見た。二人はよくつるんでいるのだろうか? そう言えば下の名前で呼ぶ仲だったような気がする。
他の奴らの人間関係なんてたいして興味は無かったが、何となく居心地が悪い。
しかも空いている席は沢山あるのに、当然のように理人の隣へと腰を下ろした。それに続くように東雲もカウンター席へと座る。
「まぁまぁ、そう言うな。クセみたいなものだから気にしないでくれ。そんな事より、そのイケメンな恋人君を紹介してくれないのか?」
瀬名を一瞥しにやりと笑う間宮を見て、理人の眉間の皺がさらに深くなった。
「面倒だから嫌だ」
きっぱりと言い放つと、フンと鼻を鳴らしそっぽを向く。けれど、理人の反応などお構いなしと言った様子で間宮は瀬名に歩み寄った。
そして、じっと瀬名の顔を見つめたかと思うと、不意にその手を取り指先に唇を押し当てる。
「以前は挨拶もせず、すまなかった。俺は間宮大吾だよろしく」
「は、はぁ……」
「チッ、おい、何時まで手を握ってやがるんだ! 離せっ」
瀬名が困惑した表情でいると、理人は舌打ちをして強引に二人の手を引き離した。
「なんだ、挨拶位いいだろ」
「よくねぇ! つか、普通にキモイわ!」
ついこの間、少しはやる奴だと思って感心していたのだが、それは錯覚だったようだ。やっぱりただの変人だったのかと理人は落胆のため息を零す。
瀬名は瀬名で、間宮が何を考えているのかさっぱり理解できないといった表情で、呆然と二人を交互に見ていた。
「あはは、鬼塚さんめっちゃ警戒してますねぇ、ウケる」
「うるせぇぞ、東雲」
ケラケラと笑い声を上げる東雲を睨み付けると、慌てたように肩を竦める。
「そうやってすぐ凄むの止めた方がいいですよ。初対面だとマジビビるんで」
「余計な世話だ。それよりアイツの手綱はちゃんと握っとけよ。お前のツレだろうが」
ジロリと睨み付けると、東雲は一瞬きょとんとした顔をして、それからまたおかしそうに笑みを零した。
「……なんだよ」
「いや、なんて言うか。鬼塚さんってホント瀬名さんの事大好きなんだなぁって思って」
「あ? 何言ってやがる」
「だって、前の鬼塚さんだったら、自分以外興味ないって感じだったのに、今じゃすっかり人間味溢れちゃって。なんか嬉しいです」
そう言って東雲はにこっと笑うと、そのままカウンター席を離れていった。
「……意味わかんねぇ」
理人はため息交じりに呟いて、スクリュードライバーを注文すると出て来た側からグイッと飲んだ。
その様子を隣で瀬名が苦笑しながら眺めている。
「理人さんって、そんなに冷たかったんですか?」
「それはもう! 誰も寄せ付けないって雰囲気出しまくりで。あぁ、でもお酒が入ると人が変わったようにエッチになるからそのギャップが堪らないんですよね」
「え? でも……お酒入ってなくても理人さんは……」
「おい瀬名てめぇ……それ以上何か言ったら殺す」
「理人さん、目が怖いですって。……誰にも言いませんよ、僕だけの秘密です」
瀬名はクスクスと小さく笑って、運ばれてきたカクテルに口を付けた。
ぞく、とするほど甘く低い声で言われ、理人の心臓がドキリと跳ねた。瀬名はそれを見逃さず、妖艶な笑みを浮かべて更に距離を詰めてくる。
その動きに嫌な予感を覚え、理人は慌てて身体を離した。
だが、瀬名は逃がさないと言わんばかりに、するりと腰を抱き寄せてきた。
「お、おいっ瀬名っ」
人目も憚らず密着してくる瀬名の腕を解こうとするが、意外と強い力で押さえつけられていて、振りほどけない。
「あらやだ、見せつけてくれるわね!」
ナオミが野太いキンキン声を上げながらニヤニヤとしているのが見えて、理人は慌てて肘で瀬名の身体を押すがやはりビクともしない。
それどころか益々引っ付いて来て、頬に瀬名の熱い吐息が掛かる。首筋に鼻先を埋めるようにされ、理人はゾワッと肌が粟立った。
「おい、瀬名。てめぇいい加減に――」
「ふふ、感じちゃった?」
「っ!ざけんな! 誰が……ッ」
「理人さん、可愛い」
理人が怒鳴っても瀬名は怯まず、むしろ嬉しそうに目を細めてキスしようとしてきた。
理人は瀬名をギロリと睨みつけると、渾身の力で鳩尾に拳を叩き込んだ。
ぐえっとカエルが潰れたような音がして、瀬名はその場に蹲る。
「うわー、容赦ないな鬼塚さん……これはからかいすぎ注意だな……」
「調子に乗り過ぎだ。馬鹿がっ」
「ハハッ、なるほど……鬼塚理人、なかなか面白い男だ。ますます気に入った」
「何をどう取ったらこれが面白いになるんだお前は」
一連の流れを見ていた間宮にグッジョブとばかりに親指を立てられ、理人はげんなりとしたため息を漏らす。
「コイツなんだろう? 朝倉が嗾けた相手にお前を庇ってひき殺されそうになった相手」
「……」
理人は沈黙した。別に隠し立てする必要はないのだが、何となく言いたくなかった。というより、何と言えばいいのか分からないのだ。
それを肯定と取ったのか間宮はふっと口元を緩めもう一度瀬名に視線を移した。
「冷酷無比だったアンタが人の為にあそこ迄怒れるなんて珍しいと思っていたんだ。だが、今のやり取りを見て確信した。人に愛されると人間は此処まで変われるんだな……」
感慨深げに間宮が言うと、理人はフンと鼻を鳴らした。
「……くだらねぇ。おい、瀬名行くぞ」
まだ腹を押さえて苦しそうにしている瀬名に声をかけると、会計を済ませて理人はそのまま店の外へと出て行ってしまう。
慌てて後を追ってくる瀬名と合流すると、徐に瀬名の手首を掴んで歩き出した。
「たく、どいつもこいつも……訳の分からねぇことばっかり言いやがって……」
ブツブツと文句を言いながら歩を進める理人を瀬名が後ろからそっと抱きしめる。
「理人さん……」
「……おい、てめぇ。ここ、外だぞ」
「わかってます、でも……一つ聞きたいことがあるんです」
「……なんだ」
「朝倉係長が、あの事故に関わっているって本当ですか?」
そう問われ、理人の肩がピクリと動く。 何をどう説明していいかわからず、そっと瀬名の腕を引き離すと僅かに距離を取った。
「あの場で、僕だけが知らない何かがあるように感じました。何を隠しているんですか」
真剣な眼差しで見つめられ、理人は暫く黙り込んでいたが、やがて諦めたように大きく息を吐き出した。
「……大したことじゃねぇ」
「そんなに、僕の事信用できませんか?」
「そういうわけじゃねぇよ」
「だったら、――」
理人の服の裾を掴み、瀬名は訴えるように理人の目を見つめた。けれど、理人はその手を払うと静かに首を横に振る。
今は、言えない――。
瀬名はそんな理人を見て、悲し気に眉を寄せ唇をきゅっと噛んで引き結んだ。
「言えないって……どう、して?」
「……瀬名。今日は自分のマンションに帰れ」
「えっ?」
瀬名は戸惑い、理人の腕を掴んだ。けれど、理人はそれに答えることなく踵を返すとそのまま歩き出す。
「ちょっ、待ってくださいよ! どうして急にそんな事を……」
理人は足を止めたが振り返ることはなく、ただ一言だけ告げた。
「悪いな、少し一人で考えたいことがあるんだ」
「それは……僕と一緒にいるのが嫌になったってことですか」
「……違う」
「じゃぁなんで」
問い詰めるような口調で瀬名が尋ねるが、理人はまた黙り込んでしまう。
瀬名もこれ以上は何も言わずに、ぎゅっと拳を握って俯いた。