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「――はぁ……」
あの日から約1週間。瀬名とは何となく気まずくてまともに話をしない日々が続いている。
理人はデスクに肘をつき掌に顎を乗せてため息をついた。このところずっとこんな調子だ。
(何やってんだよ俺は……)
いくら何でも酷い態度を取りすぎたと反省しているのだが、いざ声を掛けようと思ってもなんと話しかけていいのかがわからない。仕事上必要な事は普通に会話できるがそれ以外のプライベートなこととなると途端に言葉に詰まって上手く話せなくなってしまうのだ。
瀬名は怒っているのだろうか? いつも自分の周りを尻尾を振ってウロウロしている奴が、近づいてくる気配さえなくて理人は不安で堪らなかった。だが、謝ろうにもどう切り出していいかわからず、理人はまた大きな溜息を吐いた。
「鬼塚部長、最近機嫌悪くね?」
「溜息ばっかりついて、何か難しい案件でも抱えてるんだろうか?」
そんなうわさ話ばかりが耳に届いて余計に苛々が募る。
「部長、ちょっといいかな」
そこへ、片桐がひょいっと顔を覗かせてきた。
「……えぇ、構いませんが」
「これ、この間の報告書だけど……確認してもらえるかい?」
片桐が書類を差し出してきて、理人は渋々とそれを受け取って目を通す。
課長が戻って来てからというもの、自分の負担はグッと減った。
つい、きつい口調になってしまう自分と他の社員との間で緩衝材の役目も担ってくれているために、以前より随分とコミュニケーションは取りやすくなったと思う。
つい、凄んでしまってビビらせることも偶にはあるが、その度にフォローを入れてくれるので助かっているし感謝していた。
「どうだい? おかしな所とか無いかな?」
「大丈夫です。よくまとまっていますし分かりやすいと思います」
率直な意見を述べると、片桐は一瞬驚いたように目を見開いた後、柔和な笑顔を理人に向ける。
「片桐課長。……課長は、奥様と喧嘩などされますか?」
「ん? なんだい、突然」
「あ、いえ。何でもないんです」
無意識のうちに口走っていた。一体何を聞いているんだと自分で自分が恥ずかしくなる。
理人は誤魔化すように苦笑いを浮かべたが、片桐は何かを察したように目を細めて笑みを深めた。
そして、徐に理人の肩に手を置くとポンッと叩く。
「そうだね、私の場合は喧嘩というより一方的に叱られる事が多いかな」
「……は?」
予想外の答えに理人は思わず間の抜けた返事をしてしまった。
「私の妻は厳しい人でね。家では頭があがらないんだ。それに、最近は娘にもよく怒られてしまってね。謝ってばかりだよ」
「そう、なんですか。すみません、おかしなことを聞いてしまって」
「いや、大丈夫。それより……瀬名君と喧嘩でもしたのかい?」
「っ!」
不意に図星を突かれ、理人は動揺して手に持っていたファイルを落としてしまった。バサバサと資料が床に落ちていく。
「やっぱりそうなんだね」
落ちた紙束を集めてくれながら、片桐が可笑しそうに笑う。
「あ、いや……」
何と答えていいかわからずにいると、それを察したのか片桐がふっと笑みを零した。
「ここじゃなんだし、少し休憩がてら話をしようか」
会社近くのカフェに入り、コーヒーを注文する。
店内は適度なざわめきに包まれていて心地よいBGMも流れているので、話をするには丁度良かった。
「それで、何かあったのかい?」
「大したことでは無いんですが……。少し、突き放したような言い方をしてしまって」
理人がぽつりぽつりと話し始めると、片桐は真剣な表情で耳を傾けていた。
「その、上手く言葉で説明できなくて。このままではいけないとわかってはいるんですが……」
普段から言いたいことはハッキリと言う方なので余計に戸惑ってしまう。どうして良いか分からずにいると、暫く黙って聞いていた片桐は、口元に手を当て何かを考える素振りを見せた。
やがて考えをまとめたらしく、「うん」と言って顔を上げる。
「つまり君は、瀬名君に余計な心配をかけたくない。だから何も言えなかったけど、瀬名君に誤解されてしまったかもしれない……って事だよね?」
「まぁ、そういう事になりますね……」
改めて言葉にされるとかなり情けない気がするが、今はそんな事を言っている場合ではない。
「うーん、上手く言えないけど案外、後ろから抱き着いてみたら解決するかもよ」
「抱きつ…て、は?」
一体何を言ってるのかと理人は唖然としてしまう。けれど、片桐は至って真面目な様子で続けた。
「言葉にするのが難しいなら行動に移すしかないよ。瀬名君ってキミの事大好きだろう? きっと喜んでくれるんじゃないかなぁ」
ニコニコと楽しげに語る片桐を見て、理人は脱力して椅子の背もたれに深く体を預けた。この人は、自分たちの関係を何処まで知っているのだろう?
自分から敢えて話をしたことは無いし、職場内では上司と部下の関係を保つように努力している。
男同士のトラブルのアドバイスに、抱き着けとは……。
「大丈夫。きっと上手くいくさ。入院中、散々鬼塚君への惚気を聞かされてきた僕が言うから間違いないよ」
「……アイツ……」
入院中に一体どんな話を片桐に吹き込んだんだ! 理人は思わず眉間にシワを寄せて額を押さえた。
だが、行動に移すかどうかは別として、言葉で難しいのなら行動で示すしかないと言うのは確かに一理あるような気がした。
「わかりました。考えてみます」
理人が決意を固めると、片桐は満足げに笑って「頑張れ」とエールを送ってくれた。
片桐にアドバイスを貰ったものの、理人は頭を悩ませていた。
いくら何でも、いきなり抱きつくのは流石に変だ。
素面の状態じゃなくても、抱き着くなんて行為は中々にハードルが高い。
かと言って泥酔した状態で真面目な話が出来るはずもないし。
一体どうしたらいいのだろうかと無意識のうちに瀬名を睨んでしまっていたようで、周りからは瀬名が何かやらかしたのではないかと噂され、更に苛々を募らせる結果となってしまった。
だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「……理ひ……、鬼塚部長何か僕に用ですか?」
流石に痺れを切らしたのか、瀬名が仕事の合間を縫って理人の席へとやって来た。理人は小さく深呼吸して瀬名の顔を見る。
期待と不安の入り混じったような瞳がジッとこちらを見下ろしていて理人はグッと言葉に詰まった。
どう切り出せばいいか迷っていると、瀬名はわざとらしく大きなため息を吐いて肩を竦めて見せる。
「用が無いんなら別にいいです。それじゃ……」
瀬名はくるりと踵を返して自分のデスクへと戻ろうとする。だめだ、このままでは結局何も変わらないじゃないか。
そう思った理人は咄嗟に手を伸ばし、瀬名のスーツの裾をクンと引っ張った。
「……順を追って説明したい。……だから今夜、私の家に……来い」
意を決して発した言葉はどんどん小さくなっていき最後の方は蚊の鳴くようなか細いものにしかならなかった。
それでも、瀬名の耳には届いたようで、
「たくもぅ……。やっとですか……」
瀬名は小さくそう呟くと、何か言いたげに口を二、三度開きかけたが言葉には出さず無言でコクっと首を縦に振った。
就業間際、理人はそわそわと落ち着かない気持ちでデスクの上を片付けていた。
家に戻ったらまずは何処から話そうか――瀬名はどう受け止めるだろう。
あの事件のことを、一体どこから説明すればいいのか。
いつかは話さなくてはと思いながら、結局今日まで先延ばしにしてしまった。
胸糞の悪い現実をわざわざ瀬名に背負わせる必要はない。
だが、もし今後、他人の口から真実を知らされたとしたら……「自分だけが知らなかった」という事実は、瀬名を深く傷付けるに違いない。
(……どうするべきだ)
答えは出ない。ため息ばかりが増えて、書類を片付ける手は何度も止まった。
その時、廊下からドタドタと慌ただしい足音が響いた。
「みんな! ビックニュースだ!」
血相を変えた若手社員がフロアに飛び込んできた。
一斉に注がれる視線と、瞬く間に広がるざわめき。
「おい、うるせぇぞ。まだ業務時間だ。静かに出来ねぇのか」
睨んだつもりはなかったが、若手はひゅっと息を呑んで萎縮する。
それでも興奮を抑えきれず、声を張り上げた。
「す、すみません! でも、岩隈専務が――次期副社長候補に決まったって!」
「……専務が?」
「は、はい。なんでも……先日の朝倉係長の一件は、警察まで動く大事件だったみたいで。その悪事を暴いたのが岩隈専務だって。社長から直々に評価されて、次期副社長候補に選ばれたそうです!」
「……そう、か」
朝倉の件を岩隈に報告したのは正月明けだった。
社長に話が上がるまでの過程で、どこかの時点で事実が歪められ、全て岩隈の采配として処理されたのだろう。
理人には、その構図が即座に理解できた。
次の瞬間、オフィスは一気にざわめきに包まれる。
「マジかよ……」
「やっぱ違うなぁ、岩隈専務……」
「そういや、この間の中嶋達の不正を暴いたのも専務じゃなかったか?」
「見た目は怖ぇけど、会社の為に動いてくれてたんだな」
「なんか急に株が上がってないか?」
「俺も実は密かに尊敬してる」
「実は俺も……」
「俺も!」
「だよな! やっぱ岩隈専務は凄いよな~!」
あちこちから感嘆と羨望の声が飛び交い、フロア全体が一種の熱気に包まれていく。
まるで英雄が誕生したかのような空気。
理人はペンを指先で弄びながら、そのざわめくフロアを一瞥した。
(……くだらねぇ)
――朝倉の不正を暴いたのは岩隈じゃない。
あの日が来るまで、どれだけの綱渡りを繰り返したか。
片桐や瀬名の事件を関連付けるために夜中まで証拠を洗い出し、当日は聞きたくもないあの男のくだらない妄言を延々と聞かされ続けた。
警察と秘密裏に協力体制を組み、命を張って動いていたのは自分たちだ。ここにいる誰一人、その事実を知らない。
それでも、成果は全て「岩隈専務の采配」として美談に書き換えられる。
今までもそうだったし、これからもそうなのだろう。
(昇進に興味があるわけじゃねぇ……別にいい。……いいはずなんだが)
結局、そんな苦痛に耐えたにも関わらず――最後まであの男の口から、瀬名に対する謝罪の言葉が一度も聞かれなかった。
それだけが、理人にはどうしても腹立たしく、悔しくて仕方がない。
口の中に残る苦みを舌で押し潰すようにして、理人は視線を逸らした。
「……納得いきません」
ざわめきがしばらく続いた後、ふと背後から声が飛んだ。振り返ると、東雲が真っ直ぐこちらを見据えていた。
普段は軽薄そうな笑みを浮かべている男が、今は一切笑っていない。
「部長、全部あの人の手柄って……おかしいですよね」
理人は面倒くさそうに眉間を揉み、ため息をつく。
「くだらねぇ。どうでもいいだろうが」
「どうでもよくないですよ!」
珍しく声を荒げた東雲に、周囲が驚いて振り返る。
慌てて理人は立ち上がり、低い声で言った。
「……チッ、少し落ち着け。ここじゃ目立つ。……話すなら外でだ。いいな?」
「……っ、すみません」
東雲はようやく冷静さを取り戻したようで、静かに頷いた。
その様子を瀬名が黙って見ていた。
眉間に皺を寄せ、不満げに唇を引き結んで。
(……また、俺だけ置いてきぼりですか)
そう言わんばかりの視線が一瞬、理人を責めるように揺れる。
けれど理人は気付かないふりをして資料をまとめ上げた。
「今日はもう上がるぞ。東雲、あとで連絡する」
淡々と告げるその背中を、瀬名はなおも追いかけた。
「僕は……お邪魔みたいなので、今日はやめときますね」
小さく吐き出されたその言葉に、理人の足が止まる。
短い沈黙の後、振り返らずに低く言った。
「……いや。お前にも関わることだ。一緒に来い」
瀬名はわずかに目を見開き、次いで諦めたように苦笑する。
「いいんですか?」
「いいも悪いも、順を追って説明するつったろうが! 嫌なのか?」
「……っ! まさか! 嫌なわけないです!」
「ならさっさとついてこい」
「……はいっ!」
まるで大型犬がしっぽを振っているような満面の笑みが視界の端に入る。
理人は再び溜息をつきながらジャケットを羽織った。
(……まるでデカい犬だな)
そう内心で悪態をつきながらも、理人の口元は僅かに緩んでいた。
理人邸に到着すると、東雲はエントランスからすでに目を丸くしていた。
「……うわ、なんすかここ。モデルルーム? ていうか高級ホテルか何かですか?」
玄関に足を踏み入れるなり、靴を脱ぐのも忘れてキョロキョロと見回す。
間接照明の柔らかな光に、広々としたリビング。窓の向こうに広がる夜景に「やば……」と小声で呟く様子は、まるで修学旅行の中学生のようだった。
「……落ち着け。靴くらい、揃えろ。ガキかお前は」
「す、すんません」
そんな二人のやり取りを横目に、瀬名はすっかり慣れた様子でスーツのジャケットをコートハンガーに掛けると、迷いなくキッチンへ足を向ける。
「理人さん、コーヒーでいいですか?」
「……ああ」
ごく当たり前のようにカップを取り出し、ドリップを準備し始める。
手慣れた動作に、東雲は呆気に取られた顔をした。
「えっ、えっ、なに? 彼氏ムーブすごくない? てか……え? 瀬名君って、しょっちゅう来てる感じですか?」
「別に、そういうわけじゃ……」
と否定しかけた理人より早く、瀬名がにっこりと笑って答える。
「はい。何度もお邪魔してますから」
さらりと、しかも自慢げに言ってのける。
東雲はニヤニヤと理人の顔色を覗き込み、「あー、図星っすねぇ」とでも言いたげな表情を浮かべていた。
理人は思わず眉間を揉みながらため息をついた。
「……余計なこと言うな、馬鹿」
「ふふ。事実を言っただけですよ」
東雲は二人のやり取りを目を白黒させて眺めていたが、やがて諦めたように肩を落とし、
「はぁ~。瀬名君すげぇっすね。鬼塚さん、絶対に私生活は見せないって有名なのに」
とぽつり呟いた。
「えっ? そう、なんですか?」
瀬名が意外そうな顔で理人を見ると、理人は「んなもんどうだっていいだろ」とふてくされたようにソファに座る。
その様子にまたしても東雲は唖然とした表情を浮かべ、感心したようにはぁ~と、ため息をついた。
「瀬名さんって、やっぱ鬼塚さんのお気に入りなんですねぇ」
「おい、余計な事言うなつったろうがっ!」
怒ったような口調だが、ふいと逸らした目元が微かに赤らんでしまうのはどうしようもない。
「ふふっ、それで……? ちゃんと説明してくれるんですよね?」
向かい合って座るや否や、瀬名は早速とばかりに口を開く。
だが、実際こうやって対峙すると、何処から話していいものか迷ってしまう。しばらく悩んで、先に今回の事件のきっかけになった出来事から話すことにした。
「瀬名。お前、少し前にホテル近くで岩隈専務と朝倉の娘が逢引してたのを覚えてるか?」
「逢引? あぁ、ホテルに入ろうと思ったらお預け食らったアレですよね? 覚えてるに決まってるじゃないですか……まぁ、お陰で思いがけずこの部屋にお呼ばれしちゃったんですが」
「へぇ、あの後そんなことが……ふぅん?」
「コホンっ。そういうのは要らねぇから! 大事なのはそこじゃねぇ。今回、朝倉が俺を狙ったのは、その時の証拠を俺が持っていると知ってたからだ。アイツは俺に部長職を降りろと脅してきた。だから返り討ちにしてやった。その結果がアレだ――」
今思い出しても腹が立つ。あの男があそこまでクズだと最初から見抜けていれば瀬名がケガをする必要なんてなかったはずだ。 自分の見る目のなさには呆れてものが言えない。
「そう、だったんですか……。でも、それってたまたまあの場に居合わせただけですよね? それに、証拠なんてあの時写真なんて撮ってなかったじゃないですか。随分危ないハッタリを……」
瀬名の声音は戸惑いと不安が入り混じっていた。
理人は短くため息を吐き、口を開きかけて――
「それは……」
そこで、不意に東雲が口を挟んだ。
「それはですねぇ。俺から説明しますよ」
「おい、東雲っ」
理人の声が低くなる。制するような、苛立つような響き。
だが東雲はひるまず、むしろ普段の軽口を封じた真顔で二人を見据えていた。
「いいじゃないですか。今更隠す必要もないでしょう?」
ふざけた笑みも茶化しもない。真っ直ぐ射抜くような視線に、瀬名は思わず息を呑む。
リビングに漂っていた柔らかな空気が、一瞬で張り詰めたものに変わった。
理人は困ったように眉をひそめ、ソファの肘掛けを軽く指で叩いた。
その沈黙を、東雲が肩を竦めながら破る。
「……正直、俺も部外者のくせに突っ込むのは気が引けるんですけどね。でも、瀬名さんには知っといてもらった方がいいと思うんで」
「部長はね、会社で不正を働く連中を裏で炙り出してるんですよ。朝倉の時に限らず、今までも何件も。もちろん表向きは全部“岩隈専務の采配”ってことになってますけど、実際に動いてるのは部長です」
「……余計なことを」
理人は低く吐き捨てたが、否定はしなかった。
「で、別件を追ってた時に偶然、岩隈専務と朝倉氏の娘が同じホテルに入っていったんです。僕は専務に恩も義理もありませんから、何かの役に立つと思って写真を撮ってました」
「なるほど……だからあの時……」
理人は渋々頷き、短く吐き出す。
「……秘密裏に進めてた仕事だ。お前に話していいのか迷って、結局言えなかった」
瀬名は息を詰め、困ったように眉を下げる。
「水臭いな……。話してくれてもよかったのに」
「悪い。お前を巻き込むつもりはなかった。それに……どう説明したらいいかもわからなくて」
理人の声音に、隠していたというより“抱え込んでしまった”苦しさが滲んでいた。
瀬名の表情から険しさが消え、小さく首を横に振る。そしてしばらく見つめた後、苦しげに声を絞り出した。
「……僕は、怒ってるんですよ」
理人の眉がぴくりと動く。
「貴方が裏で何か大きなことをしてるのは、なんとなく感じてました。でも……どうして全部一人で抱えるんですか。僕だって、守られてばかりじゃなくて役に立ちたいのに」
「瀬名……」
「僕ってそんなに頼りないですか? 片棒くらい担げないんですか?」
「いや……そういうわけじゃ」
「僕だって力になりたいんです! 今回、たまたま早く戻れたから助かったけど、もし間に合わなかったら……理人さんと何も話せないまま会えなくなってたかもしれない。そんなの、嫌です」
俯いた瀬名は拳を握りしめ、肩を震わせる。
「理人さんは……僕のこと信じてないんですか?」
その声は責めるようでいて、語尾がわずかに揺れていた。
理人は胸を締め付けられるように感じ、堪えきれず立ち上がる。ソファに座る瀬名の隣に腰を下ろし、その頭を撫でて抱き寄せた。
「……悪かった」
低く掠れた声は震えていた。普段の理人とは別人のようだ。
「信じてないわけじゃねぇ。むしろ、信じすぎてる。お前はきっと自分を犠牲にしてでも俺を助ける。……それが怖ぇんだ。もしお前に何かあったらって考えると、ぞっとする」
震える腕に抱かれながら、瀬名もまた必死に訴える。
「そんなの僕だって同じです。理人さんが全部背負いこんでどこかへ行ってしまう方がよっぽど怖い。僕の知らないところで守られても嬉しくない。理人さんが僕を守りたいように、僕だって理人さんを守りたいんです。だから……もう隠し事はしないでください」
「……あぁ」
素直に頷くと、瀬名の体から力が抜け、額を理人の胸に預けてきた。理人はその重みを受け止め、背中に腕を回して強く抱きしめる。
しばし互いの温もりに浸っていたが――
「えーっと、お取り込み中すみません」
「っ!」
突如割り込んだ声に、瀬名が肩を跳ねさせる。
「俺の存在、忘れてません?」
東雲は気まずそうに笑いつつ、目はキラキラ輝いている。
「……今見たことは全部忘れろ」
理人が睨みを利かせると、東雲は慌てて両手を振った。
「大丈夫ですって! 誰にも言いませんから! ……いやぁ、今日の鬼塚さん、マジ尊い。動画にしたら絶対バズりますよ」
「取り合えず……殴っていいか?」
「冗談ですってば!」
場の空気が一瞬だけ緩んだが、すぐに東雲の顔から笑みが消える。
「……でも本題ですよ。岩隈専務の件。やっぱ納得いきません!」
「チッ。……それは俺も同意見だが、社長の判断だ」
「でも! 俺も鬼塚さんも正月返上で働いたじゃないですか! 何も知らない専務が横取りして、いいとこ取りなんて……!」
唇を噛む東雲に、理人は面倒くさそうに頭を掻き、深くため息を吐いた。
「出世や昇給なんざどうでもいい。ただ……あいつが裏でやってることを黙認するのは、虫唾が走る」
「でしょう!? 大体、あの親父が娘と援交なんてしてなきゃ今回の事件も起きなかったのに! 自分の悪事は隠して、一人だけ美味しいとこ取るなんて許せませんよ!」
「……まぁ待て。取りあえず今は様子見だ」
カチリ、とライターの音が響く。
揺れる炎に火を移し、煙草の先が赤く灯る。
理人は紫煙を吐き出し、低く言い放った。
東雲は身振り手振りで熱を込める。
「俺、やっぱ納得できませんよ! 鬼塚さんが命懸けでやったことを、全部あの人の采配だって書き換えられるなんて! そんなのおかしいじゃないですか!」
理人は鬱陶しげに頭を掻きながら、ふっと息を吐いた。
「だから言ったろ。くだらねぇって」
「くだらなくないですよ!」
東雲の声が思わず張り上がる。
「正月も返上して、何度も徹夜して、俺だって一緒に……! それを何も知らない専務がさらっていくなんて……俺、絶対許せません!」
感情のままに言い募る東雲に、瀬名もまた唇を噛んだ。
「……僕も、嫌です。理人さんがやったことでしょう? それなのになんで……」
二人の視線を受け、理人はしばし黙っていた。
やがて煙草をくわえ、カチリとライターを鳴らす。
小さな炎が揺れ、紫煙がふわりと漂う。
「……俺だって、面白くはねぇよ。アイツが裏でどんな汚ぇことやってるか、全部知ってる。なのに表向きは“采配の名人”だ」
低く吐き捨てるように言い、煙をくゆらせた。
「だがな――今ここで俺がいくら騒いだところで、何かが変わるとは思えねぇ。一人や二人が声を上げたくらいでアイツにはノーダメージだ。……今は時期が悪すぎる」
「でも……」
「でも、じゃねぇ。それが現実なんだよ」
凍りついたような声音に、東雲は思わず息を呑む。
瀬名もまた、胸の奥を冷たいものが走るのを感じていた。
しかし次の瞬間、理人は吐き出した煙を眺めながら、ほんの少しだけ口元を歪める。
「――ただな。このまま黙ってやり過ごすつもりもねぇ。今はその時じゃないだけだ」
紫煙の向こう、目元にかすかな光が宿る。
「だから東雲……いつでも出番が来るように、提出書類はきっちり揃えとけ」
「……わかりました」
東雲はまだ納得いかないと言わんばかりの表情をしていたが、やがて渋々と頷いた。
玄関のドアが閉まる音がして、部屋に静寂が戻った。
ついさっきまで賑やかに喚いていた東雲の気配が消えると、途端にリビングはやけに広く感じられる。
「……ふぅ。やっと帰ったか」
理人がソファに深く腰を下ろし、煙草を灰皿に押し付ける。
瀬名は少し緊張を残したまま、隣に腰を下ろした。
「東雲さん、本当に賑やかですね」
「アイツはああいう奴だ」
理人は短く答え、腕を組んだまま視線を逸らす。
けれどその横顔はどこか疲れて見えた。
瀬名は小さく息を吸い込み、恐る恐る言葉を重ねる。
「……でも、僕は少し安心しました」
「安心?」
理人が怪訝そうに眉を寄せる。
「はい。やっぱり理人さんは、一人で全部抱え込もうとする人だから……。でも、東雲さんみたいに一緒に動いてくれる人がいるんだってわかって。僕も……その中に入れてほしいって思いました」
一瞬の沈黙。
理人は目を閉じ、深く溜息を吐いた。
「……お前は本当に、面倒なことを言う」
「だめ、ですか?」
「……ダメなわけ、ねぇだろ」
それでも――その声音には先ほどの鋭さはなく、どこか諦めにも似た柔らかさが混じっていた。
「それにしても……まさかあの事件がこんなヘビーな話だったなんて想像してませんでしたよ」
腕が伸びて来て、苦笑しながらそっと髪を撫でられた。どちらかともなく視線が絡み、触れるだけのキスが唇に落ちる。
触れるだけのキスだけではなんだか物足りなくて、理人は瀬名の顎を掴むともう一度唇を塞いだ。
柔らかく温かい感触を確かめる様に、ゆっくりと角度を変えて啄み顎を掴んで舌先を滑り込ませる。
「ん……、ちょ、理人さん……っどうしたんですか? 今日はずいぶんと積極的じゃないですか」
「……うるせぇ」
抗議の声を上げる瀬名を黙らせようと、更に深くキスをする。歯列をなぞるように舐め上げ、逃げるように奥に引っ込められた瀬名の舌先を捕まえて絡め取る。
「ん、んぅ……はぁ……」
息継ぎの合間に漏れる声が理人の情欲を煽った。もっと欲しいと言わんばかりに、理人は瀬名の腰を強く引き寄せると貪るような激しいキスを繰り返した。
「は、んん――は、ぁ……。っとに……あまり煽ったら駄目ですってば」
「……ハハ、キスだけでガチガチじゃねぇか。やっぱ若いな」
後ろから手を伸ばし瀬名の股間に触れると、既にそこはズボン越しでも分かる程に硬く張り詰めていた。
理人は楽しげに喉で笑いながら、瀬名のベルトを外してスラックスの前を寛げ下着の中へと手を滑り込ませる。
「わ、ちょ……何処触ってるんですかっ」
「いいじゃねぇか、触るくらい。もう何度も見てるだろうが」
掌に感じた熱く脈打つ陰茎の硬さに、思わずゴクリと喉が鳴る。そのまま緩々と手を動かし扱いてやると、瀬名は焦ったような声で理人の腕を掴んだ。
「だ、だから、そう言う問題じゃないですってば!」
「なんだ、見られたくない理由でもあるのか?」
構わず指を動かして鈴口を撫でてやると、瀬名は小さく喘いで身体を捩った。
カリの部分を引っ掻くようにして刺激してやれば、先端からはじわじわと先走りが溢れ出し竿を伝っていく。
瀬名の口からは熱い吐息が洩れ、耳元で響く甘い声に、自分の下腹部が疼くのを感じる。
「はぁ……理人さん……、だめ……です」
「何がダメなんだ?」
「だって、一週間ぶりだし……煽られたら我慢できなくなる」
「我慢なんてする必要ねぇだろ」
情欲に濡れた瞳で見つめられ、ごくりと喉が鳴った。理人は瀬名の前に回りこむと、瀬名の上に跨って膝立ちになり、自らシャツのボタンを一つ一つ外していく。
露わになっていく肌に瀬名の視線が注がれているのがわかり、理人の体温が上がった。
瀬名を挑発するように、理人はわざとらしく見せつけるように瀬名の手を自分の胸へと導くと、胸の突起を摘まませる。
「ん……っ、ここ、好きだろ? ほら……触ってみろよ」
ごくりと喉を鳴らす音が聞こえ、親指と人差し指できゅっと摘まんでは引っ張り、押し潰すように捏ね回されて甘い疼きが全身を駆け巡る。
「理人さんのばか……エロ親父」
瀬名は誘われるがまま理人を押し倒し、両手を押さえつけて噛みつくように乳首にしゃぶりついた。
「あっ、ん……っまぁ、否定はしねぇ……っ」
ちゅうっと強く吸い付かれ、理人がびくりと身体を跳ねさせる。瀬名は空いている方の手でもう片方の胸を揉みしだき、時折、ピンと勃ち上がった胸の突起を爪で弾いた。
「は、あ……あ、ン……ふ、ぁ……」
両方の胸を同時に責められ、ゾクゾクとした快感が背中を駆け抜けていく。瀬名は片方の手を解放すると、するすると脇腹を辿り臍の周りをくるりと円を描くように弄り、徐々に下半身の方へ下ろしていった。
そして、太腿の付け根辺りまで来ると内腿の柔らかい部分を何度も往復し、肝心な部分には触れずに際どいところを何度も掠める。
「ハハッ、やっぱ淫乱だな。触って欲しくて指に腰押し付けて来て、全然触ってないのにパンツの中グッチョグチョじゃないですか……もしかして、乳首舐められただけで軽くイっちゃった?」
「うるせ……っ、言うな馬鹿っ」
瀬名は意地の悪い笑みを浮かべて理人を見上げると、理人は羞恥に顔を赤く染めて手の甲で顔を隠した。
「あれ? 図星だったんですか? 可愛いですね理人さん」
瀬名はクスリと笑って理人の下着に手をかけると、そのまま一気に引き摺り下ろす。
「うあ……っ」
「もうこんなにして……本当にいやらしい身体」
瀬名はそう言ってニヤッと口角を上げると、理人の先端から零れる先走りを掬い取りそのまま後孔に塗り付けた。
「ん……っ」
「久々なのに随分と柔らかそうだけど……もしかして自分でシました? それとも、僕意外と寝たりしたの?」
二本の指で入り口を広げるように動かされ、理人はビクビクと身体を震わせる。
「あ、あ……っんなわけ、ねぇだろうが……ッ」
「じゃぁ、どうしてココ、もうトロトロになってるの?」
「知らねぇ……ッ」
わかっているくせに敢えて言わせようとする。こういう時の瀬名は非常に性格が悪い。
「ね、教えて下さいよ」
ただ、いつも翻弄されてばかりなのは何となく悔しくて、理人ははぁ、と息を吐くと髪を掻き上げほんの少し体を起こして瀬名の手を取り自分の指を絡めた。
「チッ、性格悪い……おい、瀬名」
「……なんですか?」
「このまま何も聞かずに俺と朝まで熱い夜を過ごすか、教えてやる代わりに今夜は何もしないか……好きな方を選べ」
選ばせてやるよと、言いながら繋いだ指先を口元に持っていき口に咥えた。
「……ッ」
舌を指に絡ませながら見つめると瀬名が息を飲む気配を感じて満足気に笑う。
「ぐ……そ、そんな事言って……理人さんだってこのままじゃ辛いでしょ?」
「俺か? あぁ、それなら心配はいらん。お前の手を想像しながらイけるからな……」
「~~ッぼ、僕の手……」
理人はそう言うと絡めた瀬名の手にちゅっと音を立ててキスをした。
「あーも~、ズルい……そんな事言われて我慢できるわけないでしょ」
ガバッと覆いかぶさって来る瀬名に理人は勝ち誇ったような表情を見せた。
「ほんっと性格悪いですよっ!」
「それはお互い様だ馬鹿……」
クスっと笑って瀬名の背中に腕を回す。
「早く……お前と一つになりたい……」
「明日、動けなくなっても知りませんからね」
「望むところだ」
挑発的な笑みを見せると、瀬名の喉がごくりと鳴った。
(あ”-腰が痛てぇ……)
気怠い身体をベッドに横たえ、ぐったりとして枕に顔を埋める。ひやりとした感触が心地よく、思わず頬を擦り寄せた。
「理人さん大丈夫ですか?」
「……無理だ。今日は一歩も動けん……」
「だから言ったじゃないですか……」
ベッドに腰掛けて、そっと頭を撫でながら瀬名が呆れたように呟く。
「……まさかあんなに激しくされるなんて思ってなかったんだよ」
「理人さんが煽るからでしょ」
「俺は煽ったつもりはないぞ。ただ、ちょっと挑発してやっただけだ」
「それが煽ってるって言うんですよ」
瀬名はそう言って苦笑いを浮かべると、理人にチュッとキスを落とした。
あの後、何度も何度も互いを貪り、気を失うように眠って、目が覚めたらまた……という感じで結局明け方近くまで瀬名と抱き合っていた。流石にこれ以上は体力的に厳しいと理人がギブアップ宣言をして今に至る。
「ったく、若い奴はこれだから困る」
「何おやじ臭い事言ってるんですか。理人さんがエロ過ぎるのがいけないんですってば……」
瀬名は理人の隣に身を滑り込ませると、理人の肩を抱き寄せるようにして引き寄せてきた。肩口に唇が当たってくすぐったい。
「理人さんの匂い……落ち着く」
「……なんだそりゃ」
「良い匂いって意味ですよ」
瀬名はそう言うと、すり寄るように理人の首筋に鼻を押し付けて来た。まるで大型犬がじゃれついてくるような仕草に、思わず理人の口から笑いが漏れる。
「ふはっ、くすぐったいっつの」
「理人さんの身体、凄く綺麗ですよね。肌は白くてスベスベだし、細いのに筋肉はしっかりついてて、腹筋なんて凄いバッキバキに割れてるくせに腰はキュって締まってて」
「ん……っ」
瀬名の手がするりと脇腹を撫でてくる。その動きに思わず息が洩れ、瀬名は理人の顔を見ると悪戯っぽく微笑んだ。
「あれ? もしかして、感じちゃいました?」
瀬名の問いに素直に答えるのは恥ずかしくて、黙れという意味を込めて思い切り睨みつけてやる。けれど、瀬名は楽しげな様子で更に身体を密着させてきて、脇腹から手を滑らせると胸の突起に触れた。
昨晩散々弄られたそこは未だにジンと熱を持っていて、軽く触れられただけで甘い疼きを感じる。
「馬鹿言うな、辞めろっ」
「辞めていいんですか? 本当はもっとして欲しいんじゃないの? 乳首硬くなってる」
「……っ、やめろってば……ッ」
「ほら、こうやって摘まんでグリグリされると気持ちいいんでしょう? こうされるの好きですもんね?」
親指と人差し指できゅっと摘ままれて、そのままクリクリと捏ねられる。同時にもう片方は舌先で転がすように舐められて、甘い痺れに身体の奥底で燻っていた火が再び燃え上がった。
「ん……っ、ぁ、んんっ」
「ほら、やっぱり。理人さんここ舐められたり吸われたりするの好きですよね? すっごいビクビクしてる」
情欲に濡れた瞳がジッと理人を見つめながら、突起を甘噛みしてくる。
「う、るせ……っ」
「声、抑えなくていいのに」
「誰がっ、んん……っ」
必死に堪えているのに、瀬名はわざとらしく音をたてて吸い付いてくる。
「はぁ……理人さん可愛い。ねぇ、理人さん。僕、ずっと考えてた事があるんですけど…」
こういう時の瀬名は大抵ロクな事を言わない。嫌な予感がして思わず眉間に深い皺が寄った。
「な、なんだよ……」
馬鹿な事を言ったら速攻で頭を叩いてやる。そう、思っていたのに、瀬名の口から飛び出したのは想像もしていなかった言葉で――。
「僕達、そろそろ一緒に住みませんか?」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できずに思わず間の抜けた声が洩れた。
「僕、理人さんと一緒に暮らしたいです」
「……」
瀬名は真剣な眼差しで理人を見下ろしていて、冗談を言っているわけではない事がわかる。
だが、今こんな状況でそれを言うセンスはいただけない。
「チッ……」
「えぇ、何で舌打ちするんですか!」
まさか舌打ちされるとは思っていなかったのだろう、ショックを隠し切れない様子の瀬名を理人はじっと見つめ返し、気怠げに身体を起こした。
「……おい、そこの棚の下から二段目に黒い箱が置いてあるから、それを取ってくれ」
「えー、いやですよ。そんな事より僕の話を聞いて下さい」
「腰が痛くて動けねぇんだよ。話は後で聞いてやる」
「……はぁ、わかりました」
瀬名は不服そうな表情を浮かべつつも渋々ベッドから下りると、指定された棚を漁り小さな箱を探し出すと理人の元へと戻って来た。
「これで合ってます?」
「あぁ、問題ない」
理人は瀬名から受け取った小さめの箱を開けると中に入っていたものを取り出した。
「それは……?」
「見れば分かるだろ。家のスマートキーだ」
理人が取り出したのはシンプルな形をしたリモコン型の鍵だった。
「え……じゃあこれってもしかして……」
「本当は、もっとムードのある時に渡したかったんだがな……どうせ部屋も余っているし構わんだろ」
自分の指輪を撫でながら、視線を逸らし小さく息を吐く。
正直、随分前から同棲の件は考えてはいた。タイミングを見て渡そうと思ってはいたのだが、まさかベッドの上でしかも互いに半裸の状態で渡すことになるなんて考えてもみなかった。
「理人さん……」
「い、いらないなら返せよ! 俺だって色々と計画してたんだ……ッ」
照れ隠しに思わず語気が荒くなる。思わずそっぽを向いてしまった理人は強い力で抱き締められ腕の中でたじろいだ。
「要りますよ、もちろん……断るなんて選択肢あるわけないじゃないですか」
「……そうかよ」
鍵を胸に抱きしめるようにして笑う瀬名を見て、理人はとうとう何も言えなくなった。
(……チッ、ほんっと大型犬みてぇな奴だ)
「ね、理人さん……」
「んだよ」
「嬉しすぎて、もう一回したくなっちゃいました」
「……は? バカかてめぇ!」
結局その後、理人の腰が悲鳴を上げるまで瀬名は離してくれなかった。