テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#一次創作
眠狂四郎
590
麗太
593
Cafe Latteベース隊長
48
第223話 変わった現実
【現実世界・仮設保護施設/朝】
一晩が過ぎた。
学園から戻った生徒たちは、全員がすぐに自宅へ帰れたわけではなかった。
けがの確認。
事情聴取。
身元確認。
精神状態の確認。
それらが終わった者から、順番に家族との面会が許された。
大きな部屋には、長机と椅子が並んでいる。
壁際には毛布が積まれ、入口には警察官が立っていた。
そこに、家族が一人ずつ通されてくる。
「カナ!」
名前を呼ばれた森下カナは、一瞬だけ反応が遅れた。
自分の名前。
昨日まで、何度も声に出して守ってきた名前。
それを母親に呼ばれて、ようやく現実に戻った気がした。
「お母さん……」
次の瞬間、カナは母親に抱きしめられていた。
「よかった」
「本当によかった」
「生きててくれて、よかった」
母親の声が震えている。
カナは最初、何も言えなかった。
ただ、母親の服を握った。
その感触は現実だった。
柔らかくて、暖かい。
けれど、胸の奥に小さな違和感が残る。
戻ってきた。
確かに戻ってきた。
なのに、部屋の蛍光灯の明かりが少しだけ遠く見える。
窓の外の道路が、少しだけ細く見える。
母親の声が、一瞬だけ水の中から聞こえるように感じる。
「カナ?」
母親が顔を覗き込む。
カナは慌てて首を振った。
「大丈夫」
「大丈夫だよ」
そう言いながら、カナは自分の手を見た。
そこに、異世界でついた小さな傷が残っている。
現実に戻ったのに、全部が元通りではない。
それを、カナは初めて知った。
◆ ◆ ◆
【現実世界・別室/朝】
藤井タクトは、父親と向かい合って座っていた。
父親は何度も、同じことを聞いた。
「痛いところはないか」
「うん」
「怖かったか」
「うん」
「何か覚えてるか」
タクトは、少し黙った。
覚えている。
体育館の床。
名前を呼ぶ声。
校庭を殴ったはずなのに、体育館が揺れたこと。
自分の名前が、一瞬だけ別の名前に変わりそうになったこと。
だが、それをどう説明すればいいのか分からない。
「覚えてるけど……」
タクトは言った。
「説明できない」
父親は何かを言おうとして、やめた。
代わりに、小さく頷く。
「今は、それでいい」
タクトはテレビを見る。
部屋の隅に置かれたテレビでは、朝のニュースが流れていた。
画面には、帰還した学園の遠景。
規制線。
警察車両。
報道陣。
そして、駅周辺で撮影されたという黒い人影の映像。
アナウンサーの声が聞こえる。
『昨日帰還が確認された学園について、
関係当局は、生徒および教職員の保護を最優先に進めています』
画面が切り替わる。
駅のホーム。
白いシートで覆われた一角。
その近くに立つ警察官。
『また、駅周辺で続いていた異常現象についても、
人の形をした影の目撃件数は減少しているものの、
完全には収束していないということです』
タクトは思わず呟いた。
「減ったんだ」
父親が聞く。
「何が?」
「影」
タクトは画面を見たまま答える。
「前より、少なくなったんだって」
ニュースは続く。
『警察や関係機関は、強い光を用いた誘導、複数人での名前確認、
単独行動の制限など、影への対処法を各地の現場へ共有しています』
タクトは、膝の上で拳を握った。
名前確認。
それは、自分たちが体育館でずっとやっていたことだった。
あの場所で必死にやっていたことが、今はニュースの中で「対策」として語られている。
そのことが、少しだけ不思議で、少しだけ怖かった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/校庭・朝】
ハレル、サキ、リオは、まだ学園の敷地内にいた。
事情聴取が続いているため、三人は外へ出ることを許されていない。
ただし、校庭の一角に設けられたテントで、少しだけ休む時間を与えられていた。
サキはスマホを見ていた。
reは、まだそこにいる。
昨日よりも光は弱い。
けれど、消えてはいない。
「昨日は、ずっと動いてたのに」
サキが呟く。
ハレルはその画面を見る。
「今日は静かだな」
「うん」
サキは頷いた。
「疲れてるのかな」
「光が疲れるのか?」
「分からないけど」
二人の会話を聞いていたリオは、別のスマホ画面を見つめていた。
クロスワールドゲート。
黒い画面。
接続できません、の文字。
何度押しても同じだった。
ハレルが言う。
「リオ、やめろ」
「分かってる」
「今押しても開かない」
「分かってるって言ってるだろ」
声が少し荒くなった。
サキが顔を上げる。
リオは自分でもそれに気づき、唇を噛んだ。
「悪い」
ハレルは首を振る。
「焦るのは分かる」
「分かるじゃない」
リオは低く言った。
「姉さんは、まだ向こうにいる」
言葉が途切れる。
ユナ。
一ノ瀬ユナ。
クロスゲート・テクノロジーズで働いていた姉。
クロスワールドゲートの開発に関わり、そして境界実験に巻き込まれた人。
リオにとって、あのアプリはただのゲームでも、ただの事件の道具でもない。
姉を奪ったものだった。
「ノノとは繋がるんだよね」
サキが聞く。
リオは頷いた。
「細くはな」
ハレルはイヤーカフに触れる。
「でも、転移できるほどじゃない」
三人の間に沈黙が落ちた。
その時、校庭の外で報道陣の声が少しだけ聞こえた。
「オルタリンクタワーへの捜査は――」
ハレルは顔を上げた。
オルタリンクタワー。
クロスゲート・テクノロジーズ社のデータセンターであり、研究タワー。
父・匠が調べていた場所。
何度も、事件の裏側に名前が出てきたあの場所。
少し離れたテントの中で、テレビがついていた。
画面には、ガラス張りの高層ビルが映っている。
オルタリンクタワー
その下に、赤いテロップが流れていた。
クロスゲート・テクノロジーズ社 上層部への捜査を本格化
リオの目が細くなる。
「……やっと、そこまで来たのか」
ハレルも画面を見つめた。
世間がクロスゲート社の名前を知らなかったわけではない。
クロスワールドゲートを作り、運営していた会社として、ずっと疑われていた。
だが今、ニュースが報じているのは、もっと奥の話だった。
誰が本当の運営をしていたのか。
誰が人体実験を許したのか。
誰が、現実と異世界を繋ぐ門を作ったのか。
◆ ◆ ◆
【現実世界・報道番組/同時刻】
画面には、オルタリンクタワーの入口が映っていた。
周囲には規制線が張られ、警察車両が並んでいる。
黒いスーツの捜査員たちが、段ボール箱を運び出している。
アナウンサーが読み上げる。
『クロスワールドゲートを開発・運営していたクロスゲート・テクノロジーズ社について、
警察は本日、オルタリンクタワー内の関連フロアへの捜索を行っています』
画面が切り替わる。
顔を隠した元社員らしき人物が、音声を変えられて証言している。
『クロスワールドゲート自体は、社内でも知られていました』
『ただ、私たちが関わっていたのは、表向きのゲーム部分や通信基盤です』
『人が本当に消えるとか、異世界に繋がるとか、そんな話は聞かされていません』
別の証言。
『一部のエンジニアの名前は知っています』
『優秀なエンジニアでした』
『でも、ある時期から、開発の中枢に関わる人たちの情報が社内でも見えなくなりました』
さらに別の証言。
『上層部の一部しか知らないプロジェクトがありました』
『幹部三人が関わっていた、という噂はありました』
『でも、その三人が何をしていたのか、普通の社員は知りません』
アナウンサーの声が重くなる。
『警察は、同社の通常業務に関わっていた社員の多くは、
転移現象や人体実験の実態を知らなかった可能性があると見ています』
『一方で、上層部の一部がクロスワールドゲートの実態を把握し、
意図的に運用していた疑いがあるとして、関係者の所在確認を急いでいます』
画面の下には、赤いテロップが流れていた。
「クロスワールドゲート 表の運営と裏の実験」
◆ ◆ ◆
【現実世界・旧学園跡地周辺/仮設指揮所・朝】
同じニュースを、仮設指揮所でも見ていた。
佐伯は、画面から目をそらせなかった。
村瀬も黙っている。
日下部は白いコアの数値を見ながらも、耳だけはテレビの音を拾っていた。
木崎が低く言う。
「ずいぶん踏み込んできたな」
城ヶ峰は答えない。
佐伯が小さく言った。
「普通の社員は知らなかった……か」
村瀬は唇を噛む。
「知らなかった人もいたと思います」
「でも、何も見なかったことにしていた人もいる」
日下部は、画面を見ないまま言った。
「俺たちも、全部を知っていたわけじゃない」
その声は硬かった。
佐伯、村瀬、日下部。
三人とも、クロスゲート社に関わり、境界実験に巻き込まれた。
意識を抜かれ、コアにされ、器と切り離された。
戻ってきた今も、その事実は消えない。
木崎は、そんな三人を見てから、城ヶ峰へ視線を移した。
「で、あんたはこの捜査本部に入ってんのか」
城ヶ峰は短く答える。
「正式には入っていない」
「正式には、ね」
「だが、無関係ではない」
木崎は鼻で笑った。
「便利な立場だな」
「便利ではない」
城ヶ峰はテレビを見たまま言う。
「面倒なだけだ」
画面には、またオルタリンクタワーが映っている。
ガラスの壁。
高い塔。
その地下にあるはずの、観測層とデータ層。
日下部が、端末に目を落とした。
「白いコアが反応しています」
佐伯が振り向く。
「ニュースに?」
「違います」
日下部は首を振る。
「オルタリンクタワーの映像が出た瞬間、反応が上がりました」
村瀬の顔が強張る。
「塔に反応した?」
日下部は頷く。
「たぶん」
「白いコアは、あのタワーを覚えている」
木崎は嫌そうに呟いた。
「厄介なものばっかり、繋がってやがる」
城ヶ峰は静かに言った。
「記録しろ」
「クロスゲート、オルタリンクタワー、白いコア」
「この三つは同じ線上にある」
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/校庭・朝】
ハレルはニュース画面を見つめていた。
クロスゲート社。
オルタリンクタワー。
クロスワールドゲート。
幹部三人。
営業停止。
捜査。
知らない情報ではない。
だが、世間のニュースとして流れると、まるで自分たちの戦いが別のものに変わったように感じた。
リオが低く言う。
「姉さんは、あそこで働いていた」
ハレルは頷く。
「ああ」
「日下部さんも、佐伯さんも、村瀬さんも」
リオの声が震える。
「みんな、あそこに関わっていた」
サキはスマホを握りしめる。
reが、画面の中で小さく揺れた。
ニュース画面にオルタリンクタワーが映るたびに、その光がわずかに震える。
「reが反応してる」
サキが言う。
ハレルは画面を覗き込んだ。
reはクロスワールドゲートのアイコンではなく、
テレビに映るタワーの輪郭へ向かうように、小さく揺れている。
「塔に?」
「たぶん」
その時、背後から声がした。
「今は近づくな」
城ヶ峰だった。
三人が振り返る。
城ヶ峰は、疲れた顔をしていた。
だが、目は鋭い。
「オルタリンクタワーには、正式な捜査が入っている」
「君たちが直接動く場所ではない」
リオが一歩前に出る。
「でも、あそこに姉さんを戻せる手がかりがあるなら――」
「あるだろうな」
城ヶ峰は、あえて否定しなかった。
「だが、それだけ危険も大きい」
ハレルが聞く。
「幹部三人、ですか」
城ヶ峰は少しだけ目を細めた。
「表に出ている名前は、まだ一部だ」
「それに、三人全員が現実側の人間とは限らない」
サキが息を呑む。
リオも表情を変えた。
「異世界側の人間が、会社の幹部にいたってことか」
城ヶ峰はすぐには答えなかった。
「可能性の話だ」
「ただし、クロスワールドゲートは、現実側の技術だけで作れるものではない」
その言葉に、ハレルは父のことを思い出した。
雲賀匠。
父は、クロスゲート社を調べていた。
そして、行方不明になった。
「父さんは……」
ハレルは呟く。
「どこまで知ってたんだ」
城ヶ峰は、少しだけ声を落とした。
「君の父親は、クロスゲート社の内部にある別の構造を追っていた」
「クロスワールドゲートというアプリだけではない」
「その奥にある、門そのものを」
ハレルはスマホを見る。
接続できません。
閉じた門。
だが、閉じているから安全だとは限らない。
サキのスマホで、reがまた小さく揺れた。
まるで、まだ何かが近づいていると知らせるように。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
Cは、現実世界のニュースを見ていた。
クロスゲート・テクノロジーズ。
オルタリンクタワー。
クロスワールドゲート。
幹部三人。
捜査。
人間たちは、名前をつける。
事件にも。
会社にも。
責任にも。
Cはそれを静かに見ていた。
ジャバの声がする。
「騒いでるな」
「はい」
「面倒じゃねえのか」
「いいえ」
Cは答えた。
「騒ぎは、門を呼びます」
ジャバは意味が分からないというように笑った。
「また変なこと言いやがる」
Cは、現実世界に残ったいくつものスマホ端末を見た。
クロスワールドゲートの残骸。
消えたはずの起動記録。
使われなくなった転移画面。
閉じた門。
Cの声が、静かに沈む。
「閉じた門ほど、人は開きたがります」
画面の一つに、リオのスマホが映る。
接続できません。
その文字を見つめるリオの目。
焦り。
怒り。
願い。
Cは言った。
「彼は、開けたい」
別の画面に、ハレルのスマホ。
サキのスマホ。
reの小さな光。
Cは、少しだけ沈黙した。
「では、門を戻しましょう」
◆ ◆ ◆
戻ってきた現実は、以前の現実ではなかった。
生徒たちは家族に会えた。
教師たちは点呼を続けた。
影は減った。
けれど、まだ消えてはいない。
ニュースは、学園を映し、駅を映し、オルタリンクタワーを映していた。
クロスゲート・テクノロジーズ社は、もう隠れられない。
だが、会社のすべてが真実を知っていたわけではない。
知っていた者は、もっと奥にいる。
クロスワールドゲートは、閉じている。
ハレルたちは、そう思っていた。
だが、深層ではCが見ている。
閉じた門。
開きたい者。
戻りたい者。
迎えに行きたい者。
そして、次に起きるのは、門の再起動だった。
コメント
1件
読み終えました……🤍🥀 「戻ってきたのに、全部が元通りじゃない」——その感覚、すごく胸に刺さりました。カナの違和感、タクトの「説明できない」って言葉、リオの焦り。それぞれの帰還の重さが違ってて、一人ひとりの視点で書かれてるのが丁寧で好きです。Cの「閉じた門ほど人は開きたがる」って台詞も、なんかゾッとしました。次、どうなるんだろう……静かに待ってます🌙