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sideM
ぴんぽーん、とインターホンが鳴った。
こんな時間に誰だろう。
今日は若井は彼女と出かけるって言っていたし、宅配を頼んだ覚えもない。
ーーじゃあ、誰だ。
頭に浮かんだのは一人だけだった。
涼ちゃん。
クラスメイト。
ただそれだけの関係のはずなのに、なぜか時々、俺に声をかけてくる人。
でも、どうして家まで?
胸の奥がざわつく。
怖い。
理由がわからない。
俺はドアを開けず、代わりにドアスコープを覗いた。
そこにいたのは、やっぱり涼ちゃんだった。
少し長めの金髪。中性的な顔立ち。
ドア越しでも伝わる、柔らかくて曖昧な雰囲気。
ーーそのはずなのに。
「ねぇ、僕、知ってるよ」
突然、涼ちゃんが話し始めた。
「きみが一人で泣いてること」
心臓が跳ねた。
「夜、ひとりでさ。誰にも見せない顔してるよね」
どうして知ってる?
「無理しなくていいよ。僕、ここにいるから」
優しい声のはずなのに、どこか歪んで聞こえる。
視界が一瞬、ざらついた。
古いマンションだからだろう。
そう思い込もうとしたけど――違う気がした。
「もっと泣いていいよ。全部、受け止めるから」
涼ちゃんは笑っていた。
優しく。
でも、どこか怖く。
俺は一歩も動けなかった。
⸻
sideR
最近、元貴の様子がおかしい。
学校にも来ない。
連絡も返ってこない。
理由は、なんとなくわかっていた。
――僕も同じだったから。
だから、放っておけなかった。
ドアの前に立つ。
何度目かも分からない。
「元貴」
返事はない。
それでも、声をかける。
「一人で抱えなくていいよ」
ドアの向こうに届いているかは分からない。
それでも――
「僕は、ここにいるから」
⸻
sideM
またインターホンが鳴った。
わかっている。
涼ちゃんだ。
ドアスコープを覗く。
「ねぇ、僕、知ってるよ」
まただ。
「きみが苦しんでること」
言葉が、前よりも優しくなっている気がした。
「つらいときは、弱くていいんだよ」
――心地いい。
「僕は、それでも好きだよ」
その瞬間、涼ちゃんの目が歪んだ。
色が滲んで、形が崩れる。
視界がノイズに覆われる。
頭の中に、いくつもの涼ちゃんが現れた。
優しい涼ちゃん。
怖い涼ちゃん。
どこか悲しそうな、いつもの涼ちゃん。
混ざり合って、わからなくなる。
「ねぇ」
声が重なる。
「僕に頼って?」
「一人じゃないって言ってよ」
「助けたいんだ」
ノイズが強くなる。
頭が割れそうだ。
――違う。
これは、涼ちゃんじゃない。
俺の中の何かが、歪ませている。
孤独。恐怖。逃げたい気持ち。
それが形を持って、目の前にいるだけだ。
ノイズの中で、ひとつだけ。
はっきりした顔が見えた。
心配そうに、こちらを見ている涼ちゃん。
――本当の。
⸻
sideR
「元貴」
もう一度、声をかける。
「聞こえてる?」
沈黙。
それでも続ける。
「大丈夫。無理しなくていい」
ドアに手を当てる。
「でも、もし少しでも動けるなら」
深呼吸して、言った。
「――開けて」
⸻
sideM
俺は、ずっと安全な場所にいた。
ドアの向こうを、ただ見ているだけの場所。
でも、それじゃ何も変わらない。
手が震える。
怖い。
それでも――
俺は、ドアノブに手をかけた。
ゆっくり回して、開ける。
そこにいたのは。
いつも通りの涼ちゃんだった。
少しだけ安心したような顔で、立っている。
俺は何も言えずに、ただ近づいて。
抱きしめた。
「……ありがとう」
声が、やっと出た。
人は一人では生きられない。
それを認めるのは、少し怖いけど。
それでも。
誰かがそばにいるだけで、前に進めることもある。
これからどうなるかなんて、わからない。
でも――
もう、ドアの向こうに閉じこもることはない。