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sideM
朝の光が、やけにまぶしかった。
カーテンの隙間から差し込むそれに目を細めながら、俺はぼんやりと天井を見ていた。
――昨日のことは、夢じゃない。
玄関の方に視線を向ける。
あのドアは、ちゃんと開いたままだった。
そして。
「……起きた?」
声がした。
振り向くと、涼ちゃんが台所のあたりに立っていた。
ペットボトルの水を片手に、少しぎこちない笑顔。
「勝手に上がって、ごめんね」
現実だ。
ちゃんと、ここにいる。
「いや……いい」
声がかすれていた。
少し沈黙が落ちる。
昨日は勢いで抱きしめてしまったけど、改めて向き合うと、何を話せばいいのかわからない。
涼ちゃんも同じなのか、目をそらした。
「……学校、最近来てなかったよね」
「……うん」
短い返事。
それだけで、胸の奥が少しだけ痛む。
でも、不思議と逃げ出したくはならなかった。
「無理に行かなくていいと思う」
涼ちゃんが続ける。
「でも、一人で全部抱えなくてもいい」
その言葉に、少しだけ昨日の“声”を思い出した。
あの歪んだ、甘い声。
一瞬、視界がざらつく。
「……元貴?」
「っ、いや、大丈夫」
違う。
今、目の前にいるのは。
ちゃんとした涼ちゃんだ。
ノイズなんて、ない。
「……昨日さ」
俺はゆっくり口を開いた。
「変なこと、見えてた」
涼ちゃんは驚いた顔をしたけど、否定はしなかった。
ただ、静かに聞いている。
「涼ちゃんが、いっぱい出てきてさ」
言葉を探しながら続ける。
「優しいのとか、怖いのとか……」
少し笑ってしまう。
「都合いいことばっか言うやつもいた」
涼ちゃんが、ほんの少しだけ眉を下げた。
「……そっか」
それだけ言って、少し考えるように目を伏せる。
「それ、多分」
ゆっくり顔を上げた。
「元貴の中の声だよ」
まっすぐな視線。
逃げ場がないくらい、まっすぐで。
「助けてほしい気持ちとか、怖い気持ちとか」
「……うん」
「全部、混ざってる」
否定できなかった。
だって、たしかにそうだったから。
「でもさ」
涼ちゃんは少しだけ笑った。
「本物の僕は、一人しかいないよ」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「だから」
一歩、近づいてきた。
「見間違えないで」
その距離に、少しだけ緊張する。
でも、怖くはない。
「……うん」
小さく頷いた。
⸻
sideR
元貴の部屋は、思ったより普通だった。
少し散らかっているけど、生活の跡はちゃんとある。
それが少し安心できた。
完全に閉じてしまっているわけじゃない。
まだ、戻ってこれる場所にいる。
「変なもの、見えてたって言ってたね」
俺はさりげなく聞いた。
元貴は少しだけ戸惑ってから、頷く。
無理に深掘りはしない。
でも、放ってもおかない。
その距離感を間違えたくなかった。
「……また来てもいい?」
少しだけ勇気を出して聞く。
元貴は一瞬驚いた顔をして。
それから。
「……うん」
ちゃんと答えてくれた。
それだけで十分だった。
⸻
sideM
夕方。
涼ちゃんは帰る準備をしていた。
「じゃあ、また来るね」
当たり前みたいに言う。
その言葉が、少し嬉しい。
「……あのさ」
気づいたら、呼び止めていた。
「名前、呼んでもいい?」
涼ちゃんが振り返る。
少しだけ驚いて、それから笑った。
「いいよ」
昨日、言われた言葉がよぎる。
名前を呼べば、来てくれる。
あれは幻だったのかもしれない。
でも――
「……涼架」
口に出すと、不思議と現実感が増した。
「また来て」
涼ちゃんは、はっきりと頷いた。
「うん、行くよ」
ドアが閉まる。
静かになる部屋。
でも、昨日とは違う。
完全な孤独じゃない。
ふと、ドアスコープを覗く。
もう誰もいない。
――なのに。
ほんの一瞬だけ。
視界が、かすかに揺れた気がした。
でも。
今度は、怖くなかった。
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