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「あの!」
弾んだ声。華奢な身体に、綺麗なドレス姿。
下ろした黒髪をなびかせ、エリカが近づく。
両手を胸の前で組み、祈りを捧げるような仕草でクロードの前に立った。
「私、エリカと言います! 以前、クロード様に助けていただいたことがあって」
「エリカ、よせ……!」
リオネルが止めに入った。
「その男は危険だ。……本物の英雄クロードであるかも定かではない」
彼はエリカの肩に手をかけ、連れ戻そうとする。
彼女は、フルフルと首を横に振って答えた。
「心配しないで、リオネル。大丈夫、彼は本物よ。本物の英雄クロードだわ」
言って、キラキラと輝く瞳をクロードに向ける。
「私、助けてもらった日からずっと、彼に憧れていたんだもの。見間違えるはずないわ」
「しかし……」
リオネルが渋い表情を浮かべる。
彼を見て、エリカがクスリと笑った。
「リオネルったら、ひょっとしてヤキモチを焼いているの?」
「や……、違う、私はただ……」
「不安にさせたならごめんなさい。だけど、クロード様への思いはただの憧れだから、リオネルが気にすることないわ」
そう言って、彼女はまた、クロードを上目遣いで見つめる。
「私はただ、クロード様がお怪我をされていないかと心配で。……だって、先程一人でドラゴンを倒してくださったでしょう?」
皆の視線がクロードを向く。
だが、当然、彼に怪我の様子は見当たらない。
(一撃で倒したじゃない。怪我なんてするわけない。……見ていて分かったでしょう?)
レジーナは胸の内で毒づく。
エリカの眉尻が悲しげに下がった。
「私、全然戦えなくて、みんなに助けてもらってばかりで……」
「そんなこと、気にする必要はない。エリカは私が守る」
「うん、ありがとう。……でも、私が足手まといなのは事実だから。せめて、私にできることは頑張ろうって思ってるの」
そう言って、エリカは両の手をクロードへ差し伸べた。
「クロード様も、どうか私に治癒をさせてください。私たちを守って傷つかれたのですから」
すがるような眼差し、伸ばされた手。
エリカの姿に、レジーナは顔を背けた。
例え治療目的であろうと、彼女がクロードに触れるのを見たくない。
ドロドロとした感情。
押し殺したレジーナの隣で、クロードは静かに首を横に振った。
「……必要ない」
「まぁ、クロード様! そんなこと仰らないで。せめて、怪我がないか、確認だけでもさせてくださいませ」
エリカが困ったように笑う。宙に浮いた手を所在なげに動かし、「どうか」と願った。
「怪我をされていても、ご自分では気づけないこともあります。一度、診せていただければ――」
「必要ない」
「そんな……」
エリカの表情が曇る。「傷ついた」と言わんばかりの姿。
憤ったリオネルが口を開こうとした。
それより先に、レジーナが口を挟む。
「本人が必要ないと言っているのだから、放っておけばいいでしょう?」
エリカはますます困ったような顔で、「ですが」と告げる。
「万が一ということがあります。それで、もし、クロード様の怪我が悪化するようなことばあれば……」
「その時はクロードの自業自得。あなたに関係ない」
切り捨てたレジーナに、エリカがビクリと身体を震わせる。目には涙。
リオネルが「レジーナ」と鋭い声を発した。
敵意に満ちた眼差しに、レジーナは思い出す。
――レジーナ、もう少し言い方というものがあるだろう?
ここ一年、リオネルに繰り返し言われた言葉。
レジーナは最後まで、彼の言葉に頷けなかった。
表面上穏やかに嗜める彼は、その胸の内でレジーナへの憎しみを滾らせていたから。
――最悪だ。エリカを泣かせるような女が婚約者だなんて……!
レジーナにだけ聞こえる声。
今のようにエリカが泣き出し、止めに入ったリオネルがレジーナを引き離す。
掴まれた腕、嗜める声、重なって聞こえる本音の怒り。
その「声」は、何度もレジーナを傷つけた。
消せない胸の痛みに棘が刺さる。
レジーナはグッと唇を噛んだ。エリカたちに背を向ける。
「……好きにするといいわ。出発の準備が整ったら呼んでちょうだい」
今更、リオネルに憎まれようと気にしない。
けれど、エリカの涙に、クロードがどんな反応をするか。
もし、レジーナを責めるようなことがあれば――
耐えられない。
レジーナは一人、その場を離れた。個室の一つに逃げ込む。扉を閉めようとした。が、閉まらない。
クロードが木の戸をしっかりと掴んでいた。そのまま、部屋に入り込む。
「……怪我、診てもらわなくて良かったの?」
レジーナが尋ねると、彼は黙って首を横に振った。その両手が伸ばされ、レジーナの右手を包み込む。
――治癒はあなたに掛けてもらった。
「そうだけど……。エリカの治癒の力は本物よ。私が見過ごした怪我だって見つけられるわ」
――必要ない。
「……なんで、そこまで拒むの」
彼にしてみれば、泣いて頼む相手を拒むのは苦痛だろうに。
レジーナはクロードを見上げる。
短くなった前髪の下から、青空のような瞳が覗く。
――泣かないで。
「……泣いてないわ」
――傷つかないで欲しい。守るから
「傷つくって、別に……」
――あなたを傷つけるもの、全てから守る。だから……
クロードの口が開く。
「泣かないで」
――泣かないで。
重なり合う声。彼の言葉と心が一致する。
(……泣いてないって、言ってるでしょう?)
だけど、ずっと泣きたかった。
だって、ずっと、リオネルの心に傷ついていたから。
勝手に心を読むのが悪い。盗み見た自分が悪い。
頭では理解していても、心が苦しく悲しかった。
レジーナは笑おうとした。
だけど失敗して、クロードを見上げる。
彼はレジーナとリオネルの関係なんて、何も知らない。
レジーナが何に傷ついたのかも分かっていない。
(悪いのは、私の方かもしれないのよ……?)
なのに、彼は、一方的にレジーナの味方であろうとする。
彼の心はずっと、「大丈夫だ」と繰り返していた。
その優しい響きに、レジーナは泣きそうになる。