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幸せとはなにか。生きる理由とはなにか。生きがいとはなにか。これらの一つでも知っておけば、人生はイージーになる気がする。なんでもいい、嫌な日々を忘れられたり、癒やされるもの。それが生きがいになったりする。
今回は僕の妹である華奈(かな)の人生をテーマに物語を進めていきます。(視点も妹でいきます)
私は水谷 華奈(みずたに かな)。保育園に行っていた頃は、ブロック遊びをしていて、キリンを作っているとブロックが足りなかった。ブロックが入っている箱を覗き込み、必要なブロックを探して取り出した。ふと箱のすぐとなり(作りかけのキリンをおいていた場所)を見ると年下の子(おそらく)が作りかけのキリンを分解し、自分のブロックに変えていたのだ。ショックだったが、言えるほどの勇気もなかったため、その日はそのまま放っておいた。それが何度も続き、自分の作品が壊されたことに悲しみ、また忘れて元気になる、を繰り返していた。保育園ではお昼寝の時間が一番キライだった。なぜなら遊びたりなかったから。お兄ちゃんもお昼寝だから、ちょっかいを出して遊んで、保育園の先生に怒られるのは日常茶飯事。保育園でお母さんと別れるのがいつも寂しくて泣いていた。遊びは相手がいれば楽しくて、テレビも面白かった。眠くなくてもお昼寝しなきゃなのは嫌だったけれど、おやつの時間は何のおやつなのかのワクワクがあって楽しかった。なんだかんだ言って、今のいい思い出だ。
幼稚園時代。遊ぶのが大好きで、砂遊びが好きだった。この頃は暑いのが嫌で、外に出るのも面倒くさいし、鬼ごっことかもあんまり楽しくなかった。砂遊びやおままごとを外でやるのが好きで、いつも友達と砂場で山を作ったり、泥団子を作ったり、砂で食べ物を作っておままごとをしたり、天気予報ごっこをしたり、幼稚園の室内でおままごとや絵を書いたりするのが好きだった。
ほぼ黒歴史のようなものだが、友達に誘われて幼稚園の園庭で遊びに行こうと上靴から靴に履き替えて園庭に走り出す。友達か、先生に言われて私が靴ではなく上靴のまま園庭に出ていたことに気がつく。私は履き替えたつもりだったが、自分のロッカー(?)で上靴を脱いでまた履いていたのかも知れない。このときは本当に恥ずかしかった。そのときはすぐに靴に履き替えて走り出し、恥ずかしさを周りに誤魔化していた。
幼稚園時代は好奇心旺盛だったり、真似るのが好きな時期だった。年長のころ、お兄ちゃんが子犬のビンゴを歌っているのに影響されて幼稚園で歌い、それに興味を持った友達も真似て歌って、本当はやる予定のなかった英語の授業をやることになったりした。
お兄ちゃんが大好きな時代で、いろんなことをお兄ちゃんから学んでいた。お兄ちゃんが両親と喧嘩して「バカ」と紙に書いてあるのを見てカタカナ二文字を書けるようになったり、英語の歌も、ほとんどの情報がお兄ちゃんんから仕入れていたものだった。
小学校時代。一年生は理不尽ないじめ(いいようによってはそう。からかわれたあたりが正当かも)にあった。一年生初めての体育で、リレーをやった。アンカーは私だった。私達のチームが負けたことである友達Mくんに「こいつのせいで負けた」と言われてショックを受けた。アンカーの責任ではないはずで、責める理由にもならないはずなのに。と当時はショックを受けていた。この一回の出来事を数年経っても常に覚えている。
二年生は彼氏ができた時代。そこまで特別な言葉ではないが「大好きだよ」的な言葉だけだった。そこから付き合い始めて、「友達や親友以上に仲良しな存在」くらいにしか思っていなかった。
ここからかなり省いて5年生の頃。2学期の終わり頃に自主的に演劇をすることになった。みんなが乗って、台本を私が作ってメンバー集めて、練習たくさんして、得意なことや好きなことを見つけたときだった。演劇が生きがいの一つでもある。
ここまではぼーっと同じことの繰り返しみたいな日々を過ごしていた。彼氏へのラブレターも、いっぱい渡してるけど生きがいってほどではなかった。変わったのは6年生。
6年生頃は中学校が離れてしまうという寂しさもありつつ、同じクラスになれて嬉しかった。6年も演劇活動をして楽しんでいた。その年は彼氏のいいところがめっちゃ見つかり、好きがあふれる学年だった。周りの友達からも「愛が重い」って言われるほど。3年生頃の結婚の約束は破棄されていないか心配で6年生の間に3回も確認した。3回ともOKだった。彼氏は紳士的で、外見も性格も行動もかっこよくて、空気が読めて、時に可愛く守ってあげたくなったり、優しくて、周りがよく見えていて、誰とでも仲良くできて、面白くて、落ち込んでいるときとか、ちょっと嫌なことがあった日も笑わせてくれるし、努力家だし、まるで心を読んでいるかのように以心伝心している。私が何を望んでいるのか、何を意図して話しているのかわかっているかのように。素直に意見が言えるし、リーダーシップもあって・・・おっと、話し始めると長くなるのでここまで。
とにかく簡単に言えば「彼氏は最高!」ってことです。彼氏への愛があふれるというか・・・。彼氏と一緒にいると楽しくって、幸せになって、私の生きる理由になった。「彼氏と今も将来も、一緒に幸せになったり、楽しむため」に生きる。理不尽に言われても、豆腐メンタルで傷ついても、自責の念に駆られたり、生きる意欲がなくなっても、彼氏の事を思い出してまた頑張る。彼氏がいなければ、今の私はいなかったと思います。彼氏との時間や家族の時間がかけがえのない時間で、生きる理由。
生きる理由が強ければ、頑張って生きれます。誰かのためにとか、責任を感じるのは辛いけど、誰かと一緒にいるため、とか愛している人と一緒にいるためなら頑張れる。失敗しても、彼氏は責めずにちょっと注意するくらいでおさめてくれたりする。私のテリトリーがわかっているかのような感じで、嬉しい配慮。大縄大会だって、誰一人責めずに応援したり慰めたりしてくれた。こういう一人ひとりの配慮が嬉しいんだよね。生きる理由があれば、それを失わないように頑張れる気がするんだ。
コメント
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わたしのはなしはないんですか〜〜〜〜〜