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夏目莉央
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131
くま🐻☁️
12
まさか、遊園地で遊んでいる間に、引っ越しを済ませていたなんて!
目の前の現実に、私の指から力が抜け、バッグが床に転がった。
「李人くんに、瞳子さんを守ると約束をしました」
彼の手が私の肩にかかる。
「それなら、一日でも早くそばに来るべきだと思ったんです」
そう言って、背後から抱きしめられた。
戸惑いながらも、私は回された腕にそっと指で触れる。
急な訪問は困ると言っておきながら、彼の温もりを知ってしまうと、嬉しいと思っている自分がいることに気づいた。
「使える家具は李人くんのを借ります。引っ越し業者に依頼したのは、身の回りの物ばかりです」
「そうなのね……」
李人がいなくなったばかりの部屋に、朝倉くんが暮らす。
そのことを想像すると、寂しさが少しだけ薄れていくような気がした。
(彼は私を愛している。でも……本当にそれだけ?)
やっぱり、彼の行動には疑問を感じてしまう。
今日突然引っ越してくるほどの行動力には、別の理由があるようにも思えた。
「朝倉くん……何を焦っているの?」
私の言葉に、彼が一瞬だけ呼吸を止めた。
触れ合う背中から、それがはっきりと伝わってくる。
「……何も。ただ僕は、早く瞳子さんと暮らしたかった。あなたの気持ちが変わらないうちに」
私はくるりと半回転させられ、彼と向き合った。
その目には、いつもの余裕のある笑顔とは違う、切実さがあった。
「同居初日、満を持して第二回目の触れ合いに溺れたいところです。が、僕はけじめをつけたいと思っています」
「けじめ?」
「明朝、早起きをしてもらえませんか?」
「何をする気なの?」
朝倉くんが生唾を飲み込んだ。
「瞳子さんに、正式なプロポーズをさせてください」
プロポーズ──その言葉を聞いた瞬間、自然と私の背筋が伸びた。
今までだって、彼から結婚を申し込まれたことはある。
けれど、今回の言葉には、これまでとは違う重みを感じた。
「……それは、朝がいいの?」
「はい。どうしても理想のシチュエーションがありまして」
柔らかな笑顔だった。
「こだわりがあるのね」
彼らしいと思って、小さく微笑んだ。
朝倉くんは仕事でも何でも、事前に準備をして完璧に進めようとする。
そんな彼が、私へのプロポーズにも理想を持っているのだと思うと、少し可愛く感じてしまった。
「明日、仕事なのはわかっていますが、僕のわがままに付き合っていただけたら嬉しいです」
「もちろん、付き合うわ」
「瞳子さん、ありがとうございます!」
いきなり抱きしめられてしまった。
私も彼の背中にそっと腕を回す。
明日の朝、どんなプロポーズをしてくれるのだろう。
そう考えると、胸の奥が少しだけくすぐったくなった。
そして身体を離すと、朝倉くんはとんでもないことを言い出した。
「では、同居記念に一緒にお風呂に入りましょう!」
ひょいっと私の膝下に腕を入れ、簡単に横抱きされてしまう。
「ちょっと待ってっ。そ、それは無理じゃないかしら」
「何が無理なんです?」
きょとんとしている彼の顔を見て、私は確信した。
きっと勘違いをしている。
朝倉くんにとっては、子供の頃の入浴と同じような感覚なのだ。
好意を持つ者同士が風呂場で裸体になれば、冷静を保つのは難しい。
多分、恋愛初心者の彼には、そこまで想像がついていない。
どう説明しようかと、迷ってしまう。
「湯船が一人サイズですか? なら僕が抱きながら入りますから、問題はありません」
任せてくださいとばかりに、浴室へ私を運んでいく。
「ち、違うの! 朝倉くんが想像するより、興奮すると思うのっ」
「僕の上に乗ってもらうだけですよ?」
「それを裸でやるとね……反応しちゃう、かも……」
私もしどろもどろになってしまう。
すると、朝倉くんが真顔になって動きを止めた。
(こういうの、想像するのは難しいかな)
しかし次の瞬間、彼の右の鼻から鮮血が流れ出した。
「朝倉くん、鼻血! ティッシュ!」
朝倉くんも驚いて、やっと私を下ろしてくれた。
手渡したティッシュで鼻を押さえる。
「す、すみません。つい脳内にリアルな映像が浮かんでしまって」
よかった。
朝倉くんにも、知識はあったようで。
「ICTを使った参考資料に、同じような体位があったもので」
思わず、眉が寄る。
「……ど、どういう意味?」
聞くのは怖いけど、確認しておいたほうがいい気がした。
「僕は性交渉が未経験だったので、教材を使って事前に知識と技術の習得をしました。あっもちろん、女優の顔は隠して、瞳子さんと脳内性交を──
「それはどうもありがとう!!!」
彼の言葉を遮るように、大きな声でお礼を伝えた。
(朝倉くん、赤裸々すぎるって!)
でも……純粋で、一途で、誠実な人だ。
完璧な人間にも不得手はある。
私がこの人に畏怖を感じたのは、このギャップのせいだったのかもしれない。
今は、そのギャップが愛おしくさえ感じる。
私は彼を抱きしめた。
「朝倉くんのこと、もっと知りたくなったわ」
「これからゆっくり、僕を知ってください」
「うん。明日の朝が楽しみよ」
「ええ、僕もです。……数年越しの夢ですから」
顔を上げて目を合わせると、自然と二人で笑った。
「今夜は気持ちを整えます」
「うん。また明日の朝に」
「おやすみなさい。僕の瞳子さん」
軽く額にキスをしてくれた。
それだけで、私は頬を綻ばせた。
「おやすみ。朝倉くん」
今日は、それぞれのベッドで休むことにした。
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