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天史拾遺長歌集

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天史拾遺長歌集

55 - 友達でいること

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2025年06月14日

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のろのろと身を起こし、辺りを見る。


まずは自分がしていた事に驚いたが、どうにも周辺の景色が妙だ。


さっきまで、広い運河を望む段丘だんきゅうの近くにいたはずなのに。


今はどういう訳か、公園の中心部、並木通りのベンチに寝そべっている。


もちろん、西端からここまで、自分の足で移動した覚えはない。


「わたし、寝て……? いや、意識……、飛んでた?」


「や、そうじゃえ」


私が問うと、史さんは場都ばつが悪そうに顔を背けた。


このヒトの、こんな表情は初めて見た。


まるで、悪戯いたずら見咎みとがめられた子供のような。


それでもきちんと説明を加えてくれる辺り、彼の性分しょうぶんにじんでいるようだった。


その説明に納得がいくかどうか、それはまた別の話ではあるが。


「幻覚ってぇのか、そういうのを専門に扱う神さんが居てな、欧州《ギリシャ》のほうに」


「幻覚………。 それを、見てた?」


それよりも気になる語意はあったが、考えを巡らせようにも、頭が働かない。


「……お前さん、どこまで覚えてる?」


「え? 覚えて……。 公園ここに着いて、運河のトコで人影を見て………。 あれ?」


どうにも記憶が曖昧あいまいだ。


起き掛けの軽い混乱とは違う。 何かがすっぽりと抜け落ちているような。


「思い出せねぇんならめとけ。 無理に思い出すこっちゃえ」


「……ギリシャっていうのは?」


「あ? あぁ、パーシテアー」


パーシテアーというと、ギリシャ神話に登場する女神の名前だったか。


頭は混乱しているが、それがまるで他人事ひとごとのように感じられる程度には、心のほうは落ち着いている。


なるほどそういう事かと納得した。


彼女が司る権能は、幻覚の他に“くつぎ”。 安らかな眠りを補佐する役割があったはずだ。


「呼んだの? その神さまを」


「いんや? 行って頼んできた」


「え? どこへ?」


「ギリシャくんだりまで」


ちょっと言ってる意味が分からないが、冗談のたぐいでないことだけは解る。


そもそも、彼には神足通があるので、距離のあれこれを問うのは野暮だろう。


「なんでそんな………」


「日本にゃ居ねえからな。 幻覚幻術そういうのを専門にするヤツぁ」


「え……?」


これに、思いがけずふゆさんと束帯姿の少女──、愈女ゆめちゃんが反応した。


「それは誠でしょうか?」と、身を乗り出して問う。 どちらも真剣な表情だ。


「お? おぉ。 なんだ? 何かあんのかね?」


「いえ………」


「だいたい、知ってんだろ? お前さんがたも」


「いえ……、そうですね。 あなたがおっしゃるのなら、そうなのでしょうね」


これも、一つのお国柄と言えるだろうか。


権能ひとつを見ても、海外の神々は直線的な傾向にあって、それそのものに特化した神が多いような気がする。


対して、わが国の神々は、どちらかと言えば曲線的。 かどを立てず、他との折り合いを優先する神が主流だ。


「私に、幻覚を見せた………?」


少しずつ、頭がまわり始めた。


状況の整理こそ覚束おぼつかないが、自分が置かれた状況の方は、何となく理解できた。


わりいな。 許せとは言わねえが──」


「ほのっちが……?」


「………………」


彼は応じず、苦虫を噛み潰したような表情かおをした。


間違いない。 これを仕組んだのは友人で、きっかけは恐らく、大社で交わした不可解なやり取りの中にあるのではないか。


『私たち、お友達ですよね?』


何だろう。 胸騒ぎがする。


そういえば、彼女の姿が見当たらない。


「ほのっちは──」


めとけ」


史さんがピシャリと言った。


まるで言霊にでも縛られたように、たちまち身体からだが言うことを聞かなくなった。


「元はと言やぁ、巻き込んじまった俺らが言うのもアレだがな……」


いつになく険しい表情。 こちらに向けた感情というよりは、まるで胸の痛みを我慢しているような。


「“こっち”に深いも浅いも無えんだぜ?」


途端に、心臓が嫌な跳ね方をした。


やっぱり、このヒトには筒抜けだ。


「でも、それは………」


どこまでが安全で、どこからが危険か。


それを把握しようと努めるのは、あくまでこれから先も、この友人たちと一緒にいるための方策で。


「山ってのはな? 一歩でも入っちまえば、そこはもう獣の領分だ」


“たとえ、手前てめえのすぐ後ろに舗装された道があろうとな”と、彼は付け加えた。


言い得て妙だ。 山を異界と表した昔人せきじん情趣じょうしゅが、よくしのばれる。


そこに人間わたしたちのルールは通用しない。


「まだ町が見えてんなら、ここいらで引き返した方がいいんじゃねえか?」


なにも言い返せなかった。


彼が神さまだからとか、そんな月並な理由からじゃない。


その言葉が正論すぎて、反論する余地がなかったのだ。


「なんだそれ……?」


ところが、これに真っ向から食って掛かる者がいた。


「兄やん、そんなダセぇこと言う奴だったんかよ!」


今にも掴み掛かりそうな勢いで、幸介が彼に詰め寄った。


日頃から、どこか史さんに憧れのようなものをいだいている風な、この幼なじみのことだ。


拒絶された。あるいは、頭ごなしに絶縁を言い渡された気がして、ついカッとなってしまったのだろう。


「バカたれ! カッコつけてテメェらまもれんなら──」


「見損ないました……!」


今度はもう片方の幼なじみが、声高こわだかに言った。


細い肩は震え、今にも泣き出しそうな表情だ。


「穂葉が誰と付き合おうと、お父さんが口出しするようなことじゃないでしょ!?」


それはその通りだが、どこか論点がズレて聞こえるのは、実に彼女らしいと思う。


いや、あながちそうとも言い切れないのか。


わが子の交友関係にまで口を出すのは、さすがに親バカが過ぎる。


「バカ野郎! んな話してんじゃえや! 俺はお前らを──」


「バカって言った! またバカって言ったよ!?」


「謝れや兄やん!」


なんだこれ?


もう何が何だか、しっちゃかめっちゃかな様相だ。


完全に蚊帳かやの外に置かれたふゆさんと愈女ちゃんにいたっては、先頃からポカンとして、一向に動じない。


思わず吹き出した私は、気を改めて深呼吸をひとつ。 胸のおりを吐き出す心持ちで、大きくいた。


「ほのっちは何処どこ?」


この問いに、史さんもまた大きな嘆息たんそくを加えた後、観念したように顎先でクイと示した。


運河の方角だ。


「よっしゃ行くぜ千妃!」


幸介が少年のように駆け出した。


「千妃ちゃん!」


珠衣タマちゃんが私の手を取って駆け出した。


それに合わせて、走る。走る。


友達の元へ。


「ガキンチョども! ケツは俺が持ってやらぁ!」


後方から、大将史さんの威勢の良い声が、なかばヤケクソ気味に放たれた。

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