3月も終盤に差し掛かったある日のこと。
ルカは重い腰をあげ脱衣所へと向かった。
11時ごろから8時間ほど配信をしていたのだ。疲れがたまるのも当然だろう。
シャワーを浴び、髪を乾かし、ローブを着てそのままベットへ向かう。
一人暮らしでは大きすぎる部屋を見渡し、散らかったデスクを見つめる。
片付けてから寝ようと思っていたが、押し寄せてくる睡魔に抗えず、ルカは深い眠りへと落ちていった。
翌朝、けたたましいアラームの音で目が覚める。まぶたを擦り顔を洗ったあと、歯ブラシを口にくわえベットへ戻る。
ふと、昨晩そのままにしておいたデスクが目に入る。
「……what?」
ルカは驚愕した。
食べかけのポテチの袋も、飲みかけのタンブラーも、全て綺麗に片付いていたのだ。
昨日片付けたのだろうか、いや、確かそのまま寝てしまったはず。
僅かな恐怖心を覚えたものの、今日はシュウとのマリカ配信があるのだ。それまで時間が無いので、このことは後で考えようと、配信の準備をすることにした。
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「hey、そういえば聞いてよシュウ」
「なあに、ルカ」
「昨日配信が終わったあと、デスクを片付けずに寝たんだ。ポテチの袋も、タンブラーもそのまま」
「それなのにさ、今日起きたら全部きれいに片付いてたんだ!!」
「へえ、それはびっくりだね」
「ほんとだよ!!おれもう怖くてさ、シュウって呪術師なんだし、おれの部屋に悪いやつがいないか確かめに来てよ」
「うーん、僕はたしかに呪術師だけど、霊媒師じゃないから幽霊なんて見えないよ」
「それに、幽霊の仕業かなんて分からないしね」
「幽霊じゃなかったらなんだっていうんだよ!!」
「誰かがおれの部屋に侵入してご丁寧にデスクを片付けたとでも言いたいの?!」
「ふはは、もしかしたらそうかもしれないね」
「Oh,shu!!!そういうこというのやめてよ!!」
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配信がおわり、シュウと少しの間談笑を交わしていた。
「そんなに怖いなら、今晩は僕の家に泊まったら?」
「ふたりいっしょなら怖くないでしょ」
それは名案だ、シュウは本当にやさしいし賢い。
「ほんとに!!ありがとうシュウ泊まりに行くよ!!」
「うん、まってるから、いつでも来てね」
「わかったよシュウ、すぐ行く」
シュウとの通話を切り、急いで準備をする。
着替えと、化粧水と、ヘアオイル……そうだ、夜食も持っていこう。
ひさびさのシュウとのお泊まりに、心が踊る。
一通り準備を終え、シュウの家へと向かう。
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ピンポーン
インターホンの音が響く。
そしてすぐにシュウが出迎えてくれた。
「ルカ、会いたかったよ」
「シュウ!!おれも会いたかった」
シュウから感じる暖かみが、不安だった心に広がり、わだかまりを溶かしてくれる。
「さあ、夜はまだ冷えるから、中に入りな」
「おじゃまします」
相変わらず、シュウの家はきれいに片付けられていて、ところどころに置いてある濃紫の花がきれいだ。
「ルカ、夜ご飯は食べた?」
「まだだよ〜、すっごくお腹すいてる」
「じゃあぼくがつくってあげるから、その間お風呂に入ってきな」
「え、泊めてもらうのにその上ご飯も作ってもらうなんて悪いよ」
「ご飯はおれがつくるよ!!」
「ルカが作るご飯とか信用できないから!!」
「ほら、はやくお風呂入って」
そういえば、料理配信をシュウも見ていた気がする。
自分ではかなり上手いと自負しているけど……ここはシュウに甘えさせてもらおう。
「わかったよシュウ、入ってくるね」
「……うん」
脱衣所の扉を開けるとフレグランスのいい香りがした。シュウはこんなところまで気を使っているのか。
シャワーを浴びていると、デスクのことが脳裏をよぎる。
どうして片付いているのだろうか、シュウが言うように本当に誰かが侵入してきたのだろうか。
もしそうだったら、引越しを考えなくてはいけないし、今後の配信活動にも少なからず影響を与えるだろう。
悩んでいても仕方ないか。
とにかく今日はシュウとのお泊まりを楽しもう。それに、賢いシュウならきっとどうにかしてくれるさ。
お風呂から上がり、髪を乾かし、ローブを着てリビングへ行く。
「シュウ、上がったよ」
「ルカ、もう出来てるよ」
コト、と、テーブルに並べられていくのはハンバーグとコンソメスープだ。
日本に行って初めて食べて、とても美味しかった覚えがある。
「Wow,とってもおいしそう!!」
「さ、いただきますしよっか」
「うん、作ってくれてありがとうシュウ」
「どういたしまして」
「いただきます!!」
「めしあがれ」
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食事を終え、シュウとゲームをしたり談笑したりしてすっかり夜も更けていた。
「はいどうぞ、ルカ」
シュウに手渡されたのは暖かいミルクだった。
「わあ、ありがとうシュウ」
ずず、と、ミルクを飲む。シュウが作るホットミルクは、いつもほんのりはちみつの味がして好きだ。
「ねえルカ、デスクの件なんだけどさ、まだ気になる?」
「……うん、やっぱりまだ怖いよ」
「おれ、不安で仕方ない、シュウ」
「そうだよね、でも大丈夫、今は僕と2人きりだからね」
そう言うとシュウは、ぐっ、と体を寄せおれの目の前に膝立ちになった。
「シュウ?どうしたの?」
「……ねえルカ、ルカってほんとに純粋だよね」
「急にどうしたの、?」
「…………」
呼びかけても返事がない。
「しゅう、?返事をしてよ」
「おいで、ルカ」
そうしてシュウはおれの体をぎゅっと抱き、そのまま壁に押し寄せる。
「しゅ、シュウ??どうしたの___ 」
ビリッ、と、首元に衝撃が走った。
「……ッ?!、、え……?」
なんだ、いまの……、スタンガン?
おれは訳がわからないといったふうにシュウを見上げた。
「……………………………………………ルカ」
見上げた先で、シュウは鋭い瞳でこちらを見ていた。透き通るような紫だったはずのシュウの瞳が、いまは暗く濁っているように感じた。
虎視眈々、という言葉が日本にあると、シュウが話していたのを思い出す。
鋭い瞳で獲物を狙い定め、狩る。
今のシュウにはこの言葉が良く似合うだろう、と思考の回らなくなってきた頭で考える。
そして、今のシュウは危険だと、脳が信号を送る。
「……ルカ、聞いてる?ねえ?」
「はあ、ルカ。やっとだ、やっと手に入れられる」
「シュウ、?何を言って、」
「ルカ、ぼくが幽霊だけの仕業じゃないかもよって言ったの、覚えてる?」
「薄々気づいてるかもだけど、ルカのデスクを片付けてあげたのは僕だよ」
「このあいだも、ルカが配信し終わってそのまま寝ちゃった時に洗濯機を回してあげたのも僕」
なんで
「冷蔵庫の中の水が切れてたから買い足してあげたのも僕」
どうして
「一昨日の配信の前には、喘息が酷くなって苦しそうだったよね」
なぜそんなことまで知ってるの
「それでもみんなの為に頑張るルカが大好きだけど、僕は心配だよ」
「だからさ」
シュウの手が、腕が、おれの体に絡みついていく。
「ま、まってよシュウ!!!」
振りほどこうとするも思うように力が入らない。手が震えている。怖い、そう、今はただ目の前にいる男が怖いのだ。
弱々しい抵抗を繰り返しているうちにシュウはどんどん絡みついてくる。
「ルカ」
空気を揺るがすような低い声で、おれの名前を呼ぶ。
「ルカ、こっちむいて」
言うことを聞いてはだめだ、はやく、はやく逃げないと
「……ルカ!!!」
ぐいっと顎をつかまれ、強制的にシュウと目があわせられる。
シュウの顔が近づいてくる。
暗い暗い瞳に、吸い込まれそうだ。
息が、詰まる。
「……ルカ、愛してるよ」
「…………え、、?」
「え?じゃないでしょ、愛してるって、そのまま」
「……な、に言ってるの、愛してるって」
「まだわからないの?」
「僕はルカのことが好きなんだよ、恋愛対象としてね」
「ああでも、もう恋人だよね、ルカ」
「ま、まってよシュウ、恋人になんてなった覚えはないし、そもそも男同士だよ」
「そんなの関係ないでしょ」
「僕はルカを愛してるんだから」
そう言って目の前の男はくちびるにそっとキスを落とした。
「ねえ、ルカは僕のことを愛してる?」
「愛してるって言って」
勇気を振り絞り、己の答えを出す。
「……お、れは、シュウのことは親友としか思えない」
「愛してるだなんて、そんな感情は、ないよ」
「………………………………………………………………」
「シュウ、?」
シュウはただおれを見下ろすだけだった。
身を引いてくれただろうか?シュウのことだし、やっぱり話せば分かってくれるんだ。
「さ、さあシュウ、もう遅いし寝ようよ」
「寝るから、どいてくれるかな……?」
「…………で」
「え、?」
「……なんで、」
「なんで分かってくれないの?」
「ルカ、君を愛しているのは僕だけなんだよ」
シュウがおれの肩を強く掴む。
「マフィアのボスである君は、その手で何人殺した?」
「……ッ」
「その綺麗で純粋な手に、顔に、髪に、身体に、心に、一体どれだけの血をあびたの?」
「ルカ、君はね、とっくに汚れきっているんだよ」
「……でも、どんなに汚れてても、僕はルカのことを愛してる」
「ねえだから、お願いだから僕のものになってよ」
「お願い……聞いてくれるよね、ルカ?」
シュウの両手がおれの首に掛かる。
「まって、シュウ、!!」
「待たない」
ぐぐっ、と力が入れられる。
「ん゛ぐ…………ッ」
「あ゛、しゅ゛う…ッッ!!」
「ふは、苦しい?」
「苦しいよね、辛いよね」
「君がみんなに愛されてるって、ほんとはよく分かってるよ」
「アイクやヴォックスと楽しそうに話してたり、JPのライバーさんにも気に入られちゃってさ」
「ルカが他の人と笑いあってるのを見るたびに、僕は辛くてたまらなくなる」
「僕の苦しみを味わってよ、脳内に焼き付けて」
「……ルカは子供みたいだけど頭がいいからさ、上手に立ち回るんだよね」
「そのせいで苦労した、ルカを家に招く時は、毎回こうしてやろうって計画立ててるのに、うまく交わしちゃうんだもん」
「でも今回は違う」
「ルカが僕の手で苦しんでる、ぼくの下でもがいてる」
両手に込められた力が、一層強くなる。
「ん゛ん゛ッ、ひゅ、ぅッ」
視界が白んでいく。ぷちぷちと、脳の細胞が弾けて潰れる音がする。
「ふはは、流石にもう苦しいか」
「死なれたら困るし、離してあげる」
手を離された途端、一気に肺の中に酸素が入ってくる。
「ひゅ、っ、ゲホっ、ん゛ぇ゛っ」
「大丈夫、だいじょうぶ」
シュウの手が背中を撫でるたびに、全身が粟立つ。
「はーっ、はぁ゛ーっ」
「僕の苦しみ、少しは分かってくれた?」
「ねえルカ、僕のこと、愛してるよね?」
なんと答えたらいいのだろう。
「ルカ?」
シュウがおれを一瞥する。
見下ろす瞳には、もう昨日までの光は無かった。
拒絶したらどうなるか、なんてこと、分かりきっていた。
怖い。
怖いとしか思えない。シュウが、怖い。
だけど。
「お、れは、シュウとは、友達でいたいよ」
「……はあ」
「ルカ、どうしても僕に愛してるって言いたくないみたいだね」
「でも大丈夫」
「時間はたっぷりあるんだし、これから言えるようになればいいよ」
「……え、」
「ん?どうしたのルカ、そんな困惑しちゃって」
「だ、だからおれは!!」
「ああ、分かってるから」
「恥ずかしくて言えないだけって、ちゃんと分かってるよ」
「ちが、」
「さあルカ、おやすみしよっか」
「まって、」
「はい、ベット行くよ」
力の入っていない体は、おれより小さいはずのシュウでも軽々持ち上げられた。
「まだ眠れないかな」
「シュウ、はなしをきいてよ」
「眠れないなら、僕が子守唄をうたってあげる」
「しゅう」
「ほら、ルカ」
「目を閉じて、僕の声に耳を傾けて」
ああ、もう。
何を言っても聞いてくれない。
おれが好きだったはずのシュウは、いつもおれを気にかけてくれて、頼りになって、たくさん話を聞いてくれて、やさしい。
そんなシュウだったのに。
いま目の前にいるシュウという男は、一体誰なのだろうか。
「Star light,star blight,
First star I see tonight」
こんなになっても変わらない、シュウのやさしい歌声が頭に響く。
そのまま意識が、失われていく。
「I wish may, I wish I might
Have the wish I wish tonight」
可哀想なルカ。
こんな男に苦しめられてしまって。
ずーっとルカが好きだった。初めて出会った時から。
自分の中だけに留めておくつもりだった。
留められていた。
ルカの知名度もみるみる高くなっていき、JPのライバーさん達とも配信するようになった。
そんなときはいつも僕がそばにいてルカの日本語のお手伝いをしていた。
ルカは僕しか頼れないというのが酷く背徳的で、もっと、もっと僕だけになればいいと思うようになった。
ただルカのことが好きだったのに、こんなにもくずおれてしまった。
ルカ、君のことを離すつもりは一切無いよ。
君が愛してると言ってくれるまで、ぐちゃぐちゃになっても、どんなに壊れても苦しめ続ける。
大丈夫、いつか絶対愛せるから。
愛してるよ、ルカ
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