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ひとしきり乱れた罪のライブの後、律を腕に抱いて微睡んだ。
逢瀬の時間は僅か。時間は惜しいが、なににも代えがたいこの瞬間を味わっておきたくて幸せに身を委ねた。
目覚めると抱いていたはずの律がいなかった。いつものように一人のベッドで焦る。
温もりはまだ残っている。このライブは夢じゃない。それなのに彼女がいないのは、やっぱり俺の狂った妄想だから――
胸が痛くなった。ため息をついて寝室を出ると、微かな鼻歌のよう声が聴こえてきた。見るとガラステーブルにノートとボールペンを転がして、ラグの上に直接座ってなにかを歌っている。じっと見つめても彼女は俺にまるで気がつきもしない。俺に背を向ける形で一生懸命ノートになにやら書きこんでいた。
2度目のライブも夢じゃない。
彼女の温もりを思い出すだけで心に火が灯る。
暫く彼女を黙って見つめた。しかし一向に俺の気配には気が付かず全く相手にされないことが淋しくなって後ろから律を抱きしめた。「なにしてんの? 俺を放置して」
「あ、起こしちゃった? ごめんね、小さい声で歌っていたつもりだけど」
「お前が俺を置いていくから起きた。折角会えた日まで一人でベッドに残すなよ。…淋しい」
淋しいと正直に伝えたらクスっと笑われた。くそ。腹立つな。
いい大人の男が情けないこと言うなんて、とでも思っているに違いない。誤魔化すように律の顔に自分の頬を寄せた。「なに歌ってるんだよ? 綺麗なメロディーだったけど」
「うん。なんかね、博人の傍にいたら急にメロディーが浮かんできたの。それを必死に拾っているところ」
「もう一回歌ってくれ。ちゃんと聴きたい」
「うん、いいよ」
まだ歌詞もついていない、メロディーだけの曲を歌ってくれた。歌詞が無いから『ラララ』と歌うしかなかったけれども、彼女の声は美しい。俺の中で音が溢れてくる。メロディーを聴きながらアレンジが頭の中を駆け抜けた。
彼女が歌い終わった瞬間、一緒に来いと手を引いてピアノの前に立たせた。
「俺が伴奏弾いてやるから、もう一回歌ってくれ」
「あ、あのでも…今、出来たばかりの曲だから……」
「いいから歌え。音が消える」
「あ、う、うん。でも、一回しか聴いてないのに伴奏まで弾けるの?」
「当然。俺の元職業は、天才ヴォーカリストや。早く歌え」
「は、はいっ」
律の美しいメロディーをなぞるように、溢れる音を形に変えて伴奏を付けた。
「いい曲やな。確かノートに一生懸命なにか書いてたよな? 見せろよ」
「ええー、嫌。まだできてないもん」
「じゃあ一緒に作ろう。律と俺の共同作品」
「えっ。楽しそう! やりたいっ」
子供のようにはしゃぐ彼女の笑顔が可愛らしかった。律と一緒に曲作りができるなんて夢のようだな。
音楽が好きという共通の部分でも俺達は繋がっている。
こんなこと誰にもできない。律だからできること。
「んー、なんかいいな。好きな女と一緒に曲作ったりできるのは楽しいな」
「博人は音楽が好きだもんね」
「律もな」
「でも、私はそれ以上に――博人が好き」
「っ、なに言うねん、突然」
不意打ち過ぎて面食らい、思いきり照れてしまった。自分でもわかるくらいに顔が赤くなった。
「照れさせるなよ」ごまかすように頭をボリボリ掻いていると、後ろから律に抱きしめられた。
「今日の律は甘えんぼか?」
「博人が可愛いから、ぎゅってハグしたくなっただけっ」
「初見の耳コピでピアノ弾いたんやから、スゴイ、とか、カッコいい、とか言って欲しいなぁ。男の俺が可愛いって言われても嬉しくない」
そう言いながらも口角が上がり、笑みをこぼしてしまう。
律が傍にいて、俺だけを見つめて俺を愛しいと思って抱きしめてくれるなんて。こんな最高のステージはどこにも無い。
「褒め言葉なんだけどな」
「もらうなら、褒め言葉よりお前のキスの方がいい」
体制を変え、律に口づけようとしたその瞬間――