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「虎石っさん!」

「おう!」

言うが早いか、神足通を駆った葛葉は、これに痛烈な飛び蹴りを加えた。

鋼材が発する大鳥の首を絞めたような悲鳴の後先に、呆気のない渇音が鳴って、足裏の抵抗が皆無となった。

あえなく手折(たお)られた下枝さながらに、中途でポキリと折損した巨大な梁(はり)が、それぞれ細大の付属物をともなって重力に従った。

間髪を容れず、素早く抜きつけた小烏丸が緋々色に燃えて、地上から弾幕のように押し寄せた大小の氷塊が、それら嵩高(かさだか)いガラクタを粉微塵(こなみじん)に打ち砕いた。

観客の悲鳴を聴いた虎石は、己をしても信じられない速度でそちらへひた走り、頭上から迫る大ぶりの瓦礫に対した。

差し当たり拳を振るってこれを打ち上げるや、速やかに身を翻(ひるがえ)し、客席とは無縁のグラウンド末端へ蹴り飛ばす。

尚も降りそそぐ危険な塵芥(じんかい)に抗するべく、神剣の通力に肖(あやか)った彼の肉体は唸りを上げた。

「………………」

空を見ればあの少女が自在に飛び回り、客席を見ればあの男(ひと)があっちへこっちへ奔走している。

話すつもりはなかったのに、話してしまった。

彼女の眼は、恐らくそういうものなんだろう。

心中の襞(ひだ)をかき分けるようにして、そこにあるものを余さず見抜く恐ろしい眼。

あれの前では隠しだてなど通用せず、自(おの)ずと口を割らずには居られない。

けれど、不思議と嫌な気分じゃなかった。

心が軽くなったとは言い難(がた)いが、少しだけ胸の痞(つかえ)が取れたような。

脚はもう、凍りついて動かない。

もう少しだけ、この脚で歩いてみたかった。

生まれ変わったとは言えないけれど、眼に映るものがどのように変化を遂げたのか、それを少しだけ確かめてみたかった。

花の色は変わっただろうか。 旅先の景観や、そこに暮らす人々の表情は。

雪の色は、いまの私の眼にどのように映るだろう。

未練だ。

今までたくさんの人を傷つけた。 命を奪ったかまでは、覚えていない。

あの男(ひと)にも酷いことをした。

そんな私が、これ以上 自分の喜びを追及していいはずが無い。

急に可笑(おか)しくなって、笑いが込み上げた。

イカれている自覚はあったけど、そんな事を思える能はまだ残ってたんだ。

「はぁ……」

それにしても、あれは少しやり過ぎ。

空を見ると、ざっと100メートルはありそうな屋根の大幕が、彼女が吐却(ときゃく)した火焔を浴びて紙子のように燃え尽きるところだった。

口唇から煙を燻(くゆ)らせながら、そうしてなおも別の持ち場へと文字通り飛んでゆく。

私でも分かる。 あの少女は御遣じゃない。

ひょっとすると、世界をこんな風にした神様の関係者。

それならさっき、控え室で逢った時、何も言わず背中から突いておけば良かった。

そんなバカバカしい考えが浮かんで、私の自嘲はいよいよとなった。

思慮分別はないが、やって良い事と悪い事の区別くらいはつくらしい。

“姐さま、はやく逃げないと!”

あの子の声がした。

さっきから必死になって力を貸してくれている様子だけど、それがかえって氷凝(ひこり)の強度を高め、ひいては枷(かせ)の働きを強めている。

皮肉な話。 いつだって世界は皮肉なもので満ちている。

御遣と巫覡(ふげき)というデリケートな間柄に、まるで世の縮図を見るような思いがした。

“姐さま……! どうしよう……、どうしよう……っ!”

国を出てからこちら、あの子とはもう随分と連れ添った。

お菓子を買ってあげたことはあったっけ?

頭を撫でてあげたことは? 一緒にお風呂に入って、同じベッドで寝かしつけてあげたことは?

「ごめんね……?」

最期の最期に思い起こされるものが、柔らかな思い出でよかった。

もしもこれが、血腥(ちなまぐさ)い物事であったなら、さすがに私の心も保(も)たない所だった。

空を見る。

板チョコのように割れた大きな屋根の一部が、こちらへ落ちてくる。

“つまらない最期”と、かの国の連中は嗤(わら)うだろうか。

泣いてくれる者は、居るのだろうか。

かたく目を瞑(つむ)る。

祈りの語句は、とっくに忘れた。

それでもなお、祈らずに居れないのは身勝手だろうか。

──どうか、私を地獄に落とさないで。


「ふ……っ! ぬうぅぅぅ!!」

轟音の向こうに、勇ましい唸(うな)り声を聞いた。

思わず目を見張る。

巨大な落下物を、わが身を支(つか)えて食い止めるあの男の姿があった。

「簡単に諦めんな!!!」

降って湧いた大音声(だいおんじょう)が、辺りを震撼させた。

瓦礫の縁からのぞく大空に、焔(ほのお)の光背(こうはい)を顕したあの少女がおり、こちらを恐ろしい形相で睨みつけていた。

あらゆる罪咎(つみとが)を灼き尽くすようなその体貌は、まさに焔摩王そのものだった。

そうした空目をきたすのは、私が死にかけているせいか。

けれど、不思議と恐怖はなかった。 それどころか……。

草花を育む太陽、人々の頭上に照る太陽、そして雪氷を溶かす太陽の本性が、その時なんとなく解ったような気がした。

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