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―――あの半壊した家屋の中で一体何が?……
一定の距離を保ち、気付かれない様に物陰に潜む。
「おい、あれはお前の仲間か? 」
「えっ―――⁉ 」
不意に尾行対象者に話し掛けられた。大きな大剣を持った男は、暗がりに身を潜める私に振り向くと、連なる裏通りの民家の屋根へと指を差す。其処《そこ》には数人の怪しい黒い人影が音も立てずに屋根の上を飛び行く姿が伺えた。
―――いつからバレていた?……
「お前の仲間か? 」
「いっ、いいえ、あっあれは私とは関係の無い連中だ」
「では、彼奴等《あいつら》は何者だ? 分かるか? 」
―――私の素姓を検《あらた》めようとしないのか?……
「何故? 」
鳥肌だけが改めてこの男の存在を危険視させ、自然と身構える。
「先に聞けと言わんばかりだな。お前は俺の監視が任務なんだろ? 此処《ここ》数日で襲うならば幾らでも隙はあったはずだ、だがお前は襲って来なかったからな、然《しか》もお前からは殺気が感じられなかった」
―――数日前から……
「それと引き換え、彼奴等《あいつら》の殺気は只事じゃない。あれはこれから誰かを殺《や》りに行く気構えだぞ、放《ほう》っては置けない。お前を傷付けないと約束する代わりに、何か知ってるなら情報をよこせ」
辺りは既に闇夜に包まれようとしていた、人通りも疎《まば》らに軈《やが》て静けさを伴《ともな》いやって来る。行動時間から推測するに間違いない、奴らはきっと…… 生気《せいき》を感じさせない鋭い眼光に圧倒され、自然と口を割った……
「暗部《あんぶ》…… の人間だと思う…… 」
「暗部と言えば、フィダーイ《アサシン》か? 」
「…… 」
「何だ⁉ 知っている事を言え」
「此の国でフィダーイは数が少なく貴重な存在。主に君主の側付《そばつ》きとして警護に主軸を置いている。軍事行動以外で動くなんて有り得ない、而《しか》も動くのであれば群れを成さず単独で任務を遂行する、多くても二人だ、あの人数は多過ぎる」
「何が言いたい? 」
「あれは此の国のフィダーイじゃないのかもしれない。若《も》しかしたらアッバス王朝ニザル派の暗殺実行部隊の可能性が、だとしたら…… いや、真逆《まさか》」
ニザル派とはイスラー教シア派から独立した過激な思想を持つ分派の事を指し、神秘主義的なカルト集団と呼ばれ、フィダーイ《アサシン》を生んだ暗殺教団の根源《こんげん》とされている過激派閥の一派だ。
「そんな事はどうでもいい、少なからず俺はこの国に世話になった。端的に聞くぞ、彼奴《あいつ》らはこの国にとって害悪かそうで無いかだ」
彼奴等《あいつら》は間違いなく今、何《なに》かしらの軍事行動を起こしている。そんな情報を私は聞いていない、であれば敵襲―――
―――放っておけば必ず大勢人が死ぬ……
「他国による急襲の可能性が高いです!! 」
「なら、俺が不審者排除の為、介入しても問題無いな」
男はより細い路地に入り込むと、右に左にと交互に壁を蹴り飛ぶと、瞬《またた》く間《ま》に家屋の屋根に身を転がした。
「―――なっ!! 」
信じられない、あんな大きな大剣を抱えているというのに、今の身の熟《こな》しはまるで…… 男は屋根の上から私の顔を覗き込むと言葉を漏らす。
「お前はどうする? 戦えないのなら置いて行く」
「わっ私も行きます!! 」
男と同じくやっとの思いで左右の壁を蹴り駆け上がると、力及ばず屋根の端に何とか手を掛けた。男はその手をしっかり掴むと、簡単に私を引き上げて見せる。
「名は? 」
「ナディラです」
「そうか…… ならナディラ、しっかり付いて来い、遅れるなよ」
私は驚いた素振りを隠し冷静を装い慌てて男について行く。
―――こっ、この男は一体、それにあの手の甲の傷……
「なぁ、大隊長さんよぉ参謀会議《シューラー》ってぇのは毎回こんなに長《なげ》ぇのかよ? お国柄とは言えワイン一杯も出ねぇしよ、もう喉がカラカラだぜ」
砦内のモスク《礼拝堂》からやっと解放された二人は肩を並べ、薄暗く為りつつある路地を行く。
「いや、本日は新設部隊結成の認証と配属者の就任発表、それと大まかな今後の指針《ししん》だけだったので、これでも早い方ですぞ。それとヴェイン殿、貴殿はもう本日の就任の儀より、公式では無いにせよ特別階級の聖戦士《ムジャーヒド》となられた、大隊長はお辞め頂きたい。階級では貴殿が上なのですから、どうかシャマールとお呼び下さい」
「面倒臭ぇ、階級なんてクソ喰らえだぜ。歳だってあんたの方が上だし、今迄《いままで》通りヴェインで頼むぜ。俺ぁきちんとシャマちゃんって呼ぶからよ、なぁいいだろダメかぁ? 何かよぉ、最近グランドは全然構ってくれねぇし、カシューの野郎はコソコソ何かやってるしよぉ~ だから寂しくてよぉ」
シャマールはまた始まったかと謂《い》わんばかりに考え込む。
「ぬうぅ…… グランド殿はもう既に閣下の元でその才覚《さいかく》を発揮され多忙を極めておられるし…… 二人だけの時であれば…… 然《しか》し公式の場では困るぞ? しっかりと威厳ある所を見せて頂かねば、部下に示しが付かん」
「あったりめぇじゃね~か、俺だって時《とき》と場所くらい弁《わきま》えるぜ。でもよぉ、他のお偉いさん方は気に喰わない感じがビンビンだったけどよぉ、本当に俺が聖戦士ってヤバいんじゃねぇの? 」
「その件に関しては閣下にもグランド殿にも何か思う所があったのだと思うぞ。確かに此処に来ての閣下の采配に関しては、疑念を抱いている幹部も少なくない。併《しか》しだからこそ、早めに内部に潜む膿が出せると考えての事だろうな」
「成程ねぇ~ 俺様はいいように利用されちまったてぇ訳か」
「ヴェイン殿にはこの戦乱の世を終わらせる為、大陸に轟く程の聖戦士になって頂かないとな」
シャマールは茫然と白目を剥くヴェインにクククと腹を抱えて見せた。
「シャマちゃん、冗談でも止めてくれよハァ」
「明日はうちの部隊を紹介する。良ければ今夜は家に泊まって行ってはくれないか? 息子が食事を用意してくれている筈だ」
「おぉ! いいのかよ? そりゃ助かるぜ、もう治癒院《ちゆいん》のベッドは勘弁でよぉ、食《は》み出ちまって仕方ねぇんだ」
「家にも巨人族用のベッドは無いがなハハハ」
「言い方がひでぇってもんだぜ全く、つうか息子なんて居たんだな? 」
「あぁ母親は産後に感染症という病でこの世を去ってしまったが、息子だけは何とか元気に育ってくれてな、やっと十三になったところだ。唯一の私の生き甲斐だな。気立ての優しい子だから、軍には入れずに商人にでも奉公させるつもりだ」
「親父がガッチガチの軍人なのにか? 」
「あぁ良いんだ。あの子には自分で道を決めさせたいんだ、きっと閣下も理解して下さる」
細い路地を曲がった先でその異変は突如訪れた。何かを本能的に感じ取ったヴェインはシャマールの腕を引き猛然と走り出す―――
「おっおい!! ヴェイン殿⁉ 」
「数は8…… いや、10を超えてるか…… 上から来るぞ」
「―――⁉ 」
「どうやら巻き込んじまったようだな、狙いは多分俺だろう」
「早速反乱分子が⁉ 幾ら何でも早すぎではないか? 」
「まぁ…… 鉄は熱いうちに打っちまえって事だろう、この先開けた場所はあるか? 」
「いや、この先は細い路地が入り組んでる所ばかりだ」
「そうか、このまま逃げ回っていてもその内追い詰められる。奴らの狙いは俺だ、二手に分かれるぞ、シャマちゃんには悪ぃが応援要請を頼むぜ」
―――なっ⁉―――
「無茶だ貴殿はあの人数を一人でどうにかするつもりなのか? 第一武器はどうするつもりだ? 」
「はは、何いってやがる武器なら此処に…… あれ⁉ 」
掌《てのひら》が悲しく背中に剣を探す……
「あれれ⁉ 俺の大剣ってさぁ…… 何処やったっけ? 」
シャマールは頭を抱え深い溜息をついた。
「全く、貴殿は何処までが本気なのかもう分からんぞ」
潜みゆる悪意が迫り来る。芽生えし絆に心を傷め、運命は新たなる試練を与へんとする。思ひを紡ぎ結びし覚悟は、時を越ゆることなく受け継がれてゆく。