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桜咲かな
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アトハ
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#政略結婚
常陸之介寛浩
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ああ、もう朝からカオスすぎる(笑)。セレネに抱きしめられて、シオンに背後から絡まれて、ルクスが外から殺気立って睨んでるって、どんな構図よ。でも「心配して来てるけど欲望も全力」ってところが彼女たちらしくて笑っちゃった。そして叔父さんの絶叫で一気に現実に引き戻される感じ、すごく好き。読んでるこっちまで「ああ……もう勘弁してくれ」ってなるけど、それがなぜか温かいんだよなあ。この距離感の妙がたまらない。
最初に感じたのは、やけに柔らかい感触だった。
ぷにっと言う感触は何なのだろうかと考えさせられるほど。
そして、温かいし、甘い香りがするんだけど。
「……ん」
意識がゆっくり浮上していく。
寝起き特有の鈍い頭で、俺はまず布団じゃないと思った。
何かが違う。
いや、かなり違う。
枕にしては柔らかすぎるし、布団にしては近すぎる。
何より、耳元で規則正しい呼吸が聞こえる。
……呼吸?
そこでようやく違和感がひとつに繋がった。
俺は誰かに抱きしめられている。
「……は?」
反射的に目を開けた。
視界いっぱいに、白い布地と柔らかな膨らみがあった。
その向こうに見えるのは、長い白銀の髪。
月光みたいに淡い色をした髪が、俺の頬にさらさらと触れている。
数秒、思考が止まる。
状況を理解した瞬間、寝起きの頭が一気に覚醒した。
「なっ――」
慌てて顔を上げる。
そこにいたのは、予想通りセレネだった。
ある意味一番まともそうな女性が、何故か自分の前に居る。
呼んだ覚えもないのに。
「おはようございます、主」
やわらかい声だった。
まるで何もおかしくないみたいに、俺を抱き込んだまま微笑んでいる。
「……何してるんだ」
「抱きしめているのよ」
「み、みればわかるっ!」
そうじゃない。
いや、そうなんだが、そうじゃない。
「何でだ!!」
「昨夜から主の魂と器の接続が少し揺れていたから。落ち着くように温めていたの」
「それにしても距離が近すぎる!」
起き上がろうとして、今度は背中に何かが触れていることに気づいた。
妙にしっとりした気配。
甘いのに危険な香り。
ぞわりと背筋を撫でるような、花の匂い。
――嫌な予感しかしない。
恐る恐る視線を横へずらすと、寝台の周囲には色とりどりの毒花が咲き乱れていた。
床から、壁際から、どこから生えたのか分からない蔦と花弁が広がり、まるで寝床そのものが花園に呑まれている。
「……え、何これ?」
素で出てしまった。
そして次の瞬間、背後からするりと腕が回された。
「おはよう、主」
耳元に落ちる、妖しく甘い声。
振り向かなくても分かる。
いや、分かりたくなかったが、分かる。
「…………シオン」
中性的な美貌を持つ、人間嫌いで執着の深い男が、後ろに居る。
こいつの能力と趣味の悪さを考えれば、この花だらけの惨状にも納得しかない。
「少し席を外した隙に、セレネだけが主を独占しようとしていたからね」
「独占ではないわ。必要な処置よ」
「僕に言わせれば、あれは抱擁を口実にした接触だ」
「あなたにだけは言われたくないわ」
後ろから抱きついたまま、シオンがくすりと笑う。
腕を解く気配はない。
「だから僕も加わったんだ。公平だろう?」
「何が公平だ!」
言い返した、その直後だった。
するり、とシオンの指先が腰から脇腹へ滑った。
「っ、おい!」
反射的に身体が跳ねる。
ぞわりとした感覚に、寝起きの鈍さが一気に吹き飛んだ。
「シオン、変なところ触るな!」
「変なところ?主は敏感だね」
「そういう問題じゃない!」
慌ててその手を押さえる。
だがシオンは面白がるように目を細めるだけだった。
「何をそんなに慌ててるんだい」
「俺の身体だったら何してもいいが――」
「よくないわ」
「よくないですね」
「そこはあとで訂正する!」
思わずセレネとルクスのツッコミが飛んだが、今はそれどころじゃない。
「これは乃亜の身体だ!勝手に触るんじゃない!!」
「……」
一瞬だけ、シオンが黙る。
その沈黙に、俺ははっとした。
言い方がきつすぎたかと思ったが、次の瞬間、シオンはふっと笑った。
「……そういうところ、本当に主らしいね」
「茶化すな」
「茶化してないさ」
シオンの腕の力が、ほんの少しだけ緩む。
けれど離れる気はまるでないらしい。背中に触れる体温も、耳元に落ちる甘い声も、そのままだ。
「主がその子の身体を大事にしてるのは知ってる。だから僕も壊す気はないよ」
「だったら最初からやるな!」
「少し触れたくなっただけだよー」
「少しで済む顔してないだろお前……」
寝起きの頭がようやく回り始めたせいか、余計に状況の異常さがはっきりしてくる。
俺はいったい何を聞かされているんだ。
朝起きたら抱きしめられていて、毒花に囲まれていて、その上で「少し触れたくなっただけ」なんて軽い調子で言われている――理解が追いつくわけがない。
セレネが、どこか呆れたようにため息をついた。
その吐息すら、やけに落ち着いているのが腹立たしい。
「あなた、そういうところは本当に駄目ね」
「君にだけは言われたくないなあ」
「私はちゃんと加減しているわ」
「抱きしめながら言っても説得力ないよ」
外からルクスの低い声が飛ぶ。
さっきから一歩もこちらへ踏み込めていないせいか、声に滲む苛立ちがいつもより露骨だった。
「主から離れろ、毒花」
「嫌だね」
「お前はまず花を退けろ」
「君はまず嫉妬を隠したらどうだい?」
また空気が険悪になる。
言葉だけじゃない。
ルクスの周囲の空気はぴんと張りつめ、シオンの花の香りもわずかに濃くなる。
下手をすれば、この狭い部屋の中で本気でぶつかりかねない危うさがあった。
俺はこめかみを押さえながら、大きく息を吐いた。
「……朝から本当に勘弁してくれ」
状況が意味不明すぎる。
寝起きに理解していい量を、完全に超えていた。
やっと目が覚めたと思ったら、セレネに抱き寄せられていて、背後にはシオン、周囲は毒花まみれ。
そのうえルクスは明らかに不機嫌で、今にも噛みつきそうな顔をしている。
情報が多すぎる。
頭痛がしないだけましなくらいだった。
「ていうか離れろ、二人とも」
「嫌よ」
「嫌だね」
その迷いのなさの返事に、逆に言葉を失う。
少しは躊躇え。
せめて考えるふりくらいしろ。
息を吐く間もなく、今度は視界の端で銀色が揺れた。
部屋の入口近く、明らかに不機嫌そうな顔で立っているのはルクスだ。
腕を組んでいるわけでもないのに、全身から「気に入らない」と言わんばかりの圧が出ている。
けれど毒花の境界のせいで近づけないらしく、その分だけ余計に苛立っているのが分かった。
淡い金の瞳が、まっすぐシオンを射抜いている。
あの視線だけで、普通の相手ならたぶん一歩退く。
だがシオンは面白がるように笑っているだけだ。
「……ルクス」
「お目覚めですか、主」
声は平静だ――だが目が全然平静じゃない。
「……助けてくれ」
「助けたいのは山々ですが、近づけません」
「は?」
「シオンの花です。無理に踏み込めば、主に害が及ぶ可能性がある」
「大丈夫だよ。主にだけは毒を向けていない」
「お前の“だけ”は信用ならん」
「失礼だなあ」
信用ならないのは本当にその通りだ。
俺はようやく、寝床の周囲だけが完全にシオンの支配領域になっていることを理解した。
毒花、蔦、甘ったるい香り。全部こいつのものだ。
つまり今の俺は、セレネの胸に抱き込まれながら、背後からシオンに抱きつかれ、ルクスは外から見ているだけという、最悪に意味不明な状態に置かれている。
「本当に何なんだこれは……」
頭を抱えたくなった、その時だった。
ばん、と勢いよく扉が開いた。
「乃亜! 朝から何か――」
そこまで言って、叔父が固まる。
寝台の中央で、白銀髪の女に抱きしめられている俺。
その背後から花まみれの美青年が腕を回している。
床一面に咲き乱れる毒花。
それを部屋の外から殺気立って睨む白銀の男。
数秒の沈黙――そして。
「なんじゃこりゃぁぁ!!」
叔父の絶叫が、朝の部屋に響き渡った。
無理もない。
俺でも叫ぶ。
むしろよく一拍置いた。
「落ち着いてください、叔父さん」
「落ち着けるか!」
「主、この人間が騒がしいよ」
「お前が言うなシオン!」
「叔父様、安心して。主に害はないわ!」
「いや全然安心できねえよ!」
その悲鳴に近いツッコミの最中も、セレネは相変わらず落ち着いているし、シオンはむしろ面白がっている。
ルクスはとうとう扉の近くまで来たものの、毒花の境界でぴたりと止まっていた。
「シオン、今すぐ花を退けろ」
「ええー」
「退けろ」
「主が僕の腕の中にいるのに?」
「だからだ」
「嫉妬深いなあ……」
「お前ほどじゃない」
空気がまた険悪になる。
叔父は頭を抱え、俺はようやくセレネの腕から少しだけ顔を上げた。
「……とりあえず、一つずつ説明してくれ」
「もちろんよ」
セレネが優しく微笑む。
その微笑みは本当に安心するものなのに、状況が安心させる気をまるで感じさせない。
「主の魂が不安定だったから、抱きしめて落ち着かせていたの」
「それは分かった。背後の花は――」
「僕が来たからだよ。セレネだけが主に触れているのが気に入らなくてね」
「分かりやすすぎるだろ」
「でも心配だったのは本当だよ」
「……」
否定できないのが厄介だった。
こいつらは本当に、心配して来ている。ついでに自分の欲望も全力で通しているだけで。
「――主」
ルクスが低く言う。
「許可を」
「何の」
「二人を引き剥がします」
「駄目よ」
「嫌だね」
「お前らは黙れ」
俺は深く息を吸った。
花の香りが濃い。甘いのに少し頭が痛くなる。
「シオン、花を引っ込めろ。セレネも離せ」
「主がそう言うなら」
「……少しだけ残念だわ」
二人がようやく腕を解く。
同時に、床の毒花が音もなくほどけるように消え始めた。
蔦も花弁も、朝露みたいにふっと空気へ溶けていく。
その隙にルクスが一歩で距離を詰め、俺のすぐ横へ来た。
あからさまに二人を牽制している。
叔父はまだ呆然としていたが、ようやく額を押さえながら呻いた。
「…………朝から情報量が多すぎる」
「……俺もそう思う」
「いやお前、当事者なのにそんな冷静なのかよ?」
「内心では全然冷静じゃないんだ、ごめん」
――むしろ限界だ。
セレネは寝台の端に腰掛けたまま、穏やかに俺を見る。
「でも、主の顔色は昨夜より良くなっているわ」
「それは……まあ」
「抱擁の効果ね」
「……そこは認めたくない」
シオンも花の香りを残したまま笑う。
「寝起きの主、やっぱり綺麗だったな」
「お前は黙ってろ」
「つれないなぁ、もう」
そしてルクスが、いつになく真顔で口を開いた。
「主」
「何だ」
「次からは、起きる前に俺も部屋へ入れてください」
「何でだ」
「このような事態を防ぐためです」
「……まあ、それはそうかもしれん」
「へえ。自分も混ざりたいだけじゃないのかい?」
「黙れ」
「図星だろう?」
「今すぐ外へ投げ捨てるぞ」
ああ、また始まった。
どうしてこの二人は仲が悪いのだろう?
叔父が「もうやめてくれ……」と本気で疲れた声を漏らす。
俺も完全に同意だった。
だが、それでも。
こうして騒がしく目を覚ます朝は、久城家にいた頃よりはるかにましだと思ってしまった自分がいた。
意味不明で、過剰で、距離感はおかしい。
けれど少なくとも、ここにいる連中は俺を傷つけるために近づいてきているわけじゃない。
思わず俺は静かに笑っていたのだった。