テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
オルビス教団の主教であるデニス・A・グラントは、多くの証拠をもとに、異端諮問局から召喚を受けた。
しかし、主教はこれを拒否。
自身の権限を最大限に使い、あくまでも対立の姿勢を鮮明にした――
「……と。まぁ、こうなるよなぁ……」
「そうですね」
オリバーの嘆きに、アリアは短く返事をした。
調査を進めていたところ、主教が絡んでいた……どころの話ではない。
主教こそが黒幕だったのだ。
大司教はバイロンを使って『永遠の命』の実験をしていたが、それを主導していたのが主教だった。
異端諮問局の中にも主教の息の掛かった者がおり、オリバーの耳に入る情報が一部操作されていた――
……そんな話も出てきてしまい、話はどんどん、大きくなっている。
「詳しい内容はまだだが……主教殿が問題を起こしたことは、既に広まりつつある。
これに対して、何か意見はあるかね?」
「まずは問題を解決しましょう。主教殿に、罰の執行を」
「……そのあとは?」
「オリバー様が、何とかしてください」
「……まぁ、そうなるよなぁ」
オリバーは執務室の天井を見ながら、考えを巡らせる。
「ちなみに主教殿の対応が終わったら、アリアはどうする?」
「あたしは、外回りに戻ります」
「……まぁ、そうするよなぁ」
オリバーは頭をがしがしと掻いてから、いろいろな可能性を模索する。
……結局は責任は自分。異端諮問局の責任者なのだから、それは仕方が無い。
……自分は強権を持っているとはいえ、実際には主教の権力の方がずっと強い。
ならば直接、やはり叩くしかないか――
「――数々の証拠、並びに召喚拒否。
これより我らは、主教殿に対して強制捜査を実行する。
アリアは自身の権限の元、適切に行動……もしくは、他の執行官の補佐にまわること」
「はい、かしこまりました」
オリバーの命令を受けたあと、アリアとザインは執務室を後にした。
廊下を歩いていると――多くの神職者とすれ違った。彼らは、オリバーの執務室に入っていった。
……あれが、異端諮問局の執行官。ザインはそう認識した。
しかしアリアは、彼らの方を見すらもしなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
執行官たちが主教の部屋に進もうとするも、警備の騎士と対峙することになった。
当然ながら主教の命令があったためで、現場も大きな混乱を見せている。
「……手が、足りないねぇ」
大きな組織の中の小さな1部署が、組織のトップを捕らえようとしている。
なかなかお目に掛かれないような状況……。何をするにも、疑念や戸惑いが生まれてしまう……。
「それに、心配だよな。メルヴィナが――」
……聞いた話によれば、メルヴィナは主教と一緒にいるらしい。
それもこれも、アリアとの繋がりを疑われて……の話である。
「あたしのせいで、怪我をさせるわけにはいかないもんね」
「……そうだな」
「ねぇ? あたしにひとつ、作戦があるんだけど。
主教殿と直接会うには、どうしたら良いと思う?」
「んー……? 少人数でお前と会ったら、一方的にやられるからなぁ……。
他の代理人を立てるか、あるいは武力を行使しない旨の誓約をする……とか、じゃないか?」
「それならやっぱり、誓約……かなぁ」
ここでいう誓約とは、一種の魔法的な契約である。
特別な契約を交わすことで……法的な根拠ではない、魔法的な根拠によって、お互いの行動を制限するのだ。
「そこまでして、お前は何をするつもりなんだ……?
危険なことなら、俺は――……できたら、できるだけ反対するぞ?」
「あはは、大丈夫。あたしはメルちゃんを助けて、無事に帰ってくるだけだよ」
「……何の答えにもなってないが……。まぁ、信じるよ」
主教としても、今のままでは何も解決しない。
そのため、自分に有利に交渉ができるのであれば……誓約の話も、一方的には断らないだろう。
アリアはオリバーに打診して、その準備を進めることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アリアは誓約の魔法書にサインを行い、その後、信徒を何人も経由して、主教のサインが行われた。
143
これにより、アリアは主教に武力を行使できず、主教もアリアに武力を行使できなくなった。
……また、主教はメルヴィナを連れてくることになり、アリアは他の誰かを連れていけるようになった。
そして、アリアが選んだ人間というのは――
教理監査局の、ミラだった。
――広い講堂。
今は入ること自体が制限されており、この場には4人しかいなかった。
アリアとミラ、主教とメルヴィナ――……それ以外の人々は、講堂の外で睨み合いを続けている。
「お久し振りです、主教殿。
こんな再会になるとは、思いも寄りませんでしたが」
「まったく、それはこちらの台詞だ。
たかが『S』の分際で、ここまで事を大きくするとは……」
主教は最初から苛立ちを隠さなかった。
取り引きの場としては愚の骨頂……とは思うものの、それ以上に、アリアを威圧する空気が凄まじい。
「さすが、オルビス教団を登りつめた方……ですね。
メルちゃんも、元気で何より~♪」
アリアはメルヴィナに軽くウィンクをした。
しかしメルヴィナは細かく震えており、何の反応も返すことができない。
……アリアは冷静に、現状を確認した。
主教の足元には魔法陣が描かれており、周囲を薄っすらとした障壁……攻撃を無効にするバリアで囲っている。
武力を行使しないと誓約したにも関わらず、やはり、念には念を入れている。
ちなみにそれは、アリアの体術では破れる類のものではなかった。
「それで? お前はまだ分かるが――
もうひとりの、真偽鑑定官だったか? そやつが何故ここに?」
「はわわ……」
ミラは完全に、主教の威圧に屈していた。
人に手を差し伸べるべき組織のトップが、こんなにも身内に厳しく当たるとは……。
アリアはどこか、悲しい気持ちになってしまった。
「主教殿。あたしから、取り引きの提案があります。
その正当性を示すために、ミラさんと一緒に来ました」
ミラはアリアをちらっと見上げた。
いつもは『ちゃん』付けなのに、今は『さん』付け……。
この場においては当然なのだが、どうしても緊張に拍車が掛かってしまう。
……昔の自分なら、その緊張に負けていただろう。しかし今なら……ミラは両手を、ぐっと握りしめた。
「――取り引き、だと? 私の命を、助けてくれるのかね」
「ええ。主教殿は……渇望しているのでしょう? 永遠の命を」
アリアの言葉に、主教の表情が強張った。
地下の礼拝堂で行っていたのは、自発的な異能の付与。
目指したものは、『永遠の命』という異能。
……『異能の天球儀』を欲していたのは、これも同じ目的なのだ。
「ふふっ。ありていに言えば、その通りだ。
私はオルビス神のために、この教団を率い続けるのだ。
オルビス神の完全なる円環を、私がこの不完全な世界に創り上げてやるのだ――」
主教は天を仰いでから、アリアに視線を移した。
「――だが、そのためには……今世などという短い時間では、到底足りぬのだよ。
それで? お前が私に、永遠の命をくれるとでも言うのかね!?」
「はい。あたしには、それができます」
「ッ!?」
アリアの言葉に、主教は絶句した。
いくら異能に詳しい異端諮問局といえども、そんな話は聞いたことがなかった。
「ミラさん。真偽鑑定をお願い」
「は、はい……っ」
「アストリア・S・ノクスは――異能の付与について、嘘偽りなく回答します」
「それでは……。
あなたは自らの手で、他者に異能を与えることができますか……?」
ミラは手のひらを広げて、アリアの額にかざした。
やわらかな光が包み、それはすぐに収まっていく。
「……答えは、『はい』でした」
ミラは手を引っ込めながら、恐る恐る主教を見上げた。
主教は――驚きと喜びの表情を浮かべている。
この場にあって、そんな顔を……。ミラは一気に、恐ろしくなってしまった。
「本当か?
本当にそうなら……お前は私に、何を望む?」
「メルヴィナ・N・ローネルの、安全だけ。それを対価に、あなたに異能を与えましょう」
「……足りんな。
異端諮問局として、私への疑惑も取り下げてもらおう」
「あたしには、その決定権がありません。
代わりに……主教殿の命令があれば、そのように動くことを誓いましょう」
アリアは静かに、主教に告げた。
主教は思いも寄らない提案に、心の中でほくそ笑んだ。
「ふふっ。まぁ、その辺りが落としどころか。
お前のような逸材が、私の命令を聞くと言うのも……なかなか興味深いところだ」
「あ……アリア、さんッ! 私は、大丈夫……だから――」
「強気なのは健気だけど、メルちゃんは無理しないで。ね?」
アリアはゆっくりと、主教の方に歩いていく。
それを見た主教も、自身のまわりに張られたバリアを、静かに解除する。
――その瞬間。
アリアは突然走り出して、主教の元に猛進した。
主教は慌ててバリアを張り直そうとするが、それは失敗に終わる。
「――なァ!?
私を攻撃するのかね!? そんなのは誓約により――」
「攻撃はしない。あたしがするのは、ただの祝福よ」
突然の白い閃光。主教の目には、闇が訪れた。
そしてそのまま、主教は何も見えないまま、冷たい声だけが聞こえてくる。
「――異端諮問局、特務裁定官。
アストリア・S・ノクスの名において、私がお前に終わりを告げる」
「お、終わりだと!? 何を言っている!?
私が望むのは、永遠の命だけ――」
主教の額に、アリアの指が強く押し込まれる。
そして聞こえる、荘厳な詠唱。
「――ならば天命を与えよう。
神は汝に介入し、強いたる未知を開くべし。
爆ぜて乱れよ、魂と共に――」
主教の額に、強烈な衝撃が叩き込まれる。
額から頭に、頭から心臓に、心臓から全身に――
……制御できないほどの力。しかし、今までとは比較すらできない生命力。
どうにか目が見えてきた頃、跪いた自分の前には、堂々と立ちはだかる少女の姿があった。
黒いローブに黒い帽子、黒い靴。金色と赤色の刺繡や装飾が沈むように施されたデザイン――
……見た目は変わったが、アリア本人で間違いない。
それと共に感じたのは、自身の奥底から漲ってくる力。
何者にも手を出せない……圧倒的な生命力が、今、この身体の中に――
呼吸をどうにか落ち着けた主教は、ゆらりと立ち上がって、アリアの正面に立つ。
「――ふふっ、それが特務裁定官の姿……だとでもいうのかね?
しかし、ありがとうよ。まさか私を裁定する者が、私に永遠の命を与えるなど――」
自らの望みを叶えた主教は、アリアとの距離を詰めていく。
自分はこれから、永遠の時間を教団に捧げていく。永遠の時間を神と歩んでいく。
そして、いずれは神に至る――
「――……グワァ?」
……突然、主教の目の前が割れた。
視覚的なものだろうか。いや、何か……自分が真っ二つに切り分けられたような。
足が震え始める。立っていられなくなる。地面に吸い込まれていく――
「……おめでとう。
主教殿が手に入れたのは、確かに『永遠の命』よ」
「――グヲェ?」
「理解はできる? もう、無理かしら?
……永遠の命を得るために、お前の身体は無尽蔵の分裂を繰り返していく。
それと同じく、魂も……永遠の分裂を繰り返していくでしょう」
「ゴエォ……?」
アリアは主教の前にしゃがんで、彼の頭を優しく撫でた。
……『永遠の命』という異能は、本来であれば、人間の姿を永遠に保つ力がある。
しかし今回、アリアは異能の『発芽』ではなく、さらなる次の扉――異能の『開花』までを、強引に行った。
強い異能の上に、さらに積まれる開花の力。
強引な開花が生み出す、制御できないほどの反動。
それらの組み合わせにより――
……主教は徐々に、魂の形が保てなくなる。
……身体が徐々に、全ての力が入らなくなる。
「アァ……ギアゥ……?」
メルヴィナも、ミラも、立ち上がれなくなった主教から目を逸らした。
しかしアリアだけは、主教の姿から目を離さない。
「――死という選択肢は、持っておいたほうがいい」
アリアは主教に向かって、静かに言った。
「無限に千切れていくお前は、永遠を生き延びることができるでしょう。
……でも、限界まで薄まりきった意識で、何を成せるのかしら?」
アリアは彼女の帽子……収納の魔導具から、不思議な質感の金属の板を取り出した。
主教だったもの――目の前の存在を金属の板で囲んでから、彼女は杖を、強く打ち付けた。
一瞬の輝きのあと、そこにはひとつの、大きな金属塊が作り出される。
――封印。
魔法の力でも不思議な力でもなく、ただ単純な、物理的な封印が施された。
メルヴィナとミラは、それを横目で見届けた。
足に力は入らず、いつの間にか、ふたりは地面にへたり込んでいる。
……アリアはそんな彼女たちに視線を送ってから、足元の金属塊を見下ろした。
「私はお前に滅びを与えることが出来るけど――
……そのぐちゃぐちゃになった身体で、次の滅びを待ってなさい」
コン、という、靴が何かを踏む音が、広い講堂に小さく響いた。