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ノスタルジックな部屋に、肩身の狭そうな女と異様な空気を纏った男が座っていた。
「──貴方の身体について少し教えてくれませんか」
男が女にそう話しかける。
「はい。最近、どうも身体が上手く動かないんです。やろうとしたことと別の行動に移ってしまったり、言おうとしたことと別のことを言ってしまったり…」
思い詰めた様な顔をして女は話す。手が小刻みに震え、腕を引っ掻くように自分の身体を抱き締めていた。
「成程。相当重たい事例ですね。自分の意思に身体が従わないことは、身体内での上下関係が逆転しているように思えます。」
紙にペンをスラ〃と走らせ、気持ちの悪い程正確に女の容態をメモしている。
「それに、ずっと見られているような…。動物園の檻に閉じ込められているみたいで」
口角がひきつって上がった。顔を伏せ、長く伸びた前髪に隠れた目が震えている。
「見られている様な…。それは別の者に操られている可能性が高いです」
軽快な音と共に終えたメモ。ペンは紙に捩じ伏せる様に置いて、女の顔をまじ〃と見つめた。
「取り憑かれている感じがするんです」
声のトーンを落として話した。女の口はがく〃震えている。
「いえ、取り憑かれているとは少し違うように感じます。きっと貴方もそう感じているんでしょう?」
女の目を見詰めた。男の目は獣を狩る狩人のような鋭い目で女の瞳孔をじっと見ている。女は、ハッとした顔を浮かべて男の目を見た。すると、女が静かに頷く。
「…最近、どうもドラマや本のような場面に出くわす事がありませんか?」
女は少し考えた後、思い出した様な表情を浮かべて男に話す。
「ドラマというべきかは分からないですが、奇跡に奇跡が重なるように物事が拡大していくことはあります」
男は再びメモを出して書いている。それは汚くも見えるが、何故か分かりやすいようにも感じるだろう。
「本の様な場面…。そういえば私、御伽噺が好きなんです。昔から良く読んでいて、自分で考えて書いたりとかも」
女は懐かしげに語っている。何者かに操られてからは御伽噺を読む事は無くなったのだろう。
「それは素敵ですね。少し疲れたでしょう?ハーブティーをお出ししますよ」
これ以上無理に疲れさせない方が良いと判断したのだろう。椅子から立ち、キッチンに向かう。
「ありがとうございます。」
女が感謝の言葉を述べると男は気を重くさせない様にジョークを言った。綺麗に保管されたカップにハーブティーを注いで、それを女の前に置く。女は忽ちそれを飲めば、暖かさに安心したのか溜め息を零す。
「蜂蜜を入れるともっと美味しくなりますよ。お入れしましょうか?」
机の端に置いてあった蜂蜜を机の中央に移動させて女に訊く。
「お願いします」
女も微笑みを浮かべている。両者気味が悪い程に安心しているようにみえた。
「知っていますか?蜂蜜は喉に良いんですよ」
蜂蜜を注ぎながら男は女に語りかける。蜂蜜がハーブティーの水面に当たると、形を変えながら溶けていく。
「そうなんですか?」
女は意外だったのか、どこか吃驚したような表情を浮かべている。
「ええ。喉を労らないと御伽噺は唄えないでしょう?」
気遣いとからかいを混ぜたかのような声色と表情でそう言った。椅子に再び腰かけて男は咳払いをした。
「…話にもどりますが、御伽噺は子供に読み聞かせる事が多い分、人間の理想像となることが多いです。」
男が顎に手を当てて考えている。流石の男でも難しいのだろうか。
「物語のような出来事が多くあるのならば、人生そのものを操られている可能性があります」
両手を合わせ、女の目を貫くような真剣な眼差しで女を見詰める。
「どういうことですか?」
女がカップを両手で握っていると、男が女に優しげな微笑みを途端に見せた。
「もし何者かが貴方に理想を押し付けているとしたら?」
男がこっちをみた。
「ほら、居ましたよ。理想の物語を押し付ける輩が。」