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上野文
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#白い結婚
夕凪ゆな
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第329話 奪わせない
【どこでもない層/深部】
榊原梓から現実世界へ伸びる白い線が、大きく揺れた。
細かった帰還経路の途中へ
別の反応が入り込んでいる。
ラスト。
白峰律は、すぐに梓へ呼びかけた。
「榊原さん、止まれますか」
『……やって……みます……』
白い線の伸びが鈍る。
だが完全には止まらない。
すでに梓の意識の一部は、現実側の身体へ触れ始めている。
心拍。
指先。
腕。
一度繋がり始めた二つが、互いを求めている。
その経路の外側を薄い境界反応が這った。
『止めるなよ』
ラストの声。
白峰が低く言った。
「離れてください」
『嫌だね』
「これは榊原さんの帰還経路です」
『知ってる』
「なら――」
『だから来た』
白峰の表情が変わる。
ラストの反応が、帰還線の周囲をなぞっていく。
直接掴まない。
壊さない。
ただ形を確かめるように。
『やっと分かった』
ラストが笑う。
『門なんか要らなかったんだ』
白峰の目が細くなる。
「何を言っている」
『こいつだよ』
梓の白い光へ。
『現実で生まれて、身体は向こうに残ってる』
『意識だけ別の世界へ渡って』
『境界に長く残って』
『それでも自分を失ってない』
一つずつラストは確かめるように言った。
『しかも今は、自分から向こうへ線を作ってる』
白峰はようやく理解した。
「榊原さんを……道標にするつもりですか」
『違う』
ラストが即座に返す。
『道標じゃない』
少し間。
『道そのものだ』
◆ ◆ ◆
【現実世界/警察関連医療施設】
「反応が増えた!」
リオが右手首を押さえた。
副鍵の光が不規則に揺れている。
ハレルの主鍵にも梓とは違う反応が混ざり始めていた。
匠がすぐに言う。
「ハレル、引くな」
「分かってる!」
「線だけ見ろ。梓さんを動かそうとするな」
ハレルは歯を食いしばる。
感覚として分かる。
梓はこちらへ来ようとしている。
だがその道の横から誰かが入り込もうとしている。
「父さん」
「何だ」
「ラスト、榊原さんを引っ張ってない」
匠の目が変わる。
「じゃあ何をしてる」
「道を……触ってる」
リオが眉を寄せた。
「道?」
「榊原さんがこっちへ戻ってくる線」
ハレルは胸元を押さえる。
「そこに、自分の反応を重ねようとしてる」
匠の表情が険しくなる。
「乗るつもりか」
「たぶん」
ユナが振り返る。
「そんなことしたら、先輩は?」
誰もすぐには答えられなかった。
◆ ◆ ◆
【異世界/王国警備局・観測室】
ノノの端末にも同じ異常が出ていた。
アデルが聞く。
「切れるか」
「無理に切ったら、梓さんの線まで切れる」
「ならラストだけ外せ」
「それができない」
ノノは画面を拡大する。
ラストの反応は梓の帰還線そのものへ入り込んでいるわけではない。
外側。
ごく近く。
同じ境界の流れを使おうとしている。
「梓さんの線を真似してる」
イデールが聞く。
「真似?」
「うん。どこを通ってるか、どうやって現実側へ繋がってるか……覚えようとしてるみたい」
アデルの表情が変わる。
「一度覚えたら?」
ノノは少し黙った。
「自分で越えられるようになるかもしれない」
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深部】
白峰はラストを睨んだ。
「あなたの目的は何です」
『言っただろ』
ラストの声は軽い。
『自由に動きたい』
「どこへ」
『どこでも』
現実。
異世界。
深部。
境界。
世界と層の間。
今まで移動には誰かの作った門が必要だった。
カシウス。
クロスゲート。
固定座標。
鍵。
ラストはそれを嫌っていた。
『いちいち許可なんか取ってられるか』
「だから榊原さんを使う?」
『使うって言い方、嫌いなんだろ』
白峰の表情が硬くなる。
『でもお前らだって同じだ』
「何が」
『鍵だの座標だの身体だの』
ラストが笑う。
『結局、使えるものは使う』
白峰は否定しなかった。
昔ならその通りだった。
だからこそ。
「今は違います」
『へえ』
「榊原さんは、自分で戻ると決めた」
白峰ははっきり言った。
「その選択を邪魔するなら、私は止めます」
ラストの反応が僅かに揺れた。
『そいつが戻ったら』
声から笑いが消える。
『この線は消える』
白峰は黙る。
『身体と意識が繋がったら、境界に残る理由がなくなる』
「それで?」
『困るんだよ』
一度。
間。
『俺が』
◆ ◆ ◆
カシウスはここまで黙っていた。
白峰が振り返る。
「カシウス」
返事はない。
「ラストを止めてください」
「なぜ」
白峰の目が険しくなる。
「榊原さんの帰還を妨害しています」
「まだ妨害とは限らない」
「何を言っているんです」
「経路を観測しているだけだ」
白峰が一歩動く。
「その結果、榊原さんが戻れなくなっても?」
カシウスは梓の光を見る。
「帰還が成立するなら問題はない」
「成立しなかったら?」
「原因を調べる」
白峰はしばらく何も言わなかった。
そして静かに言った。
「あなたは本当に変わらない」
カシウスが見る。
「榊原さんがどうなるかより」
白峰の声が少しずつ強くなる。
「何が起きるかを知りたい」
返事はない。
「人を結果のための材料として見る」
「違う」
「同じです」
白峰は遮った。
「私はそれをやったから分かる」
榊原梓。
あの日。
自分がしたこと。
「もう二度と、同じことはしない」
◆ ◆ ◆
梓の白い線が再び揺れた。
『……白峰……さん……』
「はい」
『……身体……遠く……なる……』
白峰の顔が変わった。
ラストの反応が帰還線の外側へ重なるほど
梓自身の方向感覚が乱れている。
「榊原さん」
白峰はすぐに言う。
「私の声ではなく、自分の身体を見てください」
『……身体……』
「心臓」
『……はい……』
「指」
『……あります……』
「呼吸」
梓の光が揺れる。
『……まだ……弱い……』
「それでいい」
白峰はゆっくり言った。
「戻る場所は、こちらではありません」
現実世界。
眠る身体。
「あなたが選んだ場所を見てください」
◆ ◆ ◆
【現実世界/警察関連医療施設】
処置室のモニターが警告を出した。
心拍が乱れる。
医師がすぐに確認する。
「脈拍上昇!」
「脳波も不安定です!」
ユナの顔が青ざめる。
「先輩……」
匠が主鍵を見る。
「ハレル、今どこにいる」
「まだ途中!」
「梓さんの線は?」
「ある!」
「ラストは?」
「横にいる!」
「なら梓さんだけ見ろ」
ハレルが父を見る。
「でも、このままだと――」
「引くな」
匠は強く言った。
「ここで引っ張ったら、帰還じゃなくなる」
ハレルが息を呑む。
「梓さんが自分で選んだ道だ」
匠は続ける。
「私たちは、ずれないように支えるだけだ」
リオが右手首を上げた。
「なら俺は?」
「反対側の揺れを抑えろ」
「どうやって」
「主鍵に合わせろ」
リオは即座に副鍵へ意識を集中する。
異世界側。
アデルもノノの指示で同じように副鍵を安定させる。
三つの鍵が。
もう一度。
同じ基準へ揃っていく。
◆ ◆ ◆
ラストの反応が初めて大きく乱れた。
『……邪魔すんなよ』
白峰が言う。
「邪魔しているのはあなたです」
『俺は道を見てるだけだ』
「榊原さんが苦しんでいる」
『少しくらい我慢すればいい』
その言葉に白峰の目が変わった。
「あなたもですか」
『何が』
「本人より目的が大事だと言う」
ラストは答えない。
「カシウスと同じですね」
『一緒にするな』
初めて。
声に明確な苛立ちが混じった。
『俺はあいつに従ってない』
「知っています」
『なら――』
「従っているかどうかの話ではありません」
白峰は梓の線を見る。
「他人の選択を、自分の都合で止めようとしている」
ラストの反応がさらに揺れた。
『……うるせえ』
「榊原さんは戻ると決めた」
一度。
言葉を切る。
「なら、それを邪魔する権利はあなたたちにはない」
◆ ◆ ◆
その瞬間。
梓の光が強く脈打った。
ラストでも。
白峰でも。
主鍵でもない。
榊原梓自身の反応。
『……私……』
白峰が振り返る。
『……戻る……』
「はい」
『……戻りたい……』
声が先ほどより強い。
ラストが反応する。
『待て』
梓は止まらない。
『この道が消える』
『……私の……道です……』
ラストが黙った。
梓の白い線が一気に太くなる。
『私が……戻るための……』
現実側。
身体の心拍が
再び一定の周期へ近づく。
『あなたのためじゃない』
ラストの反応が初めて白い線から押し出された。
『……っ!』
ノノの観測上。
二つの反応が分離する。
「今!」
異世界側でノノが叫ぶ。
「アデル、固定して!」
「了解!」
副鍵の光が強まる。
現実側。
リオの副鍵も同時に反応する。
ハレルの主鍵が中央で白く光った。
ただし。
誰も引っ張らない。
誰も方向を決めない。
梓自身が
その三つを基準に自分の身体へ向かって進む。
◆ ◆ ◆
ラストがもう一度
境界へ手を伸ばすように反応を重ねる。
『ふざけんな』
白峰が立ちはだかる。
「させません」
『お前に何ができる』
「全部はできません」
白峰は答える。
「でも」
梓の帰還線へ
自分の観測情報を重ねる。
押すためではない。
守るため。
「榊原さんが選んだ道を、あなたに奪わせない」
ラストの反応と。
白峰の観測。
衝突。
深部の表示が一斉に乱れる。
深層Cの声。
『境界安定率低下』
カシウスが初めて動いた。
「白峰、やめろ」
「嫌です」
「経路そのものが壊れる」
「ならラストを止めてください」
「彼の反応を完全には固定できない」
白峰が振り返る。
「では、榊原さんの選択を優先してください」
カシウスは答えなかった。
白峰は
その沈黙で十分だった。
◆ ◆ ◆
【現実世界/警察関連医療施設】
梓の身体。
右手。
指が動く。
今度は一度ではない。
ゆっくり。
二本。
三本。
指が曲がる。
ユナが口元を押さえた。
「先輩……」
医師がモニターを見る。
「脳波上昇!」
「自発呼吸も増えています!」
ハレルの主鍵から白い光が処置室の方へ伸びる。
見えるほどはっきりと。
「父さん!」
「ああ」
匠も初めてその線を目で捉えた。
だが同時に線の後方。
黒でも白でもない影が
もう一度食いつこうとする。
ラスト。
ハレルの表情が変わる。
「まだ来る!」
◆ ◆ ◆
境界でラストが
白い線を追っていた。
もう梓を止めるためではない。
消える前にこの道を自分の中へ残すため。
一度でも完全な形を掴めればいい。
世界を越える方法。
誰にも許可を取らず。
門にも。
鍵にも。
カシウスにも頼らず。
自分の意思だけでどこへでも行ける道。
『あと少しだ』
ラストが呟く。
だがその先で梓の声がした。
『来ないで』
ラストが止まる。
『これは』
梓の白い光が。
現実世界へ向かって強くなる。
『私が帰る道だから』
次の瞬間。
境界全体を。
白い光が覆った。
コメント
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読了しました…(じっくり) この話、すごく重くて苦しいけど、すごく温かい気持ちにもなりました。 梓が「自分の道だから」って言って、ラストの干渉をはっきり拒んだところ、本当に胸が熱くなりました。白峰もカシウスと真っ向から対立してまで梓を守ろうとしていて…「奪わせない」の重みがちゃんと伝わってきました。 梓が自分で戻るって決めて、その道を通ろうとしてるのが本当に尊い。 橘靖竜さん、ありがとうございます。ラストの執着と梓の意志のぶつかり合い、引き続き応援しながら読みます🌙