テラーノベル
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巴さんの言いつけ通り、翌日から私は厨房への出入りを禁止され、巴さんの部屋と執務室を行ったり来たりするようになる。
仕事も、如月さんから頼まれた書類整理や、巴さんの部屋の隣に位置する書斎の掃除、手の空いている人がいない時に頼まれる使い程度で、後は巴さんの部屋の掃除を一日掛けて少しずつやるように言われただけ。
食事やお菓子は手の空いている人が届けてくれるので、部屋の外で私が受け取って巴さんへ配膳し、後で食器類を回収しに誰かが来てくれるのでそれを渡す作業をする。
正直、こんなことだけをやるメイドなんて必要無い気がするし、こんなことでお給料を貰っているのも他の人たちにも申し訳が立たない。
そして、あの一件以来、巴さんは私がお屋敷内で如月さん以外の男の人と仕事の話をしているだけでもいちいち文句を言うようになり、仕事の話なら三十秒で終わらせろ、笑顔を見せるな等、無茶苦茶な要求を強いられていく。
何故ここまで色々言われ、制限されなければならないのか分からず、心がモヤモヤしていくばかり。
唯一息抜きが出来るのは、巴さんが仕事で外出をしている時間や、使いの時くらいのもので、一度外へ出るといっそこのまま自宅へ戻ってしまいたい気持ちが募っていった。
今日は昼前から巴さんが諸用で出掛けていたので、使いを頼まれた私は帰宅してすぐに如月さんに頼まれた物を渡してから巴さんの部屋へ戻ろうと廊下を歩いて行く。
廊下の角を曲がったところで、遅めの昼食を終えて厨房へ向かうところだったのか、高間さんが私に気づいて足を止めた。
「侑那ちゃん、大丈夫? 顔色、悪いよ」
疲れ切っている時にふいに優しい声を掛けられ、胸がじんわり温かくなって何だか涙が出そうになる。
こうして廊下で話をしているのは良くないけれど、今巴さんは出掛けているし、何より気持ちを分かってくれる誰かと話をしたい、少しくらいなら大丈夫。
そう思って話をしていた。
「だ、大丈夫。ちょっと忙しいだけで……」
「忙しいっていうより、巴様に閉じ込められてるって噂もあるけど、本当に大丈夫なの?
「閉じ込められてる訳じゃないけど、自由は無いかな。でも大丈夫、お仕事だから」
「そっか。ならいいけど」
「うん、それじゃあ私はこれで」
そういくらか言葉を交わしてからその場を立ち去ろうとした、次の瞬間ーー
「……楽しそうだな。随分と」
背筋が凍りつくくらいに低い声が、真横から聞こえてきた。
ゆっくり顔を向けると、出掛けていたはずの巴さんがそこに立っていた。
鋭い眼差しは高間さんを一瞬で射抜き、次に私へと向けられる。
「俺がいないのを良いことに、自由にやってるんだな」
こうなってしまった今、何を言っても信じてもらうことは出来ない。
それを感じたのは高間さんも同じだったようで、私たちはただその場に立ち尽くし、動けずに居た。
翌朝、如月さんに呼ばれた私が聞かされたのは、高間さんが辞めたという話だった。
如月さん曰く、本人の自己都合での退職だと言っていたけれど、私は絶対に辞めさせられたんだと思い、執務室を後にするや否や巴さんの元へ駆け込んだ。
「巴様! どういうことですか? 高間さんを辞めさせるなんて!」
「……必要ないと判断した。それだけだ」
「まさか、昨日の件で!?」
「辞めさせた理由をお前に話す必要は無い」
「あります! 当事者ですもの!」
そう口にする声が震えているのが分かる。
だって、あんな……高間さんは何も悪くないのに辞めさせられるだなんて。
悔しさと悲しさと、どこか切ない感情が混ざり合って胸が締めつけられる。
「巴様がそんな人だとは、思いませんでした……」
私のその言葉に、巴さんの瞳が一瞬だけ揺らいだ気がした。
「俺は、何も間違ったことはしていない」
「間違ってます! 自分の思い通りにならなければ権力を振りかざして人を苦しめる……。そんなの、最低の人間がすることです!」
その言葉に、私はハッとした。
(私は今、何を言ったの?)
言ってはいけないことを口にしているのは、何となく分かっていたけれど、もう止まらなかったし、止められなかった。
「私はもう、巴様の考えにはついていけません。私も本日限りで辞めさせていただきます!」
「初日にあんなに偉そうなことを言っていたくせに、逃げ出すつもりか?」
「逃げるのとは違います。巴様のような方にお仕えしたくないから辞めるのです」
反論した私に再度何かを言いかけた巴さんだったけれど、口を閉じて背を向け、
「なら勝手にしろ。お前のような奴は俺の方からも願い下げだ。二度と顔も見たくない」
拒絶の言葉を投げかけて来た。
「……っ、お世話になりました。失礼します」
別れの言葉を口にしてから部屋を出ると、ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた気がした。
そしてその瞬間、私は自分の頬を涙が伝っているのに気づいた。
(何で、涙が?)
この涙が何を意味するのか、私には全く分からなかった。
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