テラーノベル
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今日は雅に「待ってて」と言われたこともあり、営業終了の時間まで店に残っていた。
玲くんの計らいで雅は深夜一時に上がらせてもらい、今は二人、並んで夜道を歩いている。
普段なら、他愛もない話をああでもないこうでもないと交わしながら帰るのに、今日はそんな気分になれなかった。
「何か静かじゃね?」
「……そう?」
そっけない返事しかできないまま、ただアスファルトを見つめて歩く。
あんな距離感での接客なんて、今まで何度も見てきた。お客様と楽しそうに笑い合う姿は、この男にとっては日常の一部で、仕事でしかない。今に始まったことじゃない、と頭では完璧に理解しているのに、胸の奥に溜まったモヤモヤがどうしても消えてくれない。
「夏帆。何かあったろ。仕事関係?」
「何でもないってば」
今さらこの男に何を言ったって無駄だ。
仕事だから。いつものことだから。
そう自分に言い聞かせるたび、結婚してからどんどん狭量になっていく自分の器が嫌になる。
「じゃあ何でもないって態度しろよ。そんな不機嫌に言われても気になんだろうが」
雅は眉間に皺を寄せ、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
正論だとは思うけれど、正論だけで片付けられない。
こんな事を言って面倒だの、なんだの言われたくもないし、思われたくもない。特に、雅にはこんな発言重荷でしかないはずだから。
「言っても無駄な喧嘩になるだけでしょ」
「はあ? 俺達なんか今まで何回喧嘩したと思って……。そっちのが今更だろ」
「あんた面倒臭い! 良いったら良い!」
思わず声を荒らげて突き放そうとした瞬間、ぐい、と肩を抱き寄せられた。逃げようとしても、腕が私を囲って離さない。
人の気も知らず、こんな風に接してくる雅に腹立たしい。でもそれ以上に、こんなにもこの男の行動で不安になっている自分が一番腹立たしかった。
「今更干渉しないとか無理だからさっさと白状しろよ。いい加減こんだけ付き合いも長くなったら俺が放っとく訳無いのもいい加減学習しろ」
「……どうせ直してくれないくせに」
「何を直してほしーの?」
この男、絶対今楽しんでる。隠す気のないニヤけ面が目の前に迫っている。本当に癪に障る顔をしている。
一発くらい殴れないかな。こっちは綺麗な女性に話し掛けられてる雅を見て全く余裕ないのに、と考えるが、手を出したら悪いのは百パーセント私だ。
「……ムカつく。もうバー行きたくない」
「俺は嫉妬してる夏帆を見てんの楽しいから来てほしい」
「クズ、嫌い」
「嫉妬なんか嫌いな男にしないだろ」
まなこ〜友
117
#ますしき
T
5,800
無駄に正論を投げ込まれ、言葉が詰まる。
なんでこの男に言い負かされなきゃいけないんだ。
元はといえば、全部あんたが原因のくせに。
「俺がモテすぎんのが問題か」
「またそれも否定できないのがムカつく」
雅のペースに巻き込まれ、気づけばいつもの空気感に戻されていた。悔しいけれど、こういう強引でいて憎めないところに、結局いつも許してしまう。
「個人的には少し安心するけどな。俺ばっかりっていつも思ってるから」
「俺ばっかり……って」
「夏帆が嫉妬する事なんか無いから。もうずっとないんだって思ってた」
確かに、これまでの長い付き合いの中で、嫉妬を前に出した記憶はあまりない。彼が女性に声をかけられるのは日常茶飯事で、私はそれを慣れという言葉で片付けていた。
言っても仕方ないを繰り返して、自分を納得させてきたはずなのに。
今、こんなに冷静で居られないのは、昨日よりも今日の方が、この男への好きが積み重なって、もう自分でも制御できなくなっているからなのだと思う。
「面倒くせぇ女本当嫌いだけど、何でこんな悪くないって思えんだろうな」
「面倒くせぇ男がよく言うわね」
「お前本当、黙らせられたいみたいね」
低く囁きながら顔を近づけてくる雅。私は可笑しくなって、彼の整った頬を掌で押し返した。
「すぐ外でキスしてこようとしないでよ!」
「家でなら良いの?」
「外でそう言う事言うな!バカ!」
ふざけ合いながら笑っていると、ふと視界に入った雅の表情が和らいだ。
その瞬間、私の笑い声が喉の奥に引っ込む。
そんなに優しい瞳で、いつから私を見ていたのか。
「な、何」
「いつも通りに戻って良かったなって思っただけ。そうやって楽しそうに笑ってる顔も可愛いなって思っただけ」
「……」
思わず言葉が詰まる。
赤くなったであろう顔を隠すように、顔の横にかかった髪を耳に掛けた。
もうすぐ二十八歳で、可愛いと言われて素直に喜ぶ歳はとうに過ぎたはずなのに、雅に言われるそれだけは、いつまで経っても慣れず照れくさい。
「うわ、照れてんの? 珍しい」
「子供みたいな揶揄い方したらあんたの口捻り曲げるから」
「お前の脅し独特すぎだろ」
交際前から何も変わらないけど、今の私達はしばらくまだこれで良い。
─────いや、これがいい。
コメント
1件
うわあ、この回めっちゃ良かった……!夏帆の嫉妬とかモヤモヤがすごくリアルで、読んでてこっちまで胸がギュッてなった。雅に「俺ばっかり」って言われたシーン、あそこグッときたわ。ずっと心の中に溜めてたものをやっと見せられた感じがして。最後の「これがいい」って締めくくりも、なんかもうこの2人の関係性が大好きになったよ。次も楽しみにしてる!