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サークル活動が始まって二週間。新入生の中でも、神楽湊はあまりに静かで、他人との接点が少ないことで有名だった。
けれど、それをお構いなしに話しかけてくる人間が一人いた。
「湊くん、今日も来てくれたんだ! この脚本、読んだ?」
「……少しだけ」
「真面目だなあ。俺なんか、半分くらい寝てたかも」
ふと笑う伊織の顔は、いつだってあたたかい。
気を使われているわけでも、好奇心で近づかれているわけでもない。
彼の距離感は自然で、心地よくて、けれどどこか隙が多かった。
「そういうとこ、危ないぞ」
「え?」
「そうやって誰にでも笑ってたら、勘違いする奴が出る」
「ああ……でも湊くんには言われたくないな」
「……は?」
伊織は笑いながら肩をすくめた。
「俺、最初めっちゃドキッとしたもん。無表情でこっち見てくるから、“この人俺のこと嫌いなのかな”って。でも、ちょっと話してみたら、すげー真面目で優しいんだって気づいたから」
「……そんなこと言った覚えはないけど」
「言葉にしなくても、伝わるよ」
笑いながら、伊織は湊のそばに腰を下ろす。
誰もいない教室。二人きりの時間。
なぜか、その沈黙が心地いいと湊は思った。
――伊織は、怖かった。
誰にでも優しくして、無防備で、純粋で。
そのくせ、誰かの心の深くまで平気で入ってくる。
まるで最初からそこにいたかのように、自然と馴染んで。
「神楽くんって、さ」
「……何」
「誰かに甘えたりしないタイプでしょ。自分で何でも抱え込んで」
言い当てられて、湊は無意識に視線を逸らした。
「別に……甘える相手がいないだけだ」
「じゃあ俺がなればいいじゃん」
一拍の間。
「……え?」
「俺で良ければ、なんでも言ってよ。相談とか、愚痴とか、手伝って欲しいこととか。俺、神楽くんと仲良くなりたいんだよ」
そう言って、またあの笑顔を向けてくる。
まっすぐで、裏表がなくて、無垢すぎるその笑顔に、湊は目をそらすしかなかった。
(やめろ)
(そんな風に近づいてくるな。俺は……)
自分が、誰かに対してこんなにも心を乱されることに、湊はまだ気づいていなかった。
ただひとつだけ、確かだったのは――
伊織が、自分の世界を壊し始めていたということ。