叫ぶや否や、一気に力が抜けたようにへなへなとベッドに座り込む。
「これはダメだ。キメゼリフが甘い……」
キレが悪いなと意味不明のことを呟いて、有夏は肩で息をする。
「これ以上は無理だ。今ので肩を持っていかれた。でも、もう少し……」
端正な顔を歪めて、有夏は何だかブツブツ呟いている。
(端正な──というのは、もちろん黙っていればの話だ)
──え、嘘? なにこれ……。有夏サン? 頭をどうかされちゃったの?
徐々に扉を細くしていきながら、幾ヶ瀬。
自宅なのに、入るに入れない。
とりあえず有夏が何かやっているのは分かる。
遊びなのか、計り知れない意図があるのか──。
もう少し様子を見ようと、5センチほどの隙間を覗き込んだその時。
ガチャン。
「あっ!」
キーチェーンが大きな音を立てた。
有夏がはっとこちらを振り向く気配。
とっさに扉を閉め、幾ヶ瀬は気配を誤魔化すようにキーを2度回した。
一瞬の間に閉めて、それからもう一度開けたのだ。
わざと派手にキーの音をたてながら、扉を大胆に開け放つ。
中で有夏がコタツに滑り込む残像。
「ただいまぁー。遅くなっちゃったね。あはっ。すぐご飯にするねぇ。あははっ」
コタツから顔だけ出して、有夏がチラリとこちらを見やる。
大丈夫だ。幾ヶ瀬のこめかみがヒクヒク痙攣していることに気付いている様子はない。
──こいつ何やって……?
──え? てか、いつも1人の時ってこんな遊びしてるの?
──遊び……だよな?
「おかあ……」
「えっ、おか? お母さんってこと? えっ、俺……?」
「は?」
「い、いや……」
おかえりと言ってくれたのだと幾ヶ瀬は解釈した。
すぐにキッチンに立って、チラチラと部屋に視線を送る。
別に変った様子はないし、有夏の態度もいつものようにそっけないものだ。
こたつに潜りこんだまま、こちらを見ようともしない。
「きょ……今日はどうだったの?」
「どうって? 何が?」
「何がって……1日、何やってたのかなって思って……」
「別に。普通」
「……普通ってことないでしょ」
「うっせ」
「う、うん……」
幾ヶ瀬はめげてしまった。
探り出そうとしたが、心が折れた。
思春期の息子を持つ母親って、毎日こんな感じなのだろうか。
「じゃなくて!」
キッチンで叫ぶ幾ヶ瀬。
「俺がお母さんなわけないじゃない! あえて言うならお父さんだよ? ね、有夏?」
勢い込んで部屋を覗くと、当の有夏はコタツに潜り込んだ体勢でスヤスヤ寝ていた。
「……どんだけ寝るんだ、こいつ」
ちょっと不安になってしまう。
それに、と思う。
お母さんでもお父さんでもないし。親子なわけないし。
違うし! 俺たちは、そ・う・い・う間柄なわけだし!
「そういう関係なわけですし、俺は今から寝ている有夏さんにキスをします!」
お玉を片手に宣言して、幾ヶ瀬は足音荒く部屋に入った。
こたつのそばに座り込み、眼鏡を押し上げる。
「前髪が伸びましたね、有夏さん」
人差し指で絡めとった髪がサラサラと音をたてた。
睫毛がゆらりと揺れている。
スヤスヤと心地よい寝息を聞きながら、幾ヶ瀬は小さなあくびを漏らした。
心地よい微睡みが二人を包む。
「独りのときのテンションたるや」完
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