名前を呼ばれて目が覚める。横を向くと、懐かしくて愛おしいあの人の姿が。
「(菊田様…!?)」
涙が頬をつたい、拭うとその姿はなかった。
「菊田様…!!」
起きあがり肩を抱く。肌を重ねた感触が鮮明に蘇る。景色も匂いも、そしてあの姿も。
「(そう。いないの、いないの…。)」
言い聞かせて、ナガンM1895が1丁ずつ入ったホルスターを手にベッドを降りた。
あれから彼女は中央との縁を一方的に切り、国外逃亡のような形で海外に踏み込んだ。
「(また戦争への機運が高まってる。)」
念入りに身なりを整えながら、窓の外から聞こえる演説に耳を傾ける。
「そうか、わかった。」
ベンチで新聞を読むふりをして情報を仕入れ、現場に向かう。
「やぁ、よろしく頼むよ。久しぶりのニッポンなんだって??」
「ああ。」
バディと合流し、教授と助手に変装して船に乗る。大学は軍との関わりが強いため情報収集するに比較的活動しやすい場所なのだ。
「ゆくゆくは敵国になるがな。」
「そうなる前にゲイシャに会っときたいな。」
「花街がまだ残ってたらな。」
離れていく港をぼんやり見つめる。
「そういや、あんたと仕事する日がきたら、聞こうとおもってたんだ。なんでまだあんな面倒な銃を使ってるんだ??」
「それは…。」
服の上からナガンM1895を触る。また名前を呼ばれた気がして、そのほうをみるとバディと目があった。
「分かった。そういう野暮なことはもう聞かないよ。」
「そうしてくれるとありがたいね。」
「どこ行くんだ??」
「部屋だよ。1人にさせてくれ。」
どんな顔をしていたのだろう。些細なことで動揺してしまったことが情けなくなって、部屋のドアを閉めた先から座り込む。
「この任務で最後にしようと思うんです。スパイとして生きるの。」
うわ言だが菊田が隣にいるかのように話し始める。
「全部終わったらどこに高飛びしましょうか。寒いところは散々でしょうから温暖なところがいいですかね…。」
ナガンM1895を取り出して抱きしめる。不思議とこちらも、後ろから抱きしめられてるかのように背中が暖かくなった気がした。
「必ず生き延びます。貴方の分まで全うします。だからもう少し、首を長くして待っててくださいね。」
その時は、遊女でも軍人でもスパイでもない、普通の男女として愛を紡ぎたいと願って。
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