テラーノベル
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《今から数十年前――1957年10月14日》
「おい…何だよ、これ…」
地下シェルターを作るため、掘削機は地下約六〇メートルの地点まで掘り進めていた。本来なら硬い花崗岩の地層のはずだった。だが作業員の視線の先には、割れ目から人工照明を思わせる光が漏れ出ていた。
「照明か?」誰かがそうつぶやいた。
掘削機の唸るような低いエンジン音が地下に響く中、班長はすぐには返事をしなかった。
掘削機により割れた花崗岩の割れ目をじっと観察した。光は割れ目のさらに奥から漏れていた。
やがて、低い声で「いや、この深度まで来たのは俺たちが初めてのはずだ」
班長はしばらく黙り込んだ。
「こんな光が地中にあるはずがない。」
冷静さを取り戻した班長が後に聖堂と呼ばれることになる遺跡のような地下空間の発見を報告してから、約4時間後、休憩所の外から軍靴の音が響く。
小銃を持った陸軍憲兵隊が坑道に続々と姿を現した。
そのうちの1人が休憩所に集められた作業員の前に出て低い声で告げた。
「いいか君たち作業員は何も見ていない」
その憲兵はやけに厚みと重みのある封筒を差し出しながらこう言った。
「この中には風景画が入っている…つまりはそういうことだ、わかるだろう?」
誰も口を開かない中、掘削機の低いエンジン音が坑道に響き続けていた…
作業員が各々顔を見合わせたあと配られた封筒を恐る恐る開くと…
中には今まで見たこともないほど分厚い紙幣の束が詰め込まれていた。
作業員達はこの金額を想像することすらできなかった。
憲兵は最後に
「この事は掘削機の故障事故として処理させてもらう」
そう一言言って踵を返して本隊に戻って行った。
この日、とある国の地下約六〇メートルで発見された地下聖堂。
そして、その最奥に存在していたものは、後に《水晶》と呼ばれることになる
《この発見から約64年後――2021年》
「はぁっ…はぁっ…クソっ!」
男は息を切らして長い廊下を走っていた。
男は耳元の通信機に向かって叫んだ
「おいHQ(作戦司令部)!渡してくれた情報は嘘だったのか!?」
数秒後、通信機からノイズ混じりで
「こちらHQ、情報に嘘偽りはないはずだ」
その直後、背後から
「おい!お前、何をやっている!」
「まて!逃げるな!」
「ああ!クソ!どうしてここで憲兵に見つかるんだよ…!絶対に見つからない時間に来たはずなのに!」
男は走りながら悪態を吐いた。
だが遠くから軍靴の音が響く。
男の顔から余裕が消えた。
「ここしかないか…」
一瞬迷った。
だが近づいてくる軍靴の音が、その迷いを消し去った。
男は迷わず、すぐそばにあった扉を開け、その中へ滑り込んだ。
「……どこだっけ、ここ」
周囲を見渡す。
無機質な電灯、並んだ機器、低い駆動音。
「サーバールームか……」
男は小さく呟いた
「良かった……少なくとも『ここには』誰もいない」
男は安堵したように息を吐いた
「まあ…俺も運が良かった…のか。逃げ込んだ先がサーバールームなんて」
「おい!HQ、運が良いのか悪いのか、分からないが…」「まさか追われた先でお目当てだったサーバールームに入り込めるとはな」
男は通信機の向こう、HQに問いかける
「作戦の再確認だ。俺はナシル連邦のサーバールームに侵入。USBメモリを接続してデータを回収する、それであってるよな?」
通信機からノイズ混じりの声が届いた
「こちらHQ。作戦に変更はない。そのまま任務を続行せよ」
USBメモリを接続し、端末を操作していると……
目的のファイルが表示された。
《特異001NASR07》
HQが長年追い続けてきた情報。
それが、ついに見つかった。
《特異001NASR07》
最終更新日:1968年11月12日
ドン!ドン!ドン!
「そこにいるんだろ!!開けろ!」
背後からドアを叩く音が響いた。
憲兵だ。
男の視線は画面に向き直る。
「…まだ30秒もかかるじゃないか」
男は通信機に手を伸ばした
「なぁHQ、この作戦に救援は来るか?」
数秒の沈黙
ノイズ混じりに答えが届いた
「こちらHQ。もうすぐチーム6が到着するはずだ」
ドン!ドン!ドン!
未だ蹴る音が鳴り響いている…
男の顔には冷や汗がにじみ出ていた
だが途端にドアを蹴る音が鳴り止んだ。
男は息を呑む。
「間に合ったのか?」
急にノイズと共に
「こちらチーム6。……ジョーカー、待たせて悪かったな。憲兵どもは眠らせてるだけだから安心しろ、国際問題にはならないはずだ」
「あ―……こちらHQ。悪いが早く撤退してくれないか?」
「憲兵の連中がわらわらと来るからな」
ジョーカーとチーム6の声が通信機越しに重なる
「ハイハイ……わかりましたよ。全く…上は頭が硬いんだから…」
その夜――
先の作戦により回収されたデータ
《特異001NASR07》
それは本国に送られ、秘密裏に解析が始まった
中身は、彼らの予想を大きく裏切るものだった
《特異001NASR07》
最終更新日:1968年11月12日
ヘルハウンド(ナシル特殊部隊)チーム1
《動画ファイル1957/10/18》
「これか…再生を始めるぞ」
「なぁジョーカー…これ、色がついてないか?」
ジョーカーは答える
「まあ…色がつけられていてもおかしくはないだろう。
だから最終更新日が1968年なんだろうよ」
《動画ファイル1957/10/18》再生開始
「よし行くぞ」
隊長格であろう男の声が記録されていた。
カメラの先に規則正しい軍靴の音が響いている
ボディカメラを装着しているであろう隊長格であろう男は踵を返した。
その視線の先…禍々しい雰囲気を放つ『水晶』に向かって歩き始めた……
『水晶』に近づいたヘルハウンドチーム1――後に『ナシル連邦水晶内突入部隊』と呼称される部隊は、目の前の光景に言葉を失った
さっきまで聖堂の入口を背にしていたはずが…その入口が眼前にある。
そして、さっきまでいた後続部隊も、研究者も居ない…
すぐには理解できなかったが…警戒しつつ、その聖堂から出ると……
視線の先には、鮮やかな蒼い空
緑豊かな地面…
「まるで…『別世界』じゃないか…」
そう隊長格の直ぐ側にいた人間が呟いた…
隊長格が全員に言った
「一度本部に戻って報告しよう」
全員が頷き、憎たらしい程に綺麗な景色に踵を返し、聖堂へ、水晶へ戻って行った
水晶のそばへ近づくと…目の前には、さっきいなかった後続部隊に研究者もいた…ヘルハウンドチーム1は帰ってきたのだ
隊長格は後続部隊に聞いた
「部隊は全員いる!だが!何分だ!何分経った!」
後続部隊の隊長格であろう男が
「まあ…落ち着けよ、まだ5分しか経ってない」
隊長格はこう答えた
「俺たちはあっちで何分いた?」
直ぐ側の隊員が
「5分ですよ?」
…隊長格は「そうか…」と呟いき、後ろの水晶を見つめた
《動画ファイル1957/10/18》再生終了
そう無機質に画面に映された。
CIAの解析者達は、この映像を見て言葉を失った。
理由はカラー映像だからではない。
画面に映る景色に、莫大な資源が眠っているかもしれない新天地が、ナシル連邦に存在していた
《3年後―2024年》
アメリカは国連にこの情報をリークした
目的はただ一つ。
ナシルが60年以上隠してきた『水晶』へ国際介入を実現すること…
アメリカが“水晶はナシルの国内問題ではなく、人類全体の問題だ”という論理を使い国連憲章第11条を利用して押し切ろうとしている
《世界大戦後に改定された国連憲章第11条――常任理事国八か国の全会一致による安全保障理事会決議は、非常任理事国への『一時的』な国際介入を認める》
それは、世界大戦後の混乱期に生まれた特例だった。
本来であれば国家の主権を尊重する国際社会において、例外的に認められた強制的な介入権限。
しかし、その制度は戦争終結から数十年が経過した後も廃止されることなく残り続けていた。
《2024年12月12日》
《国連本部ジュネーブ》
常任理事国8カ国と非常任理事国多数の代表らが座る中…中央の巨大なスクリーンに…映し出されたのは《動画ファイル1957/10/18》であった
各国代表らが息を呑み、スクリーンを見つめていた。
画面の上半分を埋め尽くす憎いほどに綺麗な蒼い空
そして正面を彩る緑豊かな大地…
各国代表の間にどよめきが広がっていく
そしてアメリカ代表が立ち上がり
「これが我々(アメリカ)が問題としている『水晶』です。」
アメリカ代表は周りを見渡した。そして
「この映像は1957年10月18日に撮影されたものです。」
「そしてこの問題は!」
アメリカ代表はナシル代表に目を向け
「今日この日までナシル連邦によって秘匿されていた!!」
その一言で会場が静まり返った
「これが何を意味するのか…皆さんなら分かるでしょう」
ナシルの代表が口を開く前にロシア代表が…
「つまりこれは、アメリカは資源が欲しいというわけだろう?」
ロシア代表の本質を突くような言葉にアメリカは
「何を言ってるんですか?」
「我々は…この約60年ナシルによって独占されていた、資源が眠っているであろう、この『水晶』を国際管理にしたいだけですよ…」
ナシル代表は低い声で
「ずいぶんと耳触りのいい言葉を並べているご様子で」こう皮肉交じりに答えた
だが…各国代表は忘れている、ナシルは決して小国などではない、『世界的な軍事順位で5位』
北極圏を我が国の庭と言うほど、絶大な影響力を持つ、れっきとした地域大国である
だがこの場では、話がまとまることはなかった。
各国の主張は最後まで交わることなく、最終的な判断は常任理事国による採択へと持ち込まれることになった。
そして結果は……ナシルとして最悪そのものだった
国連憲章第11条が世界で初めて使われることになり…各国は耳触りの良い言葉『国際秩序を守るための決定』と呼んだ。
《そして2025年5月14日》
皮肉なことに水晶発見と同じ日に『国連調査団』が来ることになる
《朝6時30分》
少し早いくらいに、ナシル戦闘機の厳重なエスコートを受けながら、ナシル王都にある国際空港、《グラヴェル国際空港》に5機の旅客機が着陸した。
遠くから見ればただの国際便、だが上空を3機編隊で飛ぶ戦闘機を見れば…誰もがただごとではないと、嫌でも理解した
旅客機から格納されていたタラップが展開され、そこからシワ1つないスーツに身を包んだ、各国の調査団が降りてきた。
彼らは表向きは《国連調査団》しかし、ナシルの上層部は知っていた。
迎えに来たのは外交官1人とそのそばに2人の兵。
各国の調査団には特殊部隊も一緒に搭乗していたが、特殊部隊らの顔が曇るほどであった…
調査団は5カ国で構成されていた。
アメリカ、イギリス、ドイツ、ロシア、日本
この5カ国の調査団、外交官、ジャーナリスト、特殊部隊、これらを含めた、合計で約50名。
ナシルの外交官が口を開く
「皆様、ようこそ!我が国ナシル連邦へ!
私はハニー・シャーロット、外交官としての役目もありますが、皆様の案内を務めさせていただきます」
彼は柔らかく、丁寧な口調で言った
各国調査団の顔が曇る
だが、調査団はひとまずは従うことにした…
警戒が解けない…今、この歓迎の場で不用意な行動をすればすぐさま外交が先ゆかなくなってしま
うからだ
調査団はそれぞれ、ナシルが用意した5両の車両に向かった
バタン!
車のドアが閉まる
各国はそれぞれ違う車両に乗っていた…
アメリカの車内。
「……ずいぶんと凄い歓迎だったな」
外交官が、窓の外を眺めながら呟いた。
だが、その隣に座る特殊部隊員は返事をしなかった。
「……護衛」
「護衛がどうしたんだ?」
外交官が聞き返す。
隊員は少し間を置いてから口を開いた。
「シャーロットとかいう外交官の横にいた奴だ」
「あの護衛が?」
「ああ」
特殊部隊員の表情は真剣だった。
「俺たちが一対一で戦ったとして……勝てる可能性は低い」
外交官は思わず笑った。
「いやいや、そんなわけないだろ」
しかし、隊員は首を横に振る。
「違う。強いとか、そういう単純な話じゃない」
「あいつの立ち方、視線、周囲への警戒……全部が普通じゃない」
「……あれは別格だ」
外交官は黙り込んだ。
グリーンベレーとして、数多くの戦場を経験してきた人間が言う言葉だったからだ。
「それに……」
隊員が窓の外へ視線を向ける。
「大体……200メートル」
「何が?」
外交官が聞き返す。
隊員は小さく息を吐いた。
「遠くの建物の影……車両の裏側」
「そこにいた」
「……何が?」
「狙撃手だ」
外交官の表情が変わった。
「……見えたのか?」
隊員は淡々と答える。
「一応な」
「嘘だろ……」
「ここで嘘をつくと思うか?」
隊員は冗談を言っている顔ではなかった。
ナシルの歓迎は、表向きには穏やかだった。
しかし――
特殊部隊員たちは理解していた。
これは歓迎ではない。
「我々はあなた方を歓迎する」
そう言いながら。
同時に。
「我々はあなた方を常に見ている」
そう…思えるものだった。
イギリスの車内。
車は静かにナシル王都の街並みを進んでいた。
窓の外を眺めながら、外交官が小さく呟く。
「我々は……自国のために動く」
「そして同時に、世界のために動いてきた」
「それは……昔から変わらない」
しばらく沈黙が続く。
外交官は視線を外へ向けたまま、低い声で続けた。
「だがな……」
「これは、ただの調査ではない気がする」
SAS隊員が横目で見る。
「何を言っている?」
外交官は少し間を置いた。
「……勘だよ」
「だが」
「我々は……無事に帰れるのか、少し怪しい気がしている」
SAS隊員は小さく息を吐いた。
「帰れなくなるなんてことは、流石にまだないだろう」
「我々は国連の調査団だ」
「ナシルだって、そう簡単に手を出せる立場じゃない」
そう言いながらも。
彼自身も完全には否定できなかった。
なぜなら――
空港で見たナシル兵。
整然とした警備。
そして、あの護衛。
どれも普通の国家の対応ではなかった。
その時。
車内の隅で、一人のジャーナリストが黙々とカメラを整備していた。
レンズを確認する。
バッテリーを確認する。
記録媒体を確認する。
彼は一言も発しなかった。
ただ。
この日、自分が撮影するものが――
世界の歴史を変える瞬間になるかもしれないことを。
ドイツの車内
重い空気を切るように外交官が言った
「ナシルとは昔からの付き合いだ」
「何があっても我々は…ナシルとの利益を求める、必要があればナシルの肩を持つ、我々は…ナシルに助けられてきた…だが今回、ナシルは…首筋にナイフを当ててきてるようだよ」
特殊部隊員は…
「まあ…そうだろうな。
ナシルだって、いつ、大国に潰されるか分からないんだ、疑心暗鬼にもなるだろうよ」
外交官は窓の外を見つめながら呟いた
「………ここが俺たちの墓場にならないことを祈るばかりだな」
ロシアの車内
少し暗い車内で特殊部隊が口を開いた
「今回、俺たちはおそらく死ぬかもしれない、だから全員!遺書を書いてきた。外交官の方もそれをわかっている…だが…どうしてもやるせないんだよ…」
全員が何も喋らず…時間だけが過ぎていった。
日本の車内
少々重い空気が流れる…それは、なぜかナシルの外交官と護衛2名が乗っているからである
そしてシャーロットが口を開く
「ずいぶんと警戒されてますね、まあ…私達は武力で殴ってこない限り、問題ありません」
「ところで…日本には美味しいものが沢山あるようですね?」
シャーロットの目は子供の様にキラキラしていた
「いやぁ私ね?日本のお菓子が大好きでね!
年に2回ぐらいは旅行に行くんですよ!!」
そうやって流暢な日本語でシャーロットは話す
日本の外交官は目を疑う
「えっ?日本語?」
それはそうである、本来ここでは聞こえることの無いと言っても過言ではない言語が、目の前のナシル外交官、シャーロットから発せられた物だからだ、
「日本の和菓子がお好きなんですか?」
日本の外交官は、そう問いかける
シャーロットは
「ええ!もちろんですとも!!あの優しい甘み…あれこそ日本文化の醍醐味ですよ!!」
日本から来た全員は…『今度来る時…手土産でも持ってくるか…』そう思ったのであった
《同日朝8時》
交渉は王宮内の会議室で始まった。
国連調査団の各国代表らの前には、ナシルの外交官が座っていた。
両者が向かい合うこの場は、さながら国際協議の場とも言えた。
だが、その実態は『国際協議』とはかけ離れたものと言えた。
世界的な利益を求め、人類の繁栄の為に行動してきた国連。
そして、ナシルという祖国を守るため、秘密を守るために立つ者たち。
この相容れることのできない両者が、同じ場に存在していた。
議題は、とても単純だった。
《水晶内》への国際調査権限。
国連側は『人類全体の利益』。
そして『水晶内の人々の人権回復』を主張する。
対してナシル側は、それを『自国領域への過度な介入』と一瞥した。
両者の主張は交わることなく、緊張だけが積み重なっていく。
《同日午前11時》
2時間以上に及んだ交渉は、一時中止された。
しかし、それは決裂を意味するものではなかった。
国連調査団とナシル政府の間で続いた協議の末、ナシルの監視の下で、国連調査団の《水晶》内部への立ち入りを認める決定を下した。
それはナシルにとって、大きな譲歩であった。
数十年もの間、自国のみが管理し続けてきた絶対的な未知の領域。
世界に存在を知られてからも、決して外部の手を入れなかった場所。
その扉が、ついに開かれる。
国連調査団の各国は、必要最低限の装備を整え、《水晶》へ向かう。
彼らが向かう先に存在するものが、人類の新たな可能性なのか。
それとも――
世界の秩序を揺るがす何かなのか。
《王宮地下60メートル》
そこは、ナシル国民以外が初めて足を踏み入れる場所だった。
長く続く地下通路。
冷たい壁。
無機質な照明。
訪れた者たちは、そこに特別なものがあるとは思っていなかった。
しかし、その先に広がっていた光景は、彼らの想像を遥かに超えていた。
純白の壁。
中央には、幅10メートルにも及ぶ黒いタイルの通路が、遥か先まで真っ直ぐ伸びている。
それは単なる歩道ではない。
車両の通行を想定した、巨大な中央通路。
天井には、無数の光を反射する美しいシャンデリアが並び、地下空間であることを忘れさせるほど幻想的な光景を作り出していた。
ここは本当に地下60メートルなのか。
先ほどまで歩いていた、冷たく無機質な地下への道は一体何だったのか。
そう思わせるほど、その場所は別世界のようだった。
そして、その聖堂の最奥。
そこに存在するものこそ――
各国が喉から手が出るほど欲しがっている存在。
異世界への接続点。
通称『水晶』であった
そして各国調査団の全員が、そこで目を疑うこととなる。
《水晶》内部の聖堂を抜け、長く続く道を進んでいく。
やがて、前方に光が見えた。
出口だった。
未知の世界へ繋がる扉。
そう呼ばれてきた場所の先に、一体何が存在するのか。
隊員たちは警戒を強めながら、ゆっくりと外へ出る。
しかし――
そこには、想像していたような光景は存在しなかった。
巨大な翼を持つドラゴンもいない。
見たこともない怪物もいない。
魔法のような現象も確認できない。
ただ、広がっていたのは静かな蒼い空だった。
「……何も、ない?」
思わずそう呟いたのは、日本から派遣された隊員だった。
彼は拍子抜けしたように周囲を見渡し、空を見上げる。
そこに広がっていたのは、どこまでも続く蒼い空。
あまりにも普通だった。
異世界という言葉から想像されるものとは、あまりにもかけ離れていた。
しかし――
彼が何気なく視線を下へ向けた瞬間。
その表情が、凍りついた。
そこにあったものとは…
5メートルを優に超えるであろう巨大な防護柵。
その先に広がっていた光景を見た瞬間、各国調査団の足は止まった。
そこに存在していたのは、未知の生物でも、幻想的な大地でもなかった。
遠くにそびえ立つ巨大な建造物。
幾重にも重ねられた防壁。
高くそびえる塔。
そして、その周囲を取り囲むように築かれた軍事要塞。
それはまるで、一つの都市そのものを守るために作られたかのようだった。
隊員たちは言葉を失う。
なぜなら、その光景が意味するものは明白だった。
この世界には――
文明がある。
国家がある。
そして、自分たちが到着するより遥か以前から、この世界で生きてきた人々がいる。
そして、その巨大要塞を構える国の名は――
ただの集落でもない。
未開の地でもない。
そこには、明確な統治機構を持ち、軍を持ち、歴史を持つ国家が存在していた。
しかも、それは偶然そこに存在していた国ではない。
ナシル王国と、数十年にも渡って交流を続けてきた国家。
この世界で、すでにナシルが知っていた国。
《アスガルド王国》
その名を、国連調査団の隊員たちは初めて知ることとなった。
彼らが足を踏み入れたのは、未知の世界ではなかった。
すでに誰かが生き、
すでに誰かが国を築き、
すでに誰かが歴史を刻んでいる世界だった。
そして何より――
ナシルは、この世界を知っていた。
「どうされたんですか? そんなに大勢を引き連れて…。定期便はまだ先のはずですが。」
アスガルド王国の常駐外交官が困惑の声色で、問いかける
「あぁ…こちらは…」
ナシルの外交官が言いかけたその時…
背後に立っていた国連調査団の隊員たちが、わずかに反応した。
彼らは先ほどから、目の前の光景に違和感を抱き続けていた。
自分たちが想像していた異世界とは違う。
しかし、それ以上に理解できないことがある。
目の前の人物――
アスガルド王国の外交官は、彼らを見ても驚いていない。
未知の来訪者を見る目ではなかった。
まるで、ナシルから新たな客人が来たとしか考えていない
「…まさか」
日本側の隊員が、小さく呟く。
「こいつらは…知っているのか?」
その疑問を遮るように、ナシル外交官が口を開いた。
「紹介します」
一瞬の沈黙。
そして国連調査団に向けて−−
「こちらは、我々ナシル王国の友好国であるアスガルド王国へ派遣された、国連調査団です」
その言葉を聞いた瞬間。
アスガルド外交官の表情が、初めて変わった。
「…国連?」
聞き慣れない言葉。
しかし、その反応は困惑であって、敵意ではなかった。
「シャーロット殿…」
外交官は静かに問いかける。
「これは…どういう意味でしょうか」
その声には、僅かな戸惑いが混じっていた。
なぜなら彼らは知らなかった。
ナシルが、自分たちの存在を世界へ公開したことを。
そして――
この日が、二つの世界の外交史における最初の日になることを…
アスガルド外交官は、しばらく沈黙していた。
目の前にいる者たちは、明らかにナシル王国の正規軍ではない。
全員装備も違う。
全員服装も違う。
何より――
彼らの持つ雰囲気が違った。
長年、ナシルとの交流を続けてきた彼には分かっていた。
これは単なる護衛ではない。
一つの国家が、意思を持って送り込んだ集団だ。
「…シャーロット殿」
アスガルド外交官は、改めてナシル側の代表へ視線を向ける。
「国連…というものについて、ご説明いただけますか」
その問いに、ナシルの外交官 シャーロットは一瞬だけ目を伏せた。
当然だった。
彼自身、この瞬間が来ることを恐れていた。
アスガルド王国。
ナシルが何十年もの間、秘密裏に交流を続けてきたもう一つの国家。
彼らは決して、閉ざされた世界の住人ではない。
言語があり、
文化があり、
政治があり、
そして外交がある。
だからこそ――
この存在を世界に公開することは、単なる発見では終わらない。
新たな国家との接触。
新たな国際秩序の誕生。
それを意味していた。
「…説明いたします」
シャーロットは静かに口を開く。
「彼らは、我々の世界に存在する国際組織です」
「国際…組織?」
アスガルド外交官が聞き返す。
「はい」
シャーロットは頷き、こう答えた
「複数の国家によって構成され、世界規模の問題を扱う組織です」
その説明を聞いたそのとき。
国連調査団の隊員たちは、互いに顔を見合わせた。
なぜなら――
今、自分たちが説明している相手は。
異世界の住人ではなく。
自分たちと同じように。
国家という概念を持つ存在だったからだ。
「つまり」
アメリカ側の要員が、小さく呟く。
「この世界にも国際社会があるのか」
誰も答えなかった。
答えられなかった。
彼らはこれまで、《水晶》の向こう側を未知の領域として扱ってきた。
調査対象。
研究対象。
場合によっては、人類が管理すべき新たな領域。
そう考えていた。
しかし――
目の前にいるアスガルド王国の外交官は。
彼らより遥か以前から、この世界で国家として存在している。
そしてナシルは。
その国と対等な関係を築いていた。
「ナシル…」
ロシア側の隊員が、低く呟く。
「お前たちは……一体何を隠していたんだ」
その言葉は、誰にも届かなかった。
だが、その場にいた全員が同じ疑問を抱いていた。
ナシルは異世界への門を発見したのではない。
違う。
ナシルは――
数十年前から。
もう一つの世界と、外交をしていたのだ。
「お分かりいただけましたね?各国 代表の皆様」
シャーロットは、静かに国連調査団の代表者たちへ視線を向けた。
その言葉には、責めるような響きはなかった。
ただ――
事実を受け入れろという、強い意思だけが込められていた。
「失礼いたしましたね、アスガルド王国外交官《ハルトマン》」
シャーロットは、隣に立つアスガルドの外交官へ向き直る。
「いえいえ」
ハルトマンは首を横に振った。
「ですが…」
彼は一度、国連調査団の団員たちへ視線を向ける。
見慣れない軍服。
見慣れない装備。
そして、ナシルが今まで決して見せることのなかった存在。
「これは…」
ハルトマンは小さく息を吐いた。
「何か大きなことの前触れ……ですよね?」
その問いに。
シャーロットはすぐには答えなかった。
ただ――
ゆっくりと頷いた。
「はい」
短い返答。
しかし、その一言には数十年分の重みがあった。
ハルトマンは理解していた。
ナシルが、この世界においてどれほど慎重な国家であったか。
異世界の存在。
もう一つの文明。
それを知りながら、決して外へ向けて発信しなかった理由。
それは恐怖ではない。
責任だった。
もし、この事実を公表すれば。
この世界だけでは終わらない。
もう一つの世界にも、大きな波紋が広がる。
そして今。
その瞬間が来たのだ。
「…ついに、ですか」
ハルトマンが呟く。
シャーロットは答えなかった。
ただ、国連調査団の方へ向き直る。
「代表の皆様」
その声に、全員が反応する。
「これから皆様は、ただの調査団ではいられません」
一瞬、沈黙が流れる。
「皆様が今、目の前にしているものは――」
シャーロットは、遠くにそびえるアスガルド王国の要塞を見る。
「未知の領域ではありません」
「すでに誰かが生きている世界です」
「すでに誰かが国を築き、文化を育み、歴史を刻んできた世界です」
そして――
「皆様は今、発見者としてではなく」
「訪問者として、この世界に立っています」
その言葉に。
国連調査団の誰も、反論できなかった。
彼らはずっと、自分たちが扉を開ける側だと思っていた。
しかし違った。
扉の向こう側には。
すでに文明があり。
すでに国家があり。
すでに外交が存在していた。
シャーロットは静かに踵を返す。
「行きましょう」
「これから始まるのは――」
「調査ではありません」
彼は一度だけ振り返る。
「外交です」
そして、
ナシル連邦の外交官シャーロットは、アスガルド王国の巨大要塞を背にして水晶の外へと歩き始めた。
その背後には。
二つの世界の歴史が変わる瞬間を目撃した者たちが、ただ立ち尽くしていた
コメント
1件
わあ…これはすごい作品を読ませていただきましたね。1957年の地下発見から始まるスケール感、CIAの解析、国連介入と二つの世界の外交…情報の出し方が本当に巧みで、ページをめくる手が止まりませんでした。特にシャーロットの“これは調査ではなく外交です”という台詞が鮮烈に響きました。ナシルの抱える秘密とアスガルド王国の存在、今後の展開が気になって仕方ないです…!続きが待ち遠しいです🌷