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とある地で、仙蔵は眠りにつこうとしていた。彼は、自らの身体から流れ出す生命をひしひしと感じていた。今際の際にも関わらず、心地好い暖かさが心を支配し、そしてまた、それが彼を生かしていた。
「立花、せんぱい…?」
十数年前の想い人の声が聞こえた気がした。否、気がした、のではない。正しく、それは聞こえていた。
「きはちろう」
幸か不幸か、二人は十余年ぶりに再会したのだった。仙蔵が死にゆこうとしている、その場所で。
*
喜八郎は必死だった。それもそのはず、かつての想い人が敵方の城の忍び装束を着て倒れているのだ。必死にならないはずがなかった。
「立花先輩っ、御怪我が……。」
「久しぶり、喜八郎。卒業以来か?御前はその城に務めていたのだな。」
気を抜けば目から零れ落ちそうな涙を飲み込んで仙蔵に話しかけたのに、彼の反応は全くもって淡白なものだった。
先輩御怪我が、と再度言えば、彼はあぁ、と納得したように言う。
「私はもう少しで死ぬらしいな」
「っ、」
そんなこと、とっくの昔に気づいていた。でも、でも。喜八郎の中の全てがそれを否定していた。かつて忍術学園で彼に捧げた、喜八郎の全てが。
ぽたりぽたりと仙蔵の頬に落ちた喜八郎のそれは、まるで硝子玉のようだった。
「私のために泣いてくれているんだな、」
喜八郎は返事をしなかった。出来なかったのだ。今口を開いてしまったら最後、彼を失望させてしまうような気がしたから。せめて、最期までは彼の自慢の後輩で居たかったのだ。
「喜八郎。」
まるで蜜を煮つめたような、どろりとした甘い声が自分の名前を呼ぶ。
「私の分も生きてくれよ。」
「……………っはい、」
後輩として、言えたのはそれだけだった。
嗚呼、なんて狡いひと。今生の別れの時に、そんな言葉をかけてくるなんて。そんなの、そんなの、呪いじゃないか。喜八郎はこれから、仙蔵の自慢の後輩として生きてかなければいけない。彼の分まで。
「喜八郎、」
「…はい、」
「愛しているよ。」
それは、再会してから初めて、彼が恋仲として放った言葉だった。
「貴方だけをお慕いしておりました、立花先輩。」
「知っていたさ」
喜八郎はもう我慢ならなかった。仙蔵の恋人として、彼の最期に伝えたかった。
「僕のこと、忘れないでください」
「もちろん」
「来世でも、僕を見つけてくださいね」
「あぁ、約束しよう。」
忍術学園にいた頃、穴の外から手を伸ばして喜八郎のことを見つけてくれたときの笑顔を忘れない。初めて先輩を罠にかけたときの誇らしそうな顔を忘れない。
そして今、この約束事に頷いてくれた幸せそうな笑顔を、喜八郎は忘れない。もう、忘れられないのだった。
なぜなら、これは彼との約束だから。
百年二百年、続いていく愛の呪いだ。
十余年ぶりの口付けは、冷たい鉄の味がした。
「さようなら、また逢う日まで。」