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【桐山side】
…カタカタと、無情にも響く情けないキーボードを打つ音。
夏でもないのに未だにつけっぱなしの風鈴の音は、あの時を嫌でも思い出させる。
思い出すんなら取り外せばいい。
分かってはいるがなかなか体が動かない。
毎日これの繰り返し。
“あの時”なんていえば、どこの記憶を切り取っても“あの時”になる訳だから、案外楽そうで面倒な言葉だ。
ふと、いじっているパソコンの真横にあった自身の時計を見る。
…午前四時
もう朝日が昇りはじめてもおかしくない時間帯だが、外はまだ暗い。
「っあ゛〜!!」
帰ってからずっとパソコンをいじっていたせいか、自分の眠気のなさに苛立ちが抑えられない。
ガシガシと無作為に髪の毛を手で暴れさせる。
この状況を見たやつは大概、仕事のプレゼンテーションか何かを、パソコンで用意してると言ったところだと思うが、実際そんなことはない。
もっと複雑で簡単だ。
パソコンと睨めっこをしていたのは、仕事のためなんかじゃない。そもそも警備にパソコンを使った仕事は、警備室にある防犯カメラで見ている風景をボケっと見張っとくだけ。
日本の犯罪率が少ないのはありがたいが、こっち側の仕事としては面倒なことをしてるだけだ。
パソコンの画面は、真っ白のノートとでも言えようか、まさに、サラリーマンがプレゼンに使いそうなものに、自分が書いた文字が並ぶ。
なぜこんなことをしているのか。
それは言うまでもなく、自分の脳を整理するためだ。
どうなってそこまでの経緯に至ったのかは、今日、正確には昨日、仕事中にミナミが言っていたことにある。
その時のミナミが言っていた言葉が刺さって抜けない。
…なんなんだ?この違和感は。
どうしてスッキリしない。
もう一度、自分がまとめた資料(?)を見つめる。
…まず、ミナミが言っていた男性。
あれが一番に喉を閉めた。
さすがに今、鈴木ちゃんが生きていることはないので、一旦無視をする。
次に、ミナミの態度。
あんなにカッチリした人なら、男性のほとんどは、あまり好意的にならないだろう。
ぶっちゃけ俺自身もそうだった。
もしや、恋愛を捨てた身なのか、などと意味不明な解釈を、目の前の問題に次々当てていく。
…ただ、やっぱり解けない。
クソ、これじゃあ余計腹が立つ。し、むしろこれを解くより、大学の受験の方が軽かったもんだ。
「…寝るか」
全くその気じゃないが、いつまでも起きているのも逆に辛い。
時間がこんなに遅く進むなんて思わなかった。
毎日つまらないものだった。
「…いっそ仕事やってた方が楽かもな」
本気でそう思った。
確かに、ずっと見張っとくだけの1号警備は、しょうもないもんだけど、ミナミがこれから一緒に働くってなると、毎日違う角度で見れるのかもしれない。
まだ彼女に聞けていないことは山ずみだ。
明日は何を聞こう。
好きな物は何?
いや、ベタすぎるか?
休日何をしてる?
会って2日程度でそれ聞くのはちょっと怪しいヤツと、とらえられんこともない。
何を聞くのが正解で、何を聞いたら会話が弾むか。
彼女の事を考えていれば、何も苦しいものはなかった。
このきつい時間さえも。
と、ふと、脳裏に浮かんだのは、鈴木ちゃんと一緒にだべって適当に過ごしていた時のこと。
あの時も確か、鈴木ちゃんと喋っているだけで時間が去っていくのが早い気がした。
たった1年前の話なのに、もう懐かしいと感じるのは気のせいじゃない。
鈴木ちゃんがやけに脳に焼き付いている原因は何となくわかるが、はっきりとはしていない。
多分、一般人を巻き込んだ大事件のせいでもあるだろうし、人が信じることができなくなった俺の前を、人懐っこく笑顔で子供みたいに喋りかける彼が、何よりその時の俺の傷をいやしたのは確かだった。
…なのに。
『お前みたいなやつ本気で関わろうとしてるやつなんかいたかよ』
そうやって投げ出された時は、本気で光を失った。
本当にそうだったし、そうとしか思えなかったから。
でも、これまでどんなに騒がしいやつと絡んでも、ただやかましいと感じるだけだった。
やかましい奴で終わらなかったのは、宇治原が起こした事件から3年たって、やっとできた友人の彼だけだった。
だから、信じたかった。
あの日々は本物で、今の言葉が嘘で。
今でも信じてんのかもしれない。
「…はぁー…」
床に寝転がったまま、顔を両手で覆う。
鈴木ちゃんを鈴木ちゃんと呼んでいいのかさえ分からない。
だって、あいつは、小さい時憧れてた、“渡辺チョモランマ”だったのだから。
ずっと見ていた人気のYouTuberが、目の前にいると言われても、パッとしない。
当たり前だ。
裏切られたのはこっち側なのに、あいつの何処か縋った目は、何を求めていたんだろうか。
聞きようにも聞けない。
たとえ生きていたとしても、友人に戻ろうとは思えない。
もし、また、なにかの企みで俺に近ずいて来てるのだと考えると、あの笑顔が全て凶器に変わる。
「…あーっ!もう!!やめやめ!!だるい!」
でかい独り言だと思うが、そうやって区切りをつけなければ、いつまでも考えてしまう。
今はあいつの事じゃなく、もっと楽しいことを考えよう。
例えば明日の仕事とか…。
俺は、そこから立ち上がると、さっさと寝てしまいたくて、急ぎ足でベッドがある部屋へと向かった。
…鈴木ちゃんを、チョモランマを、思い出すのが怖かった。
コメント
2件
質もすばらしいのにお話かいて更新するまで速すぎます...!🥹すごすぎる!!