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(――すっげぇ、恥ずかしい)
気づいたときには号泣してしまい、どうにも涙が止まらなかった。年甲斐もなく声をあげて泣いたら、意外とスッキリしたものの、この体勢から放れるタイミングがまったく掴めない!
(落ち着け、俺。コイツから距離をとる順序を、冷静になって考えよう! まずは上半身を起こして椅子を反転させてから、勢いよく背中を向ける。そうすればこの情けない泣き顔が、アイツには見られないだろう)
そしてすかさず立ち上がって白衣を脱ぎ捨て、素早く二階に移動し、何事もなかったように夕飯の支度をする。これなら太郎との接触が、極力防げること間違いなし!
(よし、1・2の3!)
太郎の体に縋りついていた手を使い、素早く上半身を起こして、椅子が一周しそうな勢いで椅子を反転させた。そして両手で涙を拭って視界を確保してから、すみやかに立ち上がる。
「タケシ先生、もう大丈夫なのか?」
「ああ……」
自分が出した掠れた声が、さらなる羞恥心をぶわっと煽った。自動的に、頬に熱を持つ始末。本当に恥ずかしすぎて、顔をあげられない。
「肩、まだ震えてる。無理すんなよ」
「ち、違っ! これは――」
本当に違うんだ。恥ずかしさに耐えようとしたら変に力が入って、体が震えているだけで……。
背中を向けたまま答える俺のことを、後ろからぎゅっと抱きしめた太郎。
「こら! 勝手に抱きつくなっ」
上半身に回された太郎の腕が腹の辺りだったので、自身の腕がフリーに使える。反射的に太郎の顔の辺りを裏拳で殴ったら、簡単にクリーンヒットした。
「あだっ!」
「図に乗るのも、いい加減にしろっ。バカ犬が!」
殴ったことにより、自由になった身でイライラしながら白衣を脱ぎ捨て、乱暴に椅子にかける。
コイツのせいで、すべての計画がうまくいかない。非常にムカつくじゃないか。
「タケシ先生っ」
「あ?」
「いつも通りじゃん」
告げられた言葉にハッとする。
そういえば、いつの間に――なんだかよくわからない内に、ムカつきすぎてしまったせいで、元に戻っていた。
「いつもと違うのは、綺麗な顔が台無しになるくらい、まぶたが腫れてるってことだな」
コイツ、気にしてることを、よくもまぁズケズケと言ってくれるのな。
かくて俺は、無言のまま太郎に右ストレートを食らわせ、苛立ちを表しながら二階に駆け上がった。だけど殴りつけた威力を半減してやることは、きちんと忘れていない。いつもの自分を取り戻してくれた、俺からの礼だった。