コメント
0件
――少し前の事。
「みんなおはよ~!」
一人の少女が、カメラを搭載したドローンに笑顔を向けて手を振りながら挨拶をする。
一纏めにした艶のある黒髪。吸い込まれそうなほど綺麗な黒い瞳。
芸能人かと思うほどの可憐な容姿と魅惑的な笑顔で、彼女はカメラに向かって軽やかに語りかける。
「今日は、なんと念願のソロダンジョン! まぁ、許可が降りたのは初心者ダンジョンなんだけどね。うちの事務所ってば過保護だからさ」
ダンジョンに潜る様子をライブ配信する者をダンジョンライバーと呼び、彼女はチャンネル登録者100万人を誇る大人気ライバーの戸塚エミである。
《おはエミー!》
《おはよう、エミちゃん》
《待ってました!》
エミはドローンのカメラ横にセットされたモニターに目を向ける。
そこでは生配信中に寄せられたコメントを確認できるようになっており、途轍もない量のコメントが流れていく。
表示された同接数は、間もなく5万人を突破する勢いとなっている。
「よし、それじゃあ早速行ってみよー!」
エミは、声色を弾ませ、右手を上げて大袈裟にリアクションしてみせると、早速ダンジョンの奥へと進んでいく。
早速エミの前方からモンスターが向かってくる。
「ギギッ!」
《お、スライム》
《プルプル、僕は悪いスライムじゃないよ》
《気を付けて!》
モンスターとのエンカウントを機に、コメント欄が盛り上がる。
「よーし行くぞぉー」
エミは杖を上に掲げる。
「ロックインパクト」
彼女の背後に魔方陣が三つ展開され、そこから拳大の岩が射出されてスライムの体を吹き飛ばす。
《ナイス》
《魔法(物理)》
《相変わらずの脳筋ぶり》
《¥5000 魔法助かる》
《切り抜きでみた通りだ》
爆速で流れていくコメント。
可愛さだけでなく彼女は純粋にハンターとしての実力も高く、魔法を使った派手で見ごたえのある戦闘シーンが人気を博している。
「あ、スパチャありがとー。まぁ、これくらいは余裕ですよ! 伊達に高専で学んでるわけじゃないんだから!」
コメント欄で褒められ気分を良くしたエミは、胸を張って誇らしげな顔をする。
《どや顔助かる》
《かわいい》
「よーし、今日はもう行けるところまで行っちゃうぞぉ~」
《初心者ダンジョンでエミちゃん無双》
《モンスターが可哀想》
《がんばれー》
盛況するコメントと共に、エミはずんずんダンジョン内を進んでいく。
「お、何か居ますね……ってあれは」
エミの視線の先にはゴブリンが二体。周囲を警戒するように立っていた。
《え? ゴブリン?》
《ゴブリン出るのって、中層からじゃね?》
《まだ1階層なんだけど……》
予想だにしない事態に、若干緊迫した空気に包まれるコメント欄。
「大丈夫です心配しないでください。とはいえ、本当に初心者ハンターさんが遭遇すると危険なのでここで倒しちゃいましょう」
エミはそういうと杖を構えて魔方陣を展開する。二本の氷の槍が徐々に形成されていき、腕ほどの大きさにまでなる。
「アイスランス」
エミの掛け声とともに、発射された氷槍は勢い良くゴブリンめがけて飛んでいき、その体を貫いて凍りつかせる。
《えげつないww》
《これならガチ初心者も安心www》
「この奥に集落があると思うので、ついでに潰しに行きましょう」
《笑顔で集落潰すって言ってるよこの子www》
《ゴブリン逃げてwww》
そう言ってエミはどんどんと森の奥へと進んでいく。道中、ゴブリンが襲ってくるかと思い、身構えていたものの何故か一匹も遭遇しない。
すんなりとゴブリンの集落までたどり着くことが出きる。
穴を掘り、木の枝と葉っぱで申し訳程度の屋根を作っただけの、家と言うのもおこがましい住家が不規則に点在する集落はあるものの、ゴブリンの姿は一匹たりとも見えない。
「あれ? おかしいなぁ……?」
エミが不思議そうに首を傾げていると、ドスドスという重たい足音が響き渡る。
「……え? ……嘘」
その方向に視線を向けたエミは、身動きとれずに固まる。
「なんで……ゴブリンリーダーが……」
《ゴブリンリーダー!?》
《熟練ハンターでも手こずる相手じゃん》
《ソロで倒せるのってプロくらいじゃね?》
《逃げてエミちゃん!》
《流石に逃げて!》
コメントは阿鼻叫喚につつまれる。
近接戦が得意なハンターならまだしも、魔法を扱うエミは距離を詰められたら為す術はない。それはエミも良く理解している。ーーしかし。
「ごめんね皆、ちょっと逃げられそうにないかも」
すでにゴブリンリーダーはエミを敵と認識しており、仮に全力で走って逃げたとしてもすぐに追い付かれる。
《エミちゃんを信じる!》
《マネさんが直ぐに助けを呼んでくれるはず!》
《お願いマネさん配信見てて!》
コメント欄から勇気を貰ったエミは、杖を構えて魔方陣を展開する。
「ロックインパクト」
先手必勝と言わんばかりに、拳大の石を飛ばす。しかし、それはゴブリンリーダーに届くことなく、その手前で見えない壁のようなものに阻まれる。
「そんなっ!?」
《何で?》
《効いてない?》
「アイスランス」
エミは諦めず、今度は氷の槍を放つも結果は同じ。
ゴブリンリーダーはニヤリと笑うと、地面が抉れるほど強く蹴り、一気に距離を詰める。
「マジックバリア」
あわてて魔法で障壁を張ってゴブリンリーダーの突進を防ぐものの、衝撃の全てを相殺することは出来ず障壁ごと弾き飛ばされる。
背中を地面に強く打ち付け、肺の空気が強制的に押し出される。
あわてて起き上がろうとするも、ゴブリンリーダーの振るったこん棒を横から喰らう。
右腕が折れる音が鳴り響き、エミの体が地面を転がる。
勝負あったと言わんばかりに、ゴブリンリーダーは雄叫びを上げ、そしてトドメを刺すためにこん棒を振り上げなら、ゆっくりと近づいてくる。
《エミちゃん!》
《ダメだこれ以上は見てられねぇ》
《救助班早く!》
《近くにハンター居ないのか?》
《初心者ダンジョンに来るレベルでゴブリンリーダーに勝てるわけないだろ》
「う……あ……」
エミは途切れそうになる意識のなかで、自分が死ぬ所をファンに見せるわけにはいかないという思いで、配信を切ろうと手をドローンに手を伸ばす。
「ごめんね、皆……」
そう言って配信を切ろうとしたその時。
「ブースト」
一人の少女が、間に割って入り、ゴブリンリーダーを蹴り飛ばす。
「ギリギリセーフ」
「え……」
「大丈夫?」
そう言って白銀の少女はエミに手を差しのべる。
◇◆◇◆
(危なかった。危うく見殺しにするところだった)
ダンジョンで人の獲物を盗るのはご法度。故に危なくなるまで見守っていようとした輝夜だったが、少し目を離した隙に少女が死にそうになっていた為、あわてて飛び出してきた。
「あ……ありが……」
「ああ、いいよそのままで。ナディ、治療」
無理やり起き上がろうとする少女を寝かせ、ナディに回復魔法を使うように言う。
『はいはい』
ナディは少女の元に飛んでいくと、回復魔法を使い少女を癒す。
「回復……魔法……?」
淡い緑色の光に包まれ、全身から痛みが引いていくのを感じ、驚いた表情でナディに目を向ける。
「ナディ、その娘は頼んだよ」
『はいはい、わかってるわよ』
輝夜の言葉に、面倒くさそうに返事するナディ。
「さて……と」
輝夜はゆっくりとゴブリンリーダーに目を向ける。
□□□□□□ーーーーーーッ!!
そいつは、輝夜を見ると地響きが起きるほどに吼える。
鼓膜を突き破るような巨大な咆哮に、輝夜はは全く動じることなく、むしろ笑みさえ浮かべてゴブリンリーダーに突っ込む。そして右手で棍棒を掴むと、握力だけで木っ端微塵に砕く。
□□□□ーーーーッ!
武器を壊されて怒ったのか、ゴブリンキングは吼えながらもう片方に持っていたこん棒を振り回す。
「おぉ速い」
咄嗟にナイフを抜いて防御する。
「そして重い」
輝夜の体重が軽い為か、いとも簡単に弾き飛ばされるが、空中で一回転して体勢を整え着地する。
ゴブリンリーダーは着地を狙って距離を詰めてくる。
輝夜はそれを横によけて、ナイフを口に咥えると、ホルスターから拳銃を抜いて弾丸を撃ち込むが、やはりゴブリンリーダーに届く前に、見えない壁によって防がれる。
輝夜はやっぱりダメかと思いながら、再びゴブリンリーダーに向かって走っていく。
ゴブリンリーダーは、棍棒を振り上げ迫ってくる輝夜を迎え撃つ。
棍棒が振り下ろされる瞬間、輝夜は姿勢を低くして体を地面に擦り付けるようにして滑り、棍棒を掻い潜ると同時に、すれ違い様にゴブリンリーダーの左腕を切りつけ、股下を潜り抜ける。
ゴブリンリーダーは左手に持っていたこん棒を落とすも、直ぐに右手で拾い上げて、棍棒を持ったまま右手で左腕の傷口を押さえて止血をする。
「後ろからなら、どうかな?」
背後に回った輝夜は、銃口を向けて引き金を引く。だが、やはり見えない壁によって弾は届かない。
「んー、仕掛けはそのネックレスかな?」
残念と言わんばかりに肩を竦めると、ホルスターに拳銃をしまい、ナイフを構える。
血が止まり、左腕が問題なく動く事を確認したゴブリンリーダーは、ゆっくりと後ろを振り向き、輝夜を睨み付ける。
そしてあらんばかりの力で咆哮を発し、棍棒を振り上げて、怒りのままに突っ込む。
力任せに振り回す棍棒は当たれば一たまりもないが、動きも単調になっている。
輝夜は最小限の動きでそれを回避すると、ナイフでゴブリンリーダーの左胸を突き刺す。
ゴブリンリーダーが怯んだ一瞬の隙をついて、左手でネックレスを掴んで引きちぎる。
その瞬間、ゴブリンリーダーの顔色に焦りが生じる。
「お、ビンゴ」
それを見た輝夜はニヤリと笑うと、拳銃を素早く抜いて、ゴブリンリーダーの頭に銃口を当てる。
ほんの一瞬の静寂の後、三度の銃声が重なり、三発の弾丸がゴブリンリーダーの額に風穴を開ける。
額からはまるで蛇口から出る水のように血が溢れ、ゴブリンリーダーは糸の切れた人形のように力なく横たわる。
輝夜はそこに三発、追加で撃ち込んで完全に動かなくなるのを確認する。
「やっぱり遺物持ちは強いや」
緊張の糸が切れ、気の抜けた輝夜は崩れるように座り込む。
『全く、この位でだらしないわね』
ナディが輝夜の肩に止まってそう言う。
「しょーがないでしょ、色々邪魔だったんだ」
『特に胸の辺りとかね。戦闘中ずっと揺れてたし、これに懲りたら服はちゃんと買いなさい』
ナディはからかうような、楽しげな笑みを浮かべてそう言う。
「えー、恥ずかしいんだけど」
輝夜は嫌そうに眉を顰める。
『羞恥心が原因で死にたいの?』
「わかったよ。これから買いに行くって……ところで君は……」
少女の方に目を向けると、呆気に取られたようにポカンと口を開けて固まっている。
「まぁ、大丈夫そうか」
特に問題なさそう事を確認した輝夜は、直ぐにその場から離れる。
◇◆◇◆
一方で、エミは呆然としたまま、その場にへたり来んで動けずに居た。
「………あ……え?」
先程まで目の前で起こっていた事の情報量が多すぎて、それを処理しきれない。
すぐ近くには、配信を切り損ねたために全てを配信してしまったドローンが浮いている。
モニター画面には、凄まじい数のコメントが湧き上がっていた。
《情報が多すぎて理解できん》
《俺もわからん。美少女ってことしか理解できなかった》
《回復魔法って、海外勢合わせても使える人ほとんど居ないんだよな?》
《使ってたのは妖精の方だろ?》
《妖精ってなに?》
《銀髪だったし、海外勢か?》
《エミちゃん大丈夫?》
《ゴブリンリーダーをソロで倒したよな》
《しかも遺物持ち》
《遺物持ちのリーダって、プロでもソロきついんじゃね?》
《エミちゃん生きてるよね?》
《銃って中層以降は役に経たないから、使う人居ないって話じゃ?》
《素手でこん棒を砕くってどんな握力してんだ?》
爆発的に盛り上がり、最早目で追う事が不可能な勢いで流れていくコメント。
その中には、無論エミを心配するコメントも数多く見受けられる。
同時接続数は40万人と、過去最高記録を叩き出した。
「……しゅごい」
《エミちゃんの頭がパンクしてる》
《しゅごい》
《俺もこんなん見たらしゅごいしか言えんわ》
◇◆◇◆