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「……ひま?」
廊下でバッタリ会ったコミュ障のイケメンに口説かれて?「はいぃ! 暇ですぅ!!」と返事したアタシ。
ども。お久しぶりの隣人です。
──今、どっぷり後悔してます。
『プラザ中崎』3階の角部屋に、表札は付いていない。
恐らくだけど、名前も苗字もコンプレックスな有夏チャンのこと。
あえて表札を出していないのだろう。
毎度の宅配のお兄さん、困ってんだろな。
いや、もう慣れたかな。
ともかくだな。
その部屋に連れて行かれたわけだ。
いやぁん、連れ込まれちゃう~って言ってやったら、有夏チャンは慌てるかな…なんてヨコシマなことを考えたアタシへの罰か。
出迎えたのはヘンタイメガネだった。
目が合った瞬間「うわっ」と言いやがった。
この前のネカフェ騒動の件を、さすがに一応は謝ってくれるだろうと考えたけれど、ヤツは思いっきり顔を顰めているだけだ。
ただただ顔をしかめて、アタシを見下ろしているだけなのだ。
「何でこんなクソビッチを……」
うわぁ、遂に正面切ってクソビッチ言われた!
「だって、幾ヶ瀬が言ったから」
これは有夏チャンのいいぐさ。
不貞腐れたような口調なのに、声が妙に甘い。
なにが「だって」だ、チクショー!
カワイイ奴だな、チクショー!!
「だって。幾ヶ瀬が急にキレるから。有夏がロクに動かないから、自分が2倍働かなきゃなんないでしょーッって怒鳴りだすから」
「そ、そういう意味に捉えたんだ? 有夏はどうしたって動く気ないんだ!? 代わりの手、連れてくるんだ!!?」
「だって。クソビッチがヒマって言うから」
「だからって、こんな雌豚が有夏の部屋に入るなんて俺は耐えられない!」
「ソウジ手伝うだけだって」
「有夏はそう言うけどさ……」
「アハハッ」
「もぅ……何笑ってんだよ、有夏」
ちなみにこれら、アタシを間に挟んでのやりとりだ。
この人たち、人の気持ちってものを考えたことあるんだろうか。
ヤツらにとって、アタシは空気みたいなもんなのか?
あるいは文句も言わずに手伝うだけのロボか何かか?
「アハハッ」って何だよ? 一体、何が楽しいんだ?
つまり、こういうことなんだな?
有夏チャンのお姉さんが訪ねて来ることになり、2人は急いでゴミ屋敷を片付けていると。
もともとはお姉さんが借りている部屋だから、散らかしていると有夏チャンがひどく怒られてしまうわけだ。
ヘンタイメガネは仕事の合間を縫っての作業になるから、時間が限られていると。
なのに、有夏チャンが戦力にならないから苛立っていると。
ノゾキしてるから、あらかたの事情は分かってるんだぜ!
で。
例によって有夏チャンは怠ける一方でロクに掃除を手伝わないので、ヘンタイメガネがキレてしまったというところだ。
手伝ってくださいって言葉すらないのが引っかかるんだが、2人について部屋に入っていくアタシ。
人の意志なんて関係なく、すでに労働要員として見なされている模様。
何だろうな、空気だからかな……軽く見られたもんだよ。
それともロボだからかな……。
「おっ、これが有夏チャ……胡桃沢さんのおたくですかぁ」
有夏チャンの部屋かぁ、ムフッ、いいニオイしそう~なんて妄想してたが、実際この部屋、ダンボール臭しかしねぇな。
アタシやヘンタイメガネの部屋と造りは一緒だ。狭い1DK。
ただ角部屋なので玄関に収納が付いていて、お風呂に窓があるらしい。
それだけ聞くとちょっと羨ましく思えるが、この現状を目の当たりにするとちっともそう感じない。
ここはリアルなGM屋敷。
つまりゴミ屋敷。
あるいは|汚部屋《おへや》。
「なんでこんな暑いんだよ。もうヤだ。死ぬ」
山梨土産だろうか──えらく達筆で「風林火山」と書かれたTシャツの裾をパタパタして、有夏チャンがぼやいた。
その様をチラッと見た幾ヶ瀬の目が怖い。
明らかに欲情している。
このヘンタイメガネ、間違いなく変態だな。
インナーを着ていないから、Tシャツの裾から白い肌がわずかに覗いただけなんだがな。
ヘソも見えないくらいなんだがな。
なのに、ヘンタイメガネの眼ときたら!
血走っていてホント怖い。
だがアタシが思うより理性が残っていたらしく、彼はプルプル首を振ると、玄関先に転がるダンボールをたたみ始めた。
「そうだね、暑いね! でもエアコンのリモコンが出てこないんだから仕方ないよね!」
「本体にスイッチ付いてんじゃねぇの?」
「んー? このゴミための中で、エアコン本体までどうやって行くのかな?」
良かった、イヤミは健在だ。
良くはないんだが、この場合さっさと動く奴の手はありがたい。
ほら、玄関に積まれていた箱類が一瞬にして片付いたぞ。
あらためて、室内を覗いたアタシは「うわぁ」とため息をついてしまう。
短い廊下、それから部屋──見える範囲全部。
アマゾンの倉庫かってくらいダンボール箱が積まれている。